【前嶋拳人】自動販売機のボタンを全力で掃除してみたら
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仕事の本質は、目に見える成果や効率の中にだけあるわけではありません。私はある日、オフィスの片隅にある古びた自動販売機のボタンが少し汚れているのが気になり、手近な布で徹底的に磨き上げてみました。誰に頼まれたわけでもなく、一円の利益にもならないその作業。しかし、ピカピカになったボタンを眺めていたとき、私はこれまで十数年のキャリアで築いてきた、どの設計図よりも大切な真理に触れた気がしたのです。
私たちは日々、複雑な課題をスマートに解決することや、新しい仕組みを構築することに躍起になっています。でも、その根底にあるべきなのは、手触り感のある誰かへの配慮ではないでしょうか。画面の中の数字やコードばかりを見つめていると、自分の仕事が最終的に誰の指先に触れ、誰の日常を支えているのかという実感を見失いがちです。ボタンを磨くという行為は、私にとって、忘れていた手触りを取り戻すための儀式でした。
かつて、あるプロジェクトでチームが空中分解しかけたことがありました。全員が自分の正しさを主張し、効率化という名の大義名分を盾にして、隣にいる仲間の疲弊を見て見ぬふりをしていたのです。そのとき、私はふと思い立ち、議論を止めて全員でオフィスの大掃除をすることを提案しました。最初は不満げだったメンバーも、手を動かし、物理的な汚れを落としていくうちに、凝り固まった思考が解けていくのがわかりました。
見えない場所を整えることは、自分の心の中にあるノイズを掃き出す作業でもあります。空間が整うと、不思議と言葉のトゲが消え、相手の意見を素直に受け入れる余白が生まれます。結果として、その後の会議ではそれまでの停滞が嘘のように、建設的なアイデアが次々と飛び出しました。最新の管理ツールを導入するよりも、雑巾を手に取ることの方が、チームの熱量を高めることがある。それは、論理だけでは説明できない、人間の体温が生み出す奇跡のような瞬間でした。
今の時代、価値のある仕事とは、どれだけ多くの人を巻き込み、どれだけ大きなインパクトを与えたかで測られがちです。しかし、本当に強い組織を支えているのは、誰も見ていないところでボタンを磨けるような、小さな誠実さの積み重ねではないでしょうか。仕組みを作る側の人間こそ、誰よりも謙虚に、使う人の指先の温度を想像し続けなければなりません。
派手な成功事例や輝かしい肩書きよりも、私はそんな静かな情熱を共有できる人と一緒に働きたいと思っています。一見無駄に見えることに全力で取り組める余裕と、目の前の小さな違和感を見逃さない繊細さ。それこそが、予測不可能な未来において、唯一信じられる羅針盤になるからです。
あなたの目の前にある、誰も気づいていない汚れはどこにありますか。それを磨き上げたとき、きっと新しい景色の扉が開くはずです。私はこれからも、最先端の技術を扱いながらも、心には常に一枚の雑巾を携えて、一人ひとりの日常に寄り添う仕事を続けていきたい。そう願う道すがら、今日もオフィスの自動販売機で、一番冷えたお茶を一本買うのです。