【渡部遼・埼玉県朝霞市】エラー文を「詩」だと思って読んでみたら、仕事がうまくいった話
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システムエンジニアとして日々コードを書いていると、どうしても逃れられないものがある。バグ、そしてエラー文だ。画面に赤い文字が並ぶたびに、心の中でため息をつく。だけどある日、深夜のデバッグ中にふと「このエラー文、ちょっと詩っぽいな」と思った。
「NullPointerException at line 84」
「Connection refused by peer」
「Unexpected token ‘}’」
並べてみると、なんだか不思議なリズムがある。意味はもちろん深刻なのだけど、冷静に眺めると、どこか言葉の温度を感じる。プログラムが人間の言葉で“苦しんでいる”ようにも見えた。その瞬間、僕の中で何かが切り替わった。
エラー文は敵じゃない。むしろ、コンピュータが一生懸命に「ここが違う」と伝えてくれているメッセージだ。そう思うと、これまでただのトラブルとしか感じていなかったログの一行一行が、急に会話のように見えてきた。すると、作業のテンポが変わった。焦りが消えて、まるで詩を読むようにゆっくりとデバッグできるようになった。
この発見は、自分の働き方そのものにも影響を与えた。以前は、効率とスピードばかりを追い求めていた。タスクを片付け、チケットを消化することが目的になっていた。でも、目の前のエラーを「詩」として受け取るようになってから、僕はコードの奥にある“感情”を意識するようになった。コードには、書いた人の思考の癖や、悩んだ跡が残る。そこに耳を傾けることで、より深くシステムを理解できるようになった。
チーム開発でも、この感覚が役に立った。誰かのコードレビューをするとき、以前は機械的に「ここを直したほうがいい」とコメントしていた。でも今は、その人のコードが語る“物語”を読むつもりで向き合う。そうすると、言い方が柔らかくなる。相手がどんな意図で書いたのか、どんな背景でそう設計したのかが見えてくる。レビューが対話に変わり、チームの雰囲気も少しずつ明るくなった。
システム開発は、ロジックの積み重ねのように見えるけれど、実際には「人の思考の翻訳作業」でもある。バグやエラーは翻訳の誤差だ。だからそれを詩のように味わうことは、翻訳者としての自分を整える行為なのだと思う。エラーが出るたびに、それを責めるのではなく、意味を読み取る。すると、不思議なことに、仕事のストレスが減っていった。
最近では、チームの中でも「詩的デバッグ」という言葉が冗談交じりに使われるようになった。誰かがバグに悩んでいると「どんな詩が出た?」と聞く。笑いながらバグを共有できるチームは、強い。
エラー文を詩として読む。それだけで、働くリズムが少し柔らかくなる。ロジックの世界にも、ちゃんと“言葉の温度”がある。そのことに気づいた日から、僕はもう赤いエラーが怖くなくなった。