パーセプション 市場をつくる新発想
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「で、目標達成率は何%になった?」
その言葉だけが、会議室の空気を支配していました。広告の反応率が改善されたことも、集客コストが下がったことも、誰の耳にも届かない。この場の正解は、ただ一つ。数字だけでした。
1. 数字だけが支配する会議室で、私は途方に暮れていた
2. 「売れない」ではなく、「売ってくれない」が本当の課題だった
3. この人と「お客様」の話をするのは、かなり難しい
4. 私は、戦う相手を根本から履き違えていた
5. 現場を変えようとしたのは、マーケターの傲慢だったのかもしれない
ⅰ. 「売れない」を疑う前に、「どう見られているか」を疑う
ⅱ. 変えるべき相手を、一つ手前で止まって確認する
ⅲ. 「語り口」を変えることから始める
リユース事業のマーケティングを担っていた頃の話です。
引き継いだのは、1本のExcelファイルでした。日付のルールも、指標の定義も、関数も何もない。誰かの手作業の痕跡だけが積み重なった、読み解けないデータの塊。「ダッシュボードを整備すれば、少なくとも現在地が見える」——そう思いながらも、そのファイルを作った人間がまだ社内にいる。手を入れることは、暗黙のプライドを踏み荒らすことを意味しました。一人でそのExcelを眺めながら、私は静かに途方に暮れていました。
それでも、数字を積み上げることだけは続けました。広告の反応を改善し、集客コストを削り、週次レポートの数字を磨き上げる。数値が上がるたびに「仕事をした」という感覚が確かにありました。しかし、どれだけ効率を上げても、売上は天井に張り付いたまま、1ミリも動きませんでした。値引きキャンペーンを打てば一時的に集客できる。翌月には元に戻る。また打つ。また戻る。私たちは「作業完了の目安」を追いかけながら、消耗戦の螺旋をただ下り続けていました。
ホテル事業にいた頃も、同じ病に苦しんでいました。あの頃も「稼働率」と「客室単価(ADR)」という数字だけが会議室を支配し、顧客がそのホテルを「どう見ているか」を誰も問いませんでした。業種が変わっても、病の名前は同じでした。
何かが根本的にずれている。しかし、何がずれているのかが分かりませんでした。
答えが見つからないまま、ある週末のカフェで本のページをめくっていました。
本田哲也氏の『パーセプション 市場をつくる新発想』——そこに書かれていたのは、私が長い間見落としていた、ある冷徹な事実でした。
「認知されていることと、正しく認識されていることは、まったく別物である」
広告を打ち、集客コストを削り、週次レポートを磨き続けた。しかしそのすべては「知ってもらうこと」への投資であり、「どう捉えてもらうか」への投資では一切ありませんでした。認知は量であり、パーセプションは質です。私は量を積み上げながら、質を完全に放置していたのです。
読み進めるうちに、ある問いが浮かびました。
「なぜ、お客様は手元の品物を手放してくれないのか」
リユース事業の本質的な課題は「売れない」ことではなく、「売ってくれない」ことでした。お客様の脳内には「不用品を売る=手間がかかる、なんとなく後ろめたい」というパーセプションが静かに根を張っている。そのパーセプションを変えない限り、どれだけ広告効率を上げても、供給側の心理は動かない。
「単なる不用品」を「次の人へのバトンパス」と捉え直す——その言葉が、カフェの片隅で静かに生まれた瞬間でした。
あとは、この言葉を現場に届けるだけ——そう思っていました。
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新しい文脈をクリエイティブに落とし込んだ後、私は現場スタッフへのヒアリングを申し込みました。「バトンパス」という物語が、査定の現場でどう受け止められるかを確かめるためでした。
雑談から始めた瞬間、直感しました。
この人と「お客様」の話をするのは、かなり難しい。
相手がどんな価値観で、どんな意識でこの仕事に向き合っているのか。まずそこから、慎重にほぐしていくしかない。私はストレッチするようにヒアリングの糸口を探しながら、相手の言葉に耳を傾け続けました。
しかし話が進むにつれて、ある確信に変わっていきました。
彼にとって査定とは、「傷の有無、型番、時価」という冷徹なロジックで価値を確定する業務でした。そこに顧客の感情が入り込む余地はなく、そもそも「顧客の立場で考える」という視点自体が実感として存在していないようでした。「思い出を繋ぐ」という言葉を投げかけても、それは彼の業務のどこにも着地しませんでした。
私から伝えても、他のメンバーから伝えても、どんな角度からアプローチしても——これは交わらない。時間をかけても、埋まらない溝だ。
「キズがあるんで、300円ですね」
あなたの現場にも、こういう言葉が存在しませんか。査定現場の論理は、マーケターが空中で描いた物語をいとも簡単に300円に換算してしまうのです。
ヒアリングを終えた後、私はひとりで静かに振り返っていました。
あの溝は埋まらない。そう確信しながらも、どこか腑に落ちない感覚が残っていました。現場を変えられなかった悔しさではありません。「自分は何と戦おうとしていたのか」という問いが、頭の中をぐるぐると回り続けていたのです。
もう一度、本を開きました。
他者の成功事例を受け売りするつもりはありませんでした。アリエールが除菌市場をつくったことも、森永ラムネがビジネスパーソンに再定義されたことも、私の現場にそのまま当てはまる話ではありません。私が求めていたのは事例ではなく、構造でした。
目に留まったのは、「パーセプションをつくる・かえる・まもる」という概念の骨格でした。
そこで初めて気づきました。私がヒアリングで戦おうとしていた相手は、現場のスタッフではなかった。彼らの脳内に静かに根を張った「査定とは選別である」というパーセプションそのものだったのです。現場のスタッフを啓蒙しようとしていた私は、変えるべき対象を根本から履き違えていました。
重要なのは、現場の論理を上書きすることではありませんでした。お客様の脳内にある「不用品を売る=後ろめたい、手間がかかる」というパーセプションを、外側から静かに塗り替えること。それだけでよかったのです。
結果として、査定という行為の判断基準は書き換わりませんでした。
しかし、広告の語り口が変わったことで、現場に届く「お客様の質」だけは確実に変わり始めました。担当者から聞いた話では、それまでコレクターや所持品に強い思い入れを持つお客様が中心だったところに、「どうすればいいか相談したい」という問い合わせや、ご本人ではなく親族からの連絡が少しずつ増えてきたといいます。
「リユース=モノを売る場所」から「リユース=相談できる場所」へ。お客様の脳内にあるパーセプションが、静かに、しかし確実に動き始めていました。
「現場を当事者に変える」という理想は、マーケターの傲慢だったのかもしれません。変わらない現場を抱えたまま、広告という外側からの包囲網で顧客の認識を塗り替え、静かに変化を待つ。それが、コモディティ化した市場で戦うマーケターの、現実的で、不格好な、しかし唯一の生存戦略だったのだと思います。
この体験から私が辿り着いた、明日から使える3つの問いをお渡しします。
数字が伸び悩んだ時、真っ先に広告効率や商品スペックを見直したくなります。しかしその前に問うべきは「お客様は今、私たちのことをどう認識しているか」です。認知と認識は別物。まずパーセプションの現在地を確かめることが、すべての起点になります。
現場のスタッフ、上司、組織——変えたい相手に直接ぶつかる前に、一度立ち止まってください。本当に変えるべきは「その人の意識」ですか?それとも「お客様の脳内にある認識」ですか?矢印の向きを間違えると、消耗するだけで市場は動きません。
パーセプションを変えるために、大きな予算も組織変革も必要ありません。まず広告やWebサイトの「語り口」を一つ変えてみてください。届くお客様の質が変わり始めた時、それがパーセプションが動いた最初のサインです。
▼なぜ連載しているのか
▼第1回:ジョブ理論
▼第2回:“未”顧客理解