たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング(MarkeZine BOOKS)
Amazon.co.jp: たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング(MarkeZine BOOKS) eBook : 西口 一希: Kindleストア
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その言葉が会議室の空気に溶けた瞬間を今も鮮明に覚えています。私が時間をかけて言語化した顧客仮説を相手はたった一秒で既知の引き出しに放り込み、鍵をかけた。反論の根拠となるデータは手元にない。議論は空中に浮いたまま着地できない。
「知っている」という言葉ほど、マーケターの思考と仮説を瞬時に封じ込める言葉はないかもしれません。個人の狭い経験則を顧客全体の真実であるかのように装うこの「病」は、データがなければ反論することさえできない。予算なし、有識者なし、社内データへのアクセスなし。三重の制約の中で私がこの呪縛を突破するために手にした武器は、一冊の書籍と、自分でやるリサーチの実践だけでした。
「あぁ、そういうお客の属性ね。知ってる知ってる。昔からよくいるよ」
1. 施策は積み上がるのに、なぜ組織は前に進まないのか
2. 100万人の平均値より、たった一人の「なぜ」が事業を動かす
3.「知ってる知ってる」——その三文字が、マーケターの仮説を殺す
4. 予算ゼロ、外注ゼロ。それでもリサーチを続けた理由
5. DIYリサーチで得たものと、失ったものを正直に書く
6.「たった一人」とは、顧客のことだけではない
ⅰ. 前提を捨てる
ⅱ. 記号を「文脈」へ翻訳する
ⅲ. 顧客の事実で、空中戦を着地させる
冒頭の会議室で起きたことは、単発の出来事ではありませんでした。
プレイングマネージャーとして複数の組織に関わってきたキャリアの中で、私は何度も「現在地が見えない」という不条理に直面しました。データは部分的に存在するものの、広告の反応率や短期的なキャンペーンの獲得件数といった「断片的な記号」に過ぎません。市場全体の中で自社がどのような位置にあり、顧客がどのような認識の変化を経て購買に至っているのか。全体像を記述できる共通言語は、組織のどこにも存在していませんでした。
理論も思想も根付いていない「マーケティングの荒野」。これが、私のスタートラインでした。周囲に頼れる有識者はおらず、日々の業務は過去の踏襲と主観的な議論によって埋め尽くされていく。顧客について語り合うようで、誰もその顧客の内側には踏み込まない。施策を積み上げるほどに、組織が真の意味で前進していないことだけが、静かに、しかし確実に浮き彫りになっていきました。
このままでは何かが変わるはずがない。そう痛感していたある時、私は一冊の書籍に出会いました。
この一冊を開いた瞬間、考え方の根底を揺さぶられました。
本書が提示する「顧客ピラミッド(5セグメント)」は、それまで「数万人、数百万人の顧客の塊」として曖昧に捉えていた市場を、ブランド認知・購買経験・購買頻度という冷徹な指標によってクリアに構造化するものでした。ロイヤル顧客から未認知顧客まで、自社の顧客資産が今どこにどれだけ滞留しているのか。さらにそこへ「次も買いたいか(ブランド選好)」という軸を加えた「9セグマップ」は、販売促進の効果とブランディングの効果を分けて可視化する精緻な設計図です。
これこそが組織の目詰まりを解消するマスターキーになる。現在地が見えないまま施策を積み上げ続けてきた私には、そう確信するのに時間はかかりませんでした。
しかし9セグマップ以上に私の心を捉えたのは、精緻なマップを動かす源泉が統計データではなく「たった一人の顧客(N1)」の深掘りにあるという、逆説的な思想でした。
何万人というデータをいくら眺めても、次の行動を生み出す「プロダクト・アイデア」や「コミュニケーション・アイデア」は生まれない。一人の人間がなぜその商品を買い、なぜ競合へ移り、どの瞬間に心を動かされたのか。顧客の認識の変容を徹底的に解剖することこそが、事業成長を駆動させる唯一のコードである。
自分自身もそれまで持ち合わせていなかったこの視点は、荒野の暗闇を照らす一筋の光のように見えました。
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私はすぐに、この理論を自社に実装するためのリサーチ計画を立て始めました。しかし美しく完璧な設計図を現場というシステムへ流し込もうとした瞬間、予期せぬ「バグ」が牙をむきました。
「バグ」は、二つの方向から同時に牙をむきました。
第1のバグは、組織的なデータの遮断でした。
9セグマップを実際の数値で埋めるためには、経営陣が保持する収益・売上データや基幹の顧客データとの突合が不可欠です。しかしこれらのデータはブラックボックス化されており、マーケティングチームへの開示は拒まれました。現在地を測定するためのインプットが与えられない。コンパスを奪われたまま航海に出るような絶望感でした。美しいフレームワークだけが手元に残り、そこに流し込むべき数字が存在しない。そういう状況でした。
そしてさらに根深かったのが、第2のバグです。
データの後ろ盾がない中、書籍の思想に倣い「このような課題を抱え、このような認識を持っているN1像がいるのではないか」と顧客仮説を明示しました。すると、返ってきたのが冒頭の一言でした。
「あぁ、そういうお客の属性ね。知ってる知ってる。昔からよくいるよ」
彼らが「知っている」と主張しているのは、会社視点での属性や記号としての顧客像であり、顧客が「なぜ、どの文脈で、どう心が動いたのか」という認識の変容ではありません。個人の狭い経験則を顧客全体の真実であるかのように装い、仮説をたった一秒で既知の引き出しに放り込む。これが、社内にはびこる「知ってる病」の正体でした。
絶対的な根拠となる社内データも持てない中、議論は常に平行線の空中戦となり、施策の説得力は1ミリも上がりません。会議室の重い空気の中で、私は静かに途方に暮れていました。
途方に暮れながら、私は不思議と諦めていませんでした。
予算はない。社内に有識者もいない。データすら開示されない。通常のマーケティングプロセスであれば、ここでシステムは完全に停止します。しかし三重の制約が逆説的に火をつけたのは、私の内側に眠っていた「知的好奇心」でした。
「社外に頼る時間もコストもないなら、自分の手でリサーチを回せばいい」。
独学でやる、という発想が腑に落ちた瞬間から、私の動き方が変わりました。Web上の専門記事や関連書籍を貪り食うように読み漁り、リサーチの設計思想と技法を頭にインプットしていく。「調査は専門会社に大金を払って丸投げするもの」というそれまで自明だった前提が、音を立てて崩れていきました。
セルフ型のWebサービスを活用し、自分でスクリーニングの条件を設定する。設問を一文字ずつ推敲し、顧客の言葉を引き出す問いの精度を上げていく。さらに自らがインタビュアーとして打席に立ち、一人の顧客の言葉の裏にある文脈をファシリテーションによって丁寧に引き出す。専門家でなくても自分でやれると気づいた瞬間、孤独な不安は静かに薄れていきました。
予算も外注も必要としない、この手づくりのリサーチを、私はいつしか「DIYリサーチ」と呼ぶようになりました。そうして自力でインタビューを重ねる中で、組織が覆い隠していた現実が少しずつ姿を現し始めました。
あるビジネスホテルでの認知未購買層へのインタビューが象徴的でした。「ブランド名は知っています。予約サイトで比較しているとき、ちゃんと目に入っていました」——そのN1は、そう語りました。では、なぜ予約しなかったのか。答えは「その日の価格と空室の条件が合わなかっただけ」という、シンプルなものでした。ブランドへの不満でも、品質への疑念でもない。タイミングと条件の問題が、購買の壁のほぼすべてでした。
組織が「知っている」と思っていたのは「出張のビジネスパーソン」という属性でした。それは正しい。しかし「なぜその日に選ばれなかったか」という文脈を誰も掘っていなかった。認知はある。意欲もある。ただ条件が揃う瞬間に想起されていない——この一点が打ち手の設計を根本から変えました。「ブランドを知ってもらう」広告から「条件が揃ったその夜に、まず思い出してもらう」訴求への転換です。
リユース事業でも、同じ構造の発見がありました。「売ろうと思ったことがない」という未認知層の言葉の裏には、「きっかけがなかっただけ」という現実がありました。引越し、実家の片付け、冠婚葬祭。人生の節目と重なったとき、初めて「売る」という選択肢が脳内に生まれる。さらに家族の遺品や不用品を代わりに売るケースも、想定外の頻度で存在していました。「いつでも高額買取」では届かない顧客が、「人生の節目に寄り添う」という文脈で初めて動く。N1が語ったのは、そういう現実でした。
両事業に共通していたのは「何をきっかけに心が動くか」という関心属性の候補が、N1の声の中にあるということでした。属性で語る人間に、文脈で語り返す根拠が、ここに生まれていました。
しかしこのアプローチには、冷徹なコストが伴っていました。
【得られたもの】
DIYリサーチがもたらした最大の収穫は、技術や手法ではありませんでした。「調査は外注するもの」という思い込みを手放し、顧客の内側へ踏み込めるようになったこと。マーケターとしての自分の土台が、静かに変わっていきました。
そして何より自力で掘り起こしたN1の声は、組織の論理とは別の次元に存在する「客観的な事実」として機能しました。どれほど「知ってる病」に侵されたメンバーであっても、一人の顧客が語った生々しい言葉と文脈を前にすれば、主観だけで切り捨てることは難しい。データの遮断という制約が、反論しにくい根拠を生み出していたのです。
【引き受けたコスト】
しかし代償は小さくありませんでした。
通常業務をこなしながら設問設計・スクリーニング・インタビュー・分析のすべてをプレイングマネージャーが一人で背負う行為は、膨大な脳内リソースを消費します。夜な夜な画面に向かい、完璧な問いの設計を求めて時計の針を進める。その時間は、過酷でした。
もう一点、副作用があります。DIYリサーチによって顧客の事実を手に入れたとしても、N1の声を組織の意思決定に接続するプロセスは依然として険しいままです。「知ってる病」の根は深く、一度や二度の顧客の声で組織の慣性が変わるほど現実は甘くありません。打席に立てるようになったことと、試合に勝てるようになったことは、別の話でした。
それでも、私の結論は変わりませんでした。顧客の事実を自らの手で掴む体験は、どんな制約の下でもマーケターとしての自分を更新し続ける手段だったからです。
数々の葛藤と地這いのような試行錯誤を経て、気づいたことがあります。
西口氏が提唱する『顧客起点マーケティング』の本質は、美しく整理された9セグマップを描くことでも、洗練されたインタビューシートを作成することでもありません。「組織の不条理を言い訳にせず、顧客のために今すぐ打席に立ち、実践せよ」という、泥臭いまでの実行の思想です。
組織がデータを遮断し、仮説を「知ってる」の一言で封じ込めるならば、自分の足と知恵で集めた顧客の声を唯一の規範にすればいい。主観に塗れた会議室を正面から変えようとするのではなく、DIYリサーチによって顧客の現実を静かに可視化していく。
もしあなたが、ルールなき組織やデータの壁に阻まれ、顧客不在の数字の螺旋の中で消耗しているなら、明日から三つのことを試してみてください。
「リサーチは外注するもの」という思い込みを手放す。書籍でも、セミナーでも、身近な有識者への相談でも構いません。方法はどうあれ、学ぶことを自分で選択する。打席に立てない理由を環境に求めることをやめた瞬間から、景色は変わり始めます。
主観的な顧客像には、正論で返さない。手段を問わず、一人の顧客の言葉に直接触れる機会をつくる。顧客を属性で語る人間に、顧客の言葉で語り返す。
開示されない社内データに執着しない。自分の手で掴んだ顧客の声を唯一の根拠にする。主観がぶつかり合う議論は、顧客の言葉という地面に静かに着地させればいい。
たった一人の分析から、事業は成長する。その「たった一人」とは市場にいる顧客であると同時に、知的好奇心を灯しながら最初に一歩を踏み出したあなた自身のことなのかもしれません。
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