【高橋正次・髙橋正次】靴を左右逆に履いた日から、僕の視界は開けた
Photo by 550Park Luxury Wedding Films on Unsplash
いつも通りの朝、寝ぼけていたのか、それとも無意識のいたずらか。玄関で左右逆のまま靴を履き、そのまま駅まで歩き始めてしまいました。足元に感じる奇妙な違和感、親指が外側に向かって踏ん張るような、どこか不自然なバランス。それは、歩き慣れたはずのいつもの道が、突如として見知らぬ険しい山道に変わったかのような感覚でした。私たちは、日常のあらゆる場面で「正解」という名の心地よい靴を履いています。仕事の進め方、人との接し方、自分の役割。それらがぴったりと足に馴染んでいるとき、私たちは何の疑問も持たず、ただ効率的に目的地へと突き進んでしまいます。しかし、その安定こそが、実は私たちの思考を止めている最大の原因なのかもしれません。
あえて違和感の中に身を置くこと。それは、自分の専門性や経験という「履き慣れた靴」を一度脱ぎ捨てて、全く新しい歩き方を模索するプロセスに似ています。編集という仕事で、私は情報の流れを整理し、誰もが理解しやすい形に整えることを役割としてきました。しかし、最近はあえて「分かりやすさ」の対極にある、ゴツゴツとした手触りのある言葉や、一見すると非合理な発想に惹かれています。すべてがスムーズに流れる世界では、私たちの心に引っかかるものが何も残らないからです。左右逆の靴が教えてくれたのは、不自由さの中にこそ、世界を再発見するための鋭い感性が宿っているという事実でした。
組織の中で働くとき、私たちはつい「期待通りの自分」を演じようと、左右を正しく揃えることに必死になります。マニュアルを守り、失敗を避け、誰からも後ろ指を指されないような完璧な足取りを目指す。しかし、本当に新しい価値が生まれるのは、誰かが勇気を持って「逆」を試したときではないでしょうか。これまで当たり前だと思っていたルールを疑い、あえて不器用なルートを選んでみる。その時に感じる足元の痛みや不安定さこそが、新しい発想の種になります。快適な正解の中に留まっている限り、私たちは自分の限界を超えることはできないのです。
もし、あなたが今、停滞を感じているなら、あえて自分の「普通」を壊してみてください。いつもは話さないタイプの人に意見を求めてみる、全く興味のない分野の本を読んでみる、あるいは、一番効率が悪いと思える方法で仕事を進めてみる。その不自然な体験が、凝り固まった脳の筋肉を刺激し、思わぬ方向へとあなたを連れて行ってくれます。正しく歩くことよりも、転びそうになりながらも新しい景色を見ようとすること。その足跡の乱れこそが、あなたの個性を形作る唯一無二の模様になっていくはずです。
私たちは、いつから完璧であることにこれほど執着するようになったのでしょうか。靴が左右逆でも、目的地には辿り着けます。むしろ、その歩きにくさを面白がることができたとき、世界はこれまで見たこともないほど多角的で、奥行きのある姿を見せてくれるようになります。効率や正解という重力から少しだけ浮き上がって、不格好なステップを踏んでみる。その軽やかな逸脱が、停滞したチームや社会に新しい風を吹き込むのです。明日、玄関を出るときに、ほんの少しだけ自分のバランスを崩してみませんか。その一歩が、あなたのキャリアを最もクリエイティブな冒険へと変えてくれるに違いありません。