名声も名前もいらない。ただ、心から「面白い」を構築するために。
目次
創作の動機は、呼吸と同じくらいシンプルでいい。
1. 「作りたい」という衝動と、他者の作品への敬意
2. 独占しない、誇示しない
制御不能な「エンジン」と、それを止める「壁」
1. 効率や規律を超えた「没頭」のエネルギー
2. 「壁」があるからこそ、踏みとどまれる
1人で無理なら、大勢で作ればいい。
創作の動機は、呼吸と同じくらいシンプルでいい。
人が作品を作る理由は、きっと人の数だけあるのだと思います。 「自分の作品を世に問いたい」「仕事として成果を出したい」「名声が欲しい」……どれも立正当な原動力です。
しかし、私の場合は少し違います。私が創る理由は、ただ**「作りたい」**から。ただ、それだけなのです。
1. 「作りたい」という衝動と、他者の作品への敬意
私にとって創作は、何かを得るための手段ではなく、それ自体が目的です。頭の中に溢れるアイデアや構造を、形にせずにはいられない。その純粋な欲求に従って手を動かしています。
そしてもう一つ、同じくらい大切なのが**「他者の作品を見たい」**という気持ちです。自分が創るだけでなく、誰かが創り上げた未知の世界に触れ、その構造や熱量を感じる。一人のプレイヤーとして、あるいは一人の観測者として、他者の「面白い」を享受することも、私にとっては欠かせない喜びです。
2. 独占しない、誇示しない
「作りたい」という想いが先行しているため、自分の名前が残ることや、アイデアを独占することには興味がありません。私のアイデアが誰かの作品を面白くする糧になるなら、あるいは私の構築した理論がプロジェクトの土台になるなら、いくらでも使い倒してほしい。 自分ひとりで完結することにこだわらず、世界に「面白い作品」が増えること。それが私の望みです。
制御不能な「エンジン」と、それを止める「壁」
私には、自分でもコントロールが難しい性質があります。一度創作の歯車が回り始めると、アドレナリンが切れるまで、あるいは体力が底をつくまで、寝食を忘れて没頭し続けてしまうのです。
1. 効率や規律を超えた「没頭」のエネルギー
この性質は、規則正しい生活を送る上では足かせになることもあります。しかし、納得のいく「構造」が見つかるまで、論理の穴を埋め尽くすまで限界を決めずに突き進むその瞬間、私は自分の全リソースを作品に注ぎ込んでいます。
2. 「壁」があるからこそ、踏みとどまれる
現状、私の暴走を止めてくれるのは、皮肉にも「技術的な壁」です。 アイデアを具現化しようとして壁にぶつかり、実装の限界を知る。そこで一度、熱くなったエンジンが冷やされ、冷静な自分に戻ることができる。もし今の自分にすべての理想を形にする技術があったなら、私は自分自身の限界すら超えて、燃え尽きるまで走り続けていたかもしれません。
1人で無理なら、大勢で作ればいい。
私はこれまで、特定の分野に特化することなく、浅く広く様々なジャンルや媒体で創作を続けてきました。その結果、私の「技術力」は、自分自身の「創造力」に耐えられず、納得のいく完成まで辿り着けないという課題を抱えています。
正直に言えば、このまま一人で作り続けていても、自分自身の創造力に耐えきれず、作品が本当の意味で完成することはないでしょう。
だったら、誰かと作ればいい。
複数人で挑めば、私の創造力という負荷にも耐えられるかもしれない。あるいは、私以外がそのアイデアを切削し、形にできるかもしれない。私は、そんなふうに互いの限界を補完し合い、より大きな「面白い」を形にできる仲間を求めています。