気がつけば『原点』──小さな芽から始まったストーリー
🌱幼少期:自然と創作に囲まれた、マルチワーカーの原点
私は札幌市中央区で生まれ育ちました。
街の中心に住むいわば「シティガール」でしたが、母が毎日のように弟と私を中島公園へ連れて行ってくれました。お弁当を持って、大きな乳母車に乗って。
噴水、芝生、バラ園、池、木——その美しさは今でも心に残っています。
6歳のとき、母が「もっと自然の豊かな環境で育てたい」と南区石山へ引っ越しました。
空、雲、日の光、山、豊平川、石山軟石、カエル、虫、草、木々、花々、鳥・・・
四季の移り変わりに囲まれた環境で、高校2年生まで過ごしました。
この頃の風景は、今の私の創作の原点になっています。
保育園から小学校4年生までの私は、運動以外はなんでもできる
まさに“マルチワーカー”でした。
幼い頃一緒に暮らした祖母の影響で、針と糸を使ってお人形の服を作ったり、
小学校の劇では主演・脚本・監督・美術・演出をすべて一人で担当。
作文は新聞に掲載され、工作は校長室に飾られ、
歌を歌えば地元放送局の合唱団のオーディションを勧められるほどでした。
母の職場の保育園では最年長で、同い年の子がいない“お姉さん”でした。
小さな子の面倒を見るのが好きで、自然とサポート役になる一方、
本や絵や勉強に没頭して、ひとりで静かに世界をつくる時間も大好きでした。
この頃に“創作”と“サポート”の両方が好きな自分が育ったのだと思います。
小学校4年生のとき、両親が離婚しました。
その頃から、
「母のように自立して生きる力をつけたい、そしていつか母を支えられる存在になりたい」
と強く思うようになりました。
🌟大人になってからのターニングポイント
1. 化学物質過敏症と、デザインの道を一度断念
デザイン学校を卒業しましたが、当時住んでいた住環境の影響でシックハウス症候群を発症し、
そこから化学物質過敏症へとつながりました。
さらに当時の印刷業界はDTPへの過渡期で、慣れないパソコン作業も体調面・技術面の両方で負担が大きく、
結果的にデザイン職を続けることを断念しました。
「自分の体質を気にせず働けるように、自営業で生きていきたい」
そう思い、“なにかの社長になりたい”という気持ちが芽生えましたが、
何をすればいいのかわからず、まずは接客業や営業で経験を積みました。
同時に、自分の体調を整えるために、食事・運動・代替療法など、
あらゆる方法を試し続けました。
その過程で東洋医学に強く惹かれ、
「いっそ身体や健康のことを体系的に学び、その道のプロになりたい」
と考えるようになりました。
そして鍼灸専門学校に入学し、国家資格取得を目指しました。
2. 鍼灸国家試験の不合格から、フィットネスクラブへ
鍼灸国家試験に落ちたことをきっかけに、近所のフィットネスクラブでアルバイトを始めました。
運動が得意ではなかった私ですが、ここでは運動能力より“ホスピタリティ”が求められ、
とても楽しく働くことができました。
翌年、無事に国家試験に合格。
その後パーソナルトレーナー資格も取得し、業務委託トレーナーとして活動を開始しました。
顧客も増え、「これが天職かもしれない」と思えるほど充実していました。
個人事業主として働き始めたことで、
「自分の体質を気にせず働けるように自営業で生きたい」という
かつての夢が半分叶ったような気持ちにもなりました。
そしてこの仕事を続けるうちに、私は驚くほど体調が良くなり、
気がつけばタフで体力に自信のある人になっていました。
かつて化学物質過敏症で苦しんでいたことは、いつの間にかすっかり過去のことになっていました。
3. コロナ禍で収入ゼロに。働き方への危機感
しかしコロナ禍でクラブが閉鎖され、収入が完全にゼロに。
その後も顧客が戻らず、将来への大きな不安を抱えるようになりました。
「このままではいけない。働き方を変えなければ」
そう思いながらも、目の前のことで精一杯で、何から始めればいいのかわかりませんでした。
4. 母の事故と入院が、働き方改革の決定的なきっかけに
2025年5月、母が、一緒に行った旅行先の石川県で旅館の椅子から転倒し、骨折。
救急搬送され、そのまま2ヶ月半入院しました。
私はほぼ毎週札幌から母のケアに通いました。
デザイン重視の不安定な椅子、対面のトレーナー業の限界、母のこれからの人生——
怒り、不安、悲しみが一気に押し寄せました。
この出来事が、
「自分の持てる能力をすべて使って、母と自分を守らなければ」
という強い決意につながりました。
🌈今の私:創作とサポートを軸にした働き方へ
デザイン、鍼灸、パーソナルトレーニング。
母の事故を通して、デザインの本質とは「おもいやりである」ということに気づき、これまで学んできたことを組み合わせながら、デザイン制作や誰かをサポートする働き方にシフトしています。
気がつけば、気持ちは、幼い頃の保育園時代に戻ってきたような、そんな感じもします。
創作すること、誰かの力になること。
それが私の原点であり、これからも大切にしていきたいことです。🌳