STEAM教育のリアルVol.3:プログラミングを理解してもITに弱いエンジニアの卵たち
「先生、ここが分かりません」
生徒が詰まっていたのは、UnityのUI(ユーザーインタフェース)に関する問題だ。
プログラミング以外にも細かな設定が多い要素のため質問を受ける事は珍しくなかったが、その生徒が開いていたページは極めて単純な内容だった。
「フリーフォントをダウンロードするだけだよね。ダウンロードが上手くいかないの?」「ダウンロードは出来たんですが、えっと……」
生徒はテキストの中の文字を確認し、指をさして言った。
「ファイルの『解凍』って、何ですか?」
枝葉の、しかし無視できないPC・デジタル知識たち
エンジニアの方やPC知識のある方は、冒頭を読んだだけで今回の趣旨が理解出来た方も多いだろう。
zip形式などの圧縮ファイルをダウンロードして、解凍して使うという一連の操作はパソコンを使っている人間であれば常識と言える。
しかし最近のOSは画像・ドキュメントなどであれば解凍せずに閲覧できる事も多く、更にWindows標準の表現は「解凍」ではなく「展開」になっている。
また、スマホやタブレットなどでは「圧縮ファイルを解凍する」という処理を行う事がほとんどないため、大人でもこの圧縮・解凍についての知識がない(薄い)という人間も珍しくない印象だ。
これ1つであれば困った時に調べたり、AIに質問しすれば解決するかもしれない。
しかしエンジニアやクリエイティブな仕事につくのであれば、抑えておくべきデジタル知識は山ほどある。
これを料理に例えるならば……
「玉ねぎをみじん切りにするには、切れ目を沢山入れてから、90度変えて切るんだな」
「フライパンに油をひくと、炒めやすく焦げ付きづらくなるんだな」
「だし入りじゃない味噌で味噌汁を作るには、別で出汁をとるんだな」
「卵を殻のままレンジにかけたら爆発した。ダメなんだな」
ぐらいのレベルの知識なのだ。
こんなレベルの事をいちいち調べたりAIに質問していては、まともに料理なんて作れないだろう。
PC知識を挙げていくと本当にキリがないので、思い当たるものをリストアップするのも躊躇われる。
ただ、私がプログラミング講師を行う中で、生徒がぶつかっていた問題だけを挙げると……
- 画像の透過
小学生がwebでダウンロードした画像をScratchに取り込んだ際、背景が透明の筈の画像が、なぜか真っ白い四角い背景の画像になってしまい困っていた。
→素材サイトのリンクからダウンロードすれば透過pngのデータをダウンロード出来たものの、windowsの画面キャプチャ機能でサムネイルを保存していた。 - PCの保存容量
生徒がパソコンの容量不足に困っていた。
→大容量ゲームが大量にインストールされていたり、そもそもWindowsのデスクトップがOneDriveになっておりクラウド側の容量オーバーになっていた等 - 音声の種類
高校生がゲーム用の音楽を素材サイトからダウンロードしたが、1つの曲なのに6ファイルもあってどれを使えばいいのか困っていた。
→wav、mp3、oggの三種類がイントロあり・無しで合計6ファイル入っていた - wifiの強度
オンライン受講の生徒が、音声が途絶える事が多く困っていた。
→家のWifi機器までの距離が遠かったり、壁を複数挟んでいるにも関わらず5Ghzで接続していたなど。 - 印刷解像度
ダウンロードした画像を印刷してみたら、妙にジャギジャギになってしまった。
→画面表示上は気にならなかったもののdpiが低い画像だった。
ぱっと浮かぶだけでも、これぐらいのトラブルはあった。
繰り返すがPC・デジタル知識の中に関するほんの一部にすぎない。
これらはかつて、PCを触っていれば自然と身についていた『デジタルな教養』だったが、今は意識的に学ばない身につかない『専門技術』になりはじめている気がする。
デジタル知識の大半はプログラミングスクールでは学べない
こういった知識は、プログラミングスクールで学ぶ事は少ない。
それこそ「課題の中で触れるものについては最低限だけ学ぶ」という形だろう。
これは推測だが、この理由としては「知識の幅・量が多すぎる」と「常に変化する」という2点が大きいだろう
- 知識の幅・量が多すぎる
ものすごくざっくり言えば「画像」ひとつとっても学べる技術知識は山ほどある。
画像の種類や特性もあれば、画像の綺麗さを指す言葉「画質」という点ですら評価軸が多数ある。
そういった事が音声や動画、プログラミング言語、パソコンのパーツ、ネットワーク、それぞれにも言えるのだ。
その大半は日常で気にする必要がない事だが、エンジニアやクリエイターを目指すとなれば、軽視してはいけない要素も多い。 - 常に変化する
デジタルの分野は10年程度でも状況が一変する事は珍しくない。
たとえば画像形式について。
10年前であればまだギリギリgifについても抑えた方が良かっただろうし、webpについてはあまり普及していなかっただろう。
SSDについても10年前は「処理スピードは早いけど価格が高すぎる」という時代が、2026年現在は……現在もまた半導体高騰で値上がりしているものの「当時の慢性的な高価格」に比べればリーズナブルになっている筈だ。
webサービスなどを見ても、Netflixの日本上陸が2015年なので当時はオンライン動画配信サービスも今ほど流行していなかった筈だ。
状況の変化に応じてテキスト・課題を頻繁に書き換える事はコストがかかるのは明白だ。
プログラミングスクールは興味と学習の「切欠」である
そもそもプログラミング自体、プログラミングスクールで全てを学ぶ事はできない。
何故ならプログラムで出来る事はゲーム制作、ゲーム以外のアプリ制作、ロボット制御、web開発、AIの制御などなど千差万別である。
プログラミングの先生でも「あらゆるプログラミングについて完璧に指導出来ます」という人間はいない。
もし「何でも完璧に教えられる」と言う人間がいた場合、疑った方がいい。
運転技術にたとえるならば「トラックもクレーン車も、新幹線もジャンボジェットも、クルーザーも、救急車や消防車の設備まで何でも扱えます」と言っているようなものだ。
もしかしたらそういうスーパーマンは存在するかもしれないが、現実的ではないだろう。
話が逸れたが、結局のところプログラミングスクールでは「基本」および「自発的な学びの切欠」を得る場所なのだ。
だから今回書いたような知識の不足については恥じることも不安になることもない。
大切なのは「プログラミングスクールに通っているからデジタルに強い」と思い込まない事だ。
知らない事があれば、知れるチャンスと捉えて調べたり質問をする。
その為にもプログラミングスクールで学び、制作や実験を繰り返す。
繰り返しとなるが、結局のところ学びとはそういった積み重ねでしか得られないのだ。
次回、STEAM教育のリアルVol.4:AIの限界=使用者の限界。カレーが食べたい時にはそう伝えなければ、シェフはカレーを作らない。