デザイン倫理をメタる
Photo by Nathan Dumlao on Unsplash
メタ思考が好きすぎて、何でもメタっていこうと思います。
というわけで、デザインの倫理面でよく言われる点についてメタってみます。
いわゆる「ダークデザイン」というやつですね。
ダークデザイン(ダークパターン)とは?
ダークデザインとは、ウェブサイトやアプリが、ユーザーをだまして意図しない行動をさせるように設計された仕掛けのことです。
「登録はワンクリック」なのに、解約ページは何階層も奥に隠れていてわかりにくいとか、意図しない追加購入ショッピングで購入確認画面に、こっそり、いや、結構堂々と有料オプションが「チェック済み」で入っているとか、心理的に焦らせる表示をほぼ嘘で「残り2席!あと10分で終了!」と入れるとか。
これらは全部、デザイン手法でもあり、マーケティングで手法でもあります。
企業の利益のためにユーザーの心理の弱点をわざと利用する点から、「ダーク(悪意がある)」と呼ばれます。
ですが、マーケティングで人の行動を分析するのと基本的には同じ、と言いますか、どこからダークなのか明確な境界線はありません。
法律違反でもありません。
「赤いボタンにしたら目立つ」はいいけど「あと2分で決めて」はダメってとっても恣意的でご都合的ですよね。
初回特典とか、一括購入割引とか、数量限定とか、初月無料のサブスクとか、欲しい人にとっては単にラッキー。有難い特典でもあります。
そもそもデザインは本質的に欺瞞的なんです。
たとえば昆虫の擬態などがわかりやすいでしょう。
デザインは本質的に、認知に作用する行為そのものであって、その善悪の事ではない。
ですので僕はそれを、デザインの倫理ではなく、企業の倫理だと思っています。
デザイナーのデザイン倫理ではなく、デザイナーの経営倫理です。
たとえば、果物ナイフを製造販売する企業はその安全性を考えるべきでしょう。
ですがデザイナーは、そのデザインプロセスでは危険な方の一面も追及しないといけません。ですので、デザイナーがあまり一般的な倫理にしばられても良くないと思うんです。
先ほどのダークデザインも企業倫理の問題だと思います。
自分たちが企業を運営している社会に対してどのように貢献するかという文脈で考えるべきです。
では、デザインの倫理とはどのようなものでしょうか?
どこか常識はずれなことも望まれますし、ありきたりでないものも望まれます。
ちょっと他とは違うものを作って欲しいと言われることも多々あります。
個性を出してほしいと言われます。
そういう仕事ですから、一般常識であったり、ふつうの倫理感にしばられないほうがいい瞬間もめぐってきます。もちろん、人として倫理的でなくてはならないですが、思考のプロセスではそれさえも俯瞰できる、メタ視が望まれます。
ですから、逸脱しないように、企業倫理とデザイン倫理を分ける、というアイデアです。
で、デザイナーの倫理ですが、僕はもっと科学的なところにあると思います。
ちょっと客観視した、メタ視したもののもみかたから、一般常識ではなく、世界の法則に沿ったというイメージです。
まず、倫理観自体はどうやって構成されるか?
哲学者のフィリップ・キッチャーは「倫理は神様が与えたものでも、最初から人間に備わっていたものでもない。人類が何千年もかけて「失敗しながら修正し続けてきた発明品」だ」と言います。
どこかに完ぺきな倫理があってそこから逆算して作ったものではない、人類の進化の過程で作られてきたものだというわけですね。新しい技術の影響もうけて倫理観は変化してきたという事です。
キッチャーの視点で言えば、ダークデザインは「倫理というプロジェクトが、技術に追いついていない状態」とも言えます。
ではそこでデザイナーならどう向き合うか?
そう、こういう問題こそデザイナーのメタ視が役に立ちます。
法律ではアウトではないけど問題があるこのような問題を、どのように社会に組み込んでいくか問うのは、常識だけでは片づけられません。
ここのメタ思考では、ダークな部分も組み込んで大きく広く俯瞰する必要があります。しかし同時にミクロの視線も大事です。
「望遠するときは顕微する、顕微すときは望遠する」とかデザイン倫理に入れたいですね。
デザインについて考えるときは、特定の善悪からも一歩引いて俯瞰すべきです。
それでこそ善の根拠、悪の根拠を見つけることができます。
デザインには常に「すべてに対して批判的な目が欲しいですし、またすべてに対して肯定的な目も欲しい」です。
その姿勢はもしかすると人として非倫理的に映るかもしれません。
ダークデザインは詐欺的な行為だ。
いや、詐欺師がデザインを悪用しているだけだ。
多分この議論はあまりデザインの本質的には意味がなく、
問題なのはそもそも情報判断する時間が少ないことかもしれない。
もしくは、情報が多すぎることが問題かもしれない。
デザイナーならばそうやって俯瞰して問題点を洗い出すことができるはず。
そこから社会は「セカンドオピニオンを許さないデザインは間違っている」といった倫理観を具体化していく事が出来る。
僕はデザイナーに求められる倫理とは、常識を超えたメタ視を恐れず提供することだと思っています。