生徒は「勉強する場所」にわざわざ来ない
Photo by HANVIN CHEONG on Unsplash
前回まで、私が犯した失敗について書いてきました。
ざっくりまとめると、
- 必要な教材を提供したが、使われなかった
- 復習スケジュールの立て方を説明したが、実行されなかった
というものでした。
これらの失敗を通して、私は一つの結論に至りました。
生徒たちに必要だったのは、単なる「何をやるか」ではありませんでした。
また、「どうやるか」を説明することでもありませんでした。
本当に必要だったのは、行動を始めるまでのハードルを、限界まで低くすることでした。
1.) 問題は教材ではなく、行動開始までの摩擦だった
この観点から見ると、学校や大手塾で提供されているサービスと同じようなものを作るだけでは、うまくいかないことが想像できました。
学校であれば、先生が進捗を確認します。
宿題として出されることもあります。
進めていなければ、注意されたり、呼び出されたりすることもあるでしょう。
他塾で提供されている学習サービスについても同じです。
それが学習の中心に据えられているのであれば、講師や管理者によるチェック、保護者への進捗共有など、何かしらの強制力がある場合が多いはずです。
しかし、私が作っているサービスは違います。
あくまで、日々の学習を補助するためのものです。
使えば便利になる。
使えば復習しやすくなる。
使えば学習の精度が上がる。
けれど、使わなくても直ちに怒られるわけではありません。
開かなくても、誰かに呼び出されるわけではありません。
つまり、利用は基本的に任意です。
この「任意で使ってもらう」という前提に立つと、他の環境では問題にならないような小さな手間が、そのまま利用停止の理由になります。
たとえばログインです。
Webサービスで学習してもらう場合、生徒はまずスマホを開き、ブラウザを開き、サービスページにアクセスし、IDとパスワードを入力してログインしなければなりません。
そして、ログインした後もそこで終わりではありません。
リーディングをするのか。
リスニングをするのか。
復習から始めるのか。
新しい問題に取り組むのか。
そうした判断を、生徒自身に求めることになります。
一つ一つの動作は、そこまで大きな負担には見えません。
実際、私や講師が横から声をかければ、1回か2回はログインして使ってくれます。
しかし、1日、1週間、1か月と時間が経つと、少しずつ利用されなくなっていきます。
続ける理由は少ない。
一方で、やめる理由だけは毎日積み重なっていく。
これが、私が見落としていた摩擦でした。
2.) 小さな摩擦は、積み重なると行動を止める
これは学習に限った話ではありません。
たとえばジムに通う場合でも、行かなくなる理由は一つではありません。
会費が高い。
行くのに時間がかかる。
仕事で疲れている。
成果がすぐには見えない。
着替えるのが面倒。
雨が降っている。
一つ一つは、すぐに行動を止めるほどの理由ではないかもしれません。
しかし、それが毎日、毎週、毎月と積み重なると、やがて大きな負の力になります。
勉強も同じです。
「ログインが面倒」
「何をすればいいか考えるのが面倒」
「今やる意味が分からない」
「少し疲れている」
「明日でいい気がする」
そうした小さな摩擦が積み重なると、どれだけ良い教材があっても、どれだけ正しい学習方法を説明しても、生徒はそこにたどり着かなくなります。
ここでようやく、私は気づきました。
私はそれまで、
「どうすれば良い教材を作れるか」
「どうすれば正しい復習方法を伝えられるか」
を考えていました。
しかし、本当に考えるべきだったのは、もっと手前の問題でした。
生徒が学習を始めるまでにある摩擦を、どうすれば減らせるのか。
ここを設計しなければ、どれだけ中身を改善しても使われないのだと感じました。
3.) 生徒は「勉強する場所」にわざわざアクセスしない
この気づきから、私は考え方を変えることにしました。
それまでは、生徒にWebサービスへアクセスしてもらうことを前提にしていました。
学習するための場所を用意する。
そこにログインしてもらう。
そこから問題を解いたり、復習したりしてもらう。
一見すると自然な設計です。
しかし、実際にはこの時点でかなり大きなハードルがあります。
生徒は、わざわざ「勉強する場所」に来てくれません。
少なくとも、強制力のない状態ではそうです。
勉強に対する意欲が高い生徒であれば、自分からアクセスしてくれるかもしれません。
けれど、私が本当に助けたいのは、むしろそうではない生徒たちでした。
勉強しなければいけないことは分かっている。
けれど、なかなか始められない。
やり方を説明されれば理解できる。
けれど、一人になると続かない。
そういう生徒に対して、「このサービスにログインして、自分で必要な学習を選んで進めてください」と言っても、うまくいかないのは当然でした。
だから、発想を変える必要がありました。
生徒に学習サービスへ来てもらうのではなく、
生徒がすでに毎日開いている場所に、学習の入口を置く。
この考え方が、次の開発の出発点になりました。
4.) 毎日開く場所に、学習の入口を置く
そこで出てきたのが、LINEを使うというアイデアでした。
LINEの普及率が高いこと自体は、多くの人が感覚的に理解していると思います。
私自身も、生徒と接していてそれを強く感じていました。
生徒に聞いてみると、XやInstagramを使っていない生徒はいます。
しかし、LINEを使っていない生徒はほとんどいませんでした。
これは非常に大きな違いです。
新しいアプリを入れてもらう。
Webサービスをブックマークしてもらう。
ログイン情報を覚えてもらう。
学習したいときに、自分からそこへアクセスしてもらう。
これらはすべて、生徒にとっては学習以前の負担です。
しかしLINEであれば、その最初のハードルを大きく下げることができます。
すでにスマホに入っている。
すでに毎日開いている。
使い方も分かっている。
通知にも自然に気づきやすい。
つまり、LINEは生徒の日常の中にすでに存在している場所でした。
であれば、学習サービスの入口をそこに置く方が自然です。
「勉強するために、わざわざ別の場所へ行く」のではなく、
「いつも開いている場所に、学習の入口がある」。
この形に変えることで、ようやく生徒の日常の中に入り込めるのではないかと考えました。
5.) 質問対応を、最初の接点にした
ただし、LINE上に入口を作っただけでは、生徒がそこに触れる理由がありません。
そこで注目したのが、もともと発生していた「質問」という行動です。
以前から、塾には公式LINEアカウントがありました。
生徒から質問が送られてくることもありました。
しかし、質問対応には課題もありました。
講師が授業中であれば、すぐには返せません。
複数の質問が重なると、対応が遅れます。
時間が空くと、生徒側の学習の流れも止まってしまいます。
質問は、生徒が困っている瞬間に発生します。
そのタイミングで返せなければ、せっかくの学習の熱が冷めてしまいます。
そこで、質問対応をAIで行う方向に切り替えました。
もちろん、懸念はありました。
LINEに聞くだけで満足してしまい、自分で考えなくなるのではないか。
答えだけを求めて、学習が浅くなるのではないか。
そうした不安はありました。
それでも、私はまず「継続的に触れてもらうこと」を優先しました。
なぜなら、それ以前の失敗で、そもそも使われなければ何も始まらないことを痛感していたからです。
質問は、生徒にとって自然な行動です。
「勉強しよう」と強く意識しなくても、分からない問題が出たときには送る理由があります。
その自然な行動を、学習サービスに触れる最初の接点にできるのではないかと考えました。
また、単にAIが質問に答えるだけではなく、生徒ごとに質問の履歴を蓄積し、その内容を要約して講師側から確認できるようにしました。
これにより、講師は生徒が最近どこでつまずいているのかを把握しやすくなります。
たとえば、同じ単元の質問が続いていれば、授業中に声をかけることができます。
英語の質問が増えていれば、課題の出し方を調整できます。
質問内容から、本人が自覚していない苦手を見つけられるかもしれません。
AIに任せて終わりにするのではなく、講師の指導にも接続できる形にしたいと考えました。
6.) 通知で、こちらから働きかける
質問対応を実装した後、次に必要だと感じたのが、こちらから能動的に働きかける仕組みでした。
質問対応は、生徒が質問してくれたときに初めて機能します。
つまり、あくまで受動的な仕組みです。
しかし、学習の習慣化を考えるなら、それだけでは不十分です。
生徒が自分から質問する日もあれば、何も送らない日もあります。
忙しくて忘れる日もあります。
そもそも、勉強に意識が向かない日もあります。
そうしたときに、こちらから学習へ意識を戻す導線が必要だと考えました。
そこで、お試しとして作成したのが学習リマインダーです。
決まった曜日の決まった時間に、講師が指定したメッセージ、あるいはAIが自動で作成したメッセージをLINEで送る機能です。
大きな機能ではありません。
しかし、私が重視したのは機能の大きさではなく、生徒が学習に戻るきっかけをどれだけ自然に作れるかでした。
たとえば、
「今日の英単語を5分だけ確認してみよう」
「前回間違えた問題を1問だけ見直そう」
「この時間はリスニングを1セットだけやってみよう」
このように、学習の入口をできるだけ小さくする。
いきなり長時間の勉強を求めるのではなく、まずは行動の始点を作る。
これは、以前の失敗から得た考え方そのものでした。
7.) 学習サービスの中心を、機能ではなく行動に置く
ここまでの開発を通して、私の考え方は大きく変わりました。
以前の私は、学習サービスを作るなら、まず良い教材や便利な機能が必要だと考えていました。
もちろん、それらは重要です。
問題の質が低ければ、学習効果は出ません。
機能が不便であれば、使い続けることは難しくなります。
しかし、それ以前に、生徒がそこへたどり着かなければ意味がありません。
どれだけ良い教材があっても、開かれなければ存在しないのと同じです。
どれだけ正しい学習法を説明しても、実行されなければ成果にはつながりません。
だからこそ、私は学習サービスの中心を「機能」ではなく「行動」に置くようになりました。
生徒はどのタイミングで困るのか。
どこで学習が止まるのか。
何が面倒で開かなくなるのか。
どの場所なら自然に触れてもらえるのか。
どのくらい小さな行動なら始められるのか。
そうしたことを考えながら、LINE上で質問対応やリマインダーを作っていきました。
質問対応も、学習リマインダーも、単体で見れば小さな機能です。
しかし、私にとってそれらは単なる機能追加ではありませんでした。
生徒が学習に入るまでの摩擦を減らすための設計でした。
「勉強する場所に来てもらう」のではなく、
「生徒がすでにいる場所に、学習の入口を置く」。
この考え方が、私の学習サービス開発の中心になっていきました。
8.) では次にやるべきことは
今回の内容は以上ですが、結論からいうとまだ全てが解決したわけではありません。
入口として質問対応を作りました。
とりあえずそれを自主的に使ってくれる生徒が出てきました。
ただ、そこから先、より多くのコンテンツに触れてもらうのはまだまだ試行錯誤の段階です。次回はそのあたりを話していければと思います。