ヘルプデスクのお話 その3
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第3回
大激動の「システム標準化」の裏側で。
私が挑んだ環境改善と、ほろ苦い挫折から学んだこと
こんにちは、加納です。前回は、他部署との連携をスムーズにするために私が取ったコミュニケーション戦略についてお話ししました。
そんな中、私のヘルプデスク生活、そして会社全体にとって最大の試練が訪れます。それが、国主導による「自治体システムの標準化」という、歴史的な大プロジェクトでした。
今回は、怒涛の研究プロジェクトと完全に時期が重なっていた、私の会社員人生で最も過酷で、そして最も多くの学びを得た「激動の1年間」についてお話しします。
■ 鳴り止まないベルと、地に落ちたシステムの信用
他社が数年の延伸を決めるほどの難事業の中、弊社は当初の予定通り完遂するという非常にタイトな計画を掲げました。
リリース直後は、想定外の不具合や考慮不足が多発。昨日直したはずの設定が元に戻ってしまうような、過酷な状況が続きました。開発や保守のSE陣は連日深夜まで対応に追われ、チーム全体に強い疲弊感が漂っていました。
そして、その最前線でお客様の矢面に立つのが、私たちヘルプデスクです。 「システムがまともに動かない」という自治体様の刺々しい声を受け止め、状況を必死にヒアリングしてはSEへエスカレーションする日々。本来の「操作説明」の枠を遥かに超えた、極限の緊張感が続く毎日でした。
「どんなに苦しくても、このプロジェクトを途中で投げ出すわけにはいかない」 私は持ち前の根性だけで、日々の受電と、研究プロジェクトのサブリーダーという二足の草鞋を全力で履き替え、なんとかこの危機を乗り越えていきました。
■ 「もう誰も辞めさせない」環境改善への挑戦
春を迎え、一通りのリリースが落ち着いた頃、チームに大きな変化がありました。フロントで1次受電を担当してくれる派遣スタッフ様が、2名から5名へと増員されたのです。
実は私たちの部署は、ベテランの在籍年数が長い一方で、環境に馴染めず新しい人が定着しにくいという「属人化」の課題を抱えていました。 「せっかく来てくれた仲間たちに、もう辞めてほしくない。安心して働ける環境(心理的安全性)を作りたい」
そう強く願った私は、ある環境改善の提案を課長に提出しました。 これまで、受電した内容の引き継ぎは「手書きの紙メモを直接手渡しする」というアナログな運用でした。これをチャットやメールによる「非対面」の形に変えることで、メンバー間の心理的な摩擦を減らせるのではないかと考えたのです。
さらに、これまで誰が何を何件対応しているかが不透明だったため、稼働を可視化するためのExcelの管理雛形(仕組み)を自作し、合わせて提案しました。
■ ほろ苦い挫折と、そこから得た一生モノの教訓
結果として、紙のメモの廃止は「ベテラン層の慣れ親しんだ運用」との兼ね合いで却下されましたが、私が作ったExcelの可視化ルールは採用されることになりました。
「これでみんなが楽になる」 そう思ったのも束の間、現実は甘くありませんでした。私の提案をベースに、上層部によって新たな管理ルールが付け加えられた結果、かえってヘルプデスク側の業務負担が増えてしまい、現場のメンバーと派遣スタッフ様との間に、意図しない溝が生まれてしまったのです。
「誰かを楽にしたいという善意の提案でも、全体最適の視点や、現場の心理的な動線まで配慮しなければ、仕組みは綺麗に機能しない」
組織を変えることの難しさを痛感した、本当にほろ苦い挫折でした。 しかし、この経験があったからこそ、私は「デザイン思考」や「生成AIを活用した業務のリデザイン」という研究テーマの重要性に、心から共感できたのだと思います。技術や仕組みをただ導入するだけでなく、「現場の人間がどう感じるか」までを泥臭く繋ぐ重要性を、身をもって学んだからです。
■ 架け橋としての、次の挑戦へ
IT知識ゼロから始まったヘルプデスクでの3年間。そして、その裏で駆け抜けた生成AIの研究。 振り返れば、私のキャリアは常に「複雑なシステム」と「現場の人間」の間に立ち、その架け橋となることの連続でした。
大舞台をアドリブで切り抜けた度胸。組織の課題に自ら手を挙げ、仕組みを作ろうとした行動力。そして、挫折から学んだ「人に寄り添う仕組み化」の視座。
これら全ての経験を最高の武器に変えて、私はこれからも、人と技術を繋ぐ新しいステージへと挑戦し続けます。