先般、名古屋で開催された日本医療マネジメント学会。全国から医療経営のトップランナーや現場のキーパーソンが一堂に会した本学会では、加速する医療の二極分化や少子高齢化を背景に、単なる概念論を超えた「医療の質」と「持続可能な組織運営」を両立させるためのドラスティックな戦略が多数報告されました。
特に大きな注目を集めたメイン講演およびシンポジウムを3つ紹介します。
1. 老化を理解し、健康長寿を達成する
本学会の大きな幕開けとなったのが、東京大学医科学研究所の西真教授による、老化制御に関する最先端の知見でした。 これまで「誰もが経験する避けられない生理現象」とされてきた老化ですが、近年の科学技術の進歩により、実は遺伝学的要因よりも環境因子に強く影響を受けること、そして生物種によっては生命に必須の現象ではないことが明らかになってきました。
特に注目すべきは、加齢に伴い臓器や組織に蓄積し、慢性炎症を引き起こして微小環境に悪影響を及ぼす「老化細胞」の存在です。マウス個体を用いた研究では、これら慢性炎症の原因となる細胞を除去することで、慢性炎症そのものが改善することが分かっています。
がんを含めたほとんどの疾患の最大の「リスクファクター」である老化。その分子基盤を解明し、体内に蓄積した慢性炎症細胞を除去する技術や薬物が開発されれば、老化を予防し、加齢に伴う病気の発症を根本から抑制することが可能になります。 これまでの「病気になってから治す」という事後処置的な医療から、老化そのものへ介入して様々な疾患から人類を解放する「究極の予防医学」への転換。これこそが、これからの超高齢社会における医療が目指すべき最初のグランドデザインです。
2. 2040年に向けて健康寿命をさらに延伸させるための戦略は何か?
西教授が示した「予防医学」の可能性を受け、次なる課題となるのが「いかにそれを社会に実装するか」という戦略です。 わが国の高齢化は凄まじいスピードで進んでおり、2024年時点で75歳以上人口はすでに16.8%に達しています。介護費用総額は制度創設時(2000年)から約4.0倍の14.3兆円にまで膨れ上がっており、75歳以上人口が約35%とピークを迎える「2040年問題」に向けて、医療・介護の複合ニーズは爆発的に増加することが確実視されています。生産年齢人口が激減する中、15年後に75歳以上になる人々の健康状態は、社会経済を左右する死活問題です。
一方で、これまでの健康・医療政策(健診・保健指導の充実、医療の進歩、健康経営の促進など)により、高齢者の身体機能は5〜10年ほど若返り、認知症の世代別罹患率も低下傾向にあります。
しかし、このシンポジウムで最も鋭く突かれたのは、「研究のエビデンス(科学的根拠)はあれど、それがまだ社会実装されていない」というマネジメントの限界です。 今後は、エビデンスを単なる論文の中だけに留めず、制度面、医療提供体制、そして評価の仕組みへと落とし込む「マネジメント的な視点」の掘り下げが不可欠です。15年後の2040年に「あの時にがんばってよかった」と確信できるよう、エビデンスを現場の仕組みへと昇華させるドラスティックな意思決定が求められています。
3. クリティカルパスと組織運営
本学会を象徴する、エビデンスを社会や現場に実装するための具体的な「武器」として議論されたのが、クリティカルパスの本来の意義です。 日本医療マネジメント学会が2003年から実施している調査によると、2024年には全国の200床以上の病院におけるクリティカルパス導入率は95%に達しており、いまや病院運営の必須アイテムとなっています。
しかし、ここで深刻な「新しい課題」が浮き彫りになりました。それは、クリティカルパスの本来の目的の理解が不十分であり、運用を牽引するリーダーが不足しているという点です。
クリティカルパスを導入する真の目的は、単なる業務の効率化(手段)ではなく、エビデンスに基づく医療の実践、医療安全管理、職員の相互理解の向上、そして働き方改革や病院経営指標の向上までを包括した“広い意味での医療の質の向上”であり、最終的に患者と医療者の双方の満足度を向上させることです。
シンポジウムでは、パスを単なる書類仕事に形骸化させないために、病院管理者や運用のリーダーがいかに役割を果たすべきか、そして多職種協働を単なるスローガンではなく「組織内の風土」として根付かせるための好事例が共有されました。縦割り組織の壁を壊し、全部門が連動するシステムを構築することこそが、組織運営と病院経営を劇的に変えるエンジンとなるのです。
個人発表
今回の学会にて私自身も発表しております。
昨今の医療現場では、手術件数の増加や施行までの期間短縮に伴い、抗血栓薬や糖尿病治療薬等の周術期休薬管理が極めて重要となっています。休薬の不徹底は手術延期を招く一方、術後の再開遅延は血栓症リスクを高めるなど、医師個人の記憶や判断に依存する従来の「慣例」では限界を迎えていました。
そこで私が関与する病院では、医療安全の向上と現場の業務負担軽減を同時に達成するため、入院前から術後に至るまでの多職種連携プロトコルを構築しました。 具体的には、「入口」である入院前支援の段階で薬剤師とMSW(医療ソーシャルワーカー)が介入して中止計画を策定。さらに「出口」である術後においては、内科医師の指示失念(薬物療法の空白期間)を防ぐため、病棟看護師だけでなく、病棟クラークが事務的側面から再開指示の有無を確認し、医師へ促す「多重チェック(ダブルチェック)体制」を確立したのです。
「安全な医療の提供」というエビデンスの現場実装と、業務効率化による「持続可能な経営」。これらを両立させる鍵こそが、現場の古い縦割りを排し、お互いの専門性をプロフェッショナルなコミュニケーションで繋ぐシステム化に他なりません。
本学会で得た多くの知見と熱量を胸に、単に目の前の業務をこなすだけでなく、「組織と経営の視点」を持った医療職として、それぞれの現場から医療の未来を変える変革を共に起こしていきましょう。