文学部卒の元算数講師が未経験からDXの裏方になって、「新年度の方針」を叫ぶまで
【プロローグ:デジタル化の先にある人間くさいDXと邂逅する軌跡】
私のこれまでの歩みというやつを振り返ってみると、どうにも「矛盾だらけ」という言葉がぴったりです。
大学では文学部の歴史学科なんという、いかにも引き出しの奥をあさるような学問を修めていたはずなのに、学習塾の現場に放り込まれると、いつの間にか算数や数学も教えていました。
さらに時が流れて、気づけば関係会社の社長なんていう柄にもない肩書を背負い、現在は「Kyoshin Digital Academy(KDA)」という組織の片隅で、未知のDX(デジタルトランスフォーメーション)という領域を相手に、毎日バタバタと動き回っているわけです。
客観的に眺めてみれば、なかなかに奇妙なハイブリッド人材が誕生してしまったものだと、我ながら半ばあきれ、半ば感心したりしています。
だからこそ、私たちの目指すDXというのは、単なるシステム導入ではなくて、効率化の先にある「人にしかできないこと」への集中を目指しているのです。業務をスマートに片付けたその先にある、「人間にしかできない、ちょっと泥臭くて温かいこと」にみんなが集中できるようにするための、いわばお手伝いです。
今回は、これといったITスキルも持ち合わせていなかった私が、未知の壁に頭をぶつけながらも、その失敗を自分なりの「まなび」へと変えていった、等身大のストーリーになります。
◆ 文学部歴史学科卒の算数・数学講師、立つ
すべての始まりは、京進の教育現場の最前線でした。
当時の私は、大学の文学部で歴史を専攻し、過去の出来事の裏にある文脈を読み解くことに、それなりの悦びを感じているような人間でした。
そんな文系の人間が、いつの間にか「算数と数学」の授業も担当することになったのです。ところが、実際に教壇に立ち、子どもたちを前にチョークを握っているうちに、あるひとつの面白い共通点に気がつきました。
歴史の複雑な流れをロジカルに説明することも、算数のややこしい問題をひとつずつ解き明かしていくことも、その根っこにある本質は驚くほどそっくりだということです。要は「物事の筋道をきれいに立てて、相手にわかるように伝える」 ということでした。
一見すると、びっくりするほど離れているように思える分野でも、「筋道を立てる」という自分なりの補助線を一本引いてあげるだけで、現場の仕事はとたんに愛おしく面白いものに変わっていきました。
実はこの「筋道を立てる力」というのは、算数や数学だけでなく、他教科の教え方にも面白い変化を生み出しました。たとえば、暗記科目になりがちな「社会」の授業。なぜその土地でその産業が盛んなのかを「エビデンス有り」でロジカルに説明する。出来事と出来事を自分なりの筋道でつなぎ、「だからこうなったんだ」と忘れにくくする。
子どもたちが真剣に聞いてくれている瞬間が何よりのエネルギーで、毎日子どもたちの表情を見ながら、「どうすればもっと伝わるだろう」とそればかりを考えていました。自分で考える楽しさを知ってもらいたい。その一心で授業の組み立てをロジカルにかつ分かりやすく磨き上げる日々に、ものすごくワクワクしていたのを覚えています。
◆ 突如やってきた、社長への抜擢とアプリ作りの日々
教育現場の最前線で、生徒たちとあーだこーだと言いながら、泥臭くも充実した日々を気がつけば20年以上も送っていました。
しかし、人生というのは、ときに妙なカーブを投げつけてくるものです。
ある日、突如として関係会社の社長への抜擢という、これまた私にとっては大袈裟な展開が待っていました。慣れ親しんだ現場の最前線を一歩退き、関係会社という大きな船の舵取りをする立場になってしまったわけです。
そんな教育現場の人間が社長業という、これまた柄にもない席に座ったわけですが、やってみると意外な発見がありました。教育現場で培った「筋道を立てる力」で、経営の数字をすんなりとロジカルに理解できたのです。エラーが起こっている数値を見つけ出しては、それを回復するためにPDCAを回すという一連の仕組みを、ごく自然と進めることができたのです。授業の組み立てを考えることと、経営の戦略を立てることは、私の中ではどこか同じ地平にあったようです。
また、私は関係会社グループの防災担当を務めることになりました。そこで直面したのが、防災データの整理という、これまた非常に泥臭い課題です。膨大な紙の資料と、バラバラのExcelファイル。私はデータをきれいに整理するために、社内ツールのアプリ作成に挑戦することを始めました。
知識ゼロからのスタート。ネットの解説記事を読み漁り、アプリの画面と向き合う日々。 でも、これが不思議と苦ではなかったのです。自分の手で仕組みを作り、それが動いたときの感動はひとしおでした。
これが、私のIT領域への本当の意味での最初の足がかりでした。
その後、本格的に「DX」という、未知のIT領域へも足を突っ込むことになるわけですが、私には凄腕のIT技術も小難しいプログラミングの知識なんてものも、1ミリもありませんでした。システムがどうとかコードがどうとかと言われても、「はあ、なるほど?」と、引きつった笑みを浮かべるのが関の山でした。
ただ、いかつい鉄の塊や暗闇でチカチカと点滅しているライトに対して、必要以上に恐怖を感じないというようなちょっとした「図太さ」を、私は幸か不幸か持ち合わせていたのでした。専門的な知識はなくとも、とりあえずその中へ飛び込んでみる。この図太さがあったからこそ、私は未知の領域を前にしても、妙にワクワクしていられたのだと思います。
◆ 情シスへの異動、そして「猛者」たちの壁
とはいえ、世の中そうそう甘い話ばかりではありません。私の「ワクワク」は、実務という名の現実の前に、すぐさまいくつかの壁にぶつかることになります。
正式に情報システム部(現在の経営情報企画部)へ異動してからの私は、「少々アプリが作れる人」という、なんとも中途半端な立ち位置でした。
これではいけないと一念発起し、世間では一番易しいと言われる「ITパスポート」の資格をなんとか取得。そこからは、ネットの情報を貪るように見ながら、見よう見まねでAPI連携の仕組みを構築するような、手探りの毎日が始まりました。
しかし、本格的な社内システムの開発となると、スケールが全く違います。周りのメンバーは、「息をするようにコードを操るように見えたデジタル世界の精鋭」たち。実際の大きなプロジェクトが動き出すと、ミーティングでは聞いたこともないようなカタカナの専門用語が飛び交い、システムの構築プロセスは、まるで設計図のない秘密基地のように複雑でした。
「おやおや、これは困ったぞ」と、頭の中が真っ白になることなんて、一度や二度ではありません。文字通り、大苦戦という言葉を絵に描いたような状態でした。
特に私が頭を抱えたのは、「現場の人間の生っぽい想い」と「デジタルの冷徹な仕組み」を、どうやってひとつの形に編み込んでいくかという部分でした。「良かれと思って導入するツールが、かえって現場の手間を増やすお荷物になってしまったらどうしよう」という不安が、現場を長年経験している私だからこそ、常に頭の片隅にありました。
そんな私を救ってくれたのは、やっぱり「猛者」たちの存在でした。等身大剥き出しのままで周囲に相談を持ちかけてみると、心強き技術派の面々は、私の拙い言葉を丁寧に汲み取り、「それなら、こういうシステム構成にすれば解決できますよ」と、具体的な技術の言葉に翻訳してくれました。
私は現場の思いを伝えられる。「猛者」たちはそれを技術で形にできる。その見事な連携が生まれたとき、チームとしての強い一体感を感じました。そんな彼らの頼もしい姿を見ながら、私は課長としての自分の想いをメンバーに伝えるようになりました。
新年度から、私は「企画」と「開発」の 両方のマネジメントを任されることになりました。凄腕の技術はないけれど、いつの間にか私の中にも情報システムの血がしっかりと流れるようになっていたことを思い出します。
年度初めの職員会議でのこと。私はたまたまずらりと並んだ社員たちの背中を眺める位置に陣取り、そのたくさんの背中を見つめながら、「ああ、私たちはこの人たちのインフラとシステムを、こそっと裏側から支えているのだな」と思ったら、勝手に胸が熱くなり、誇らしい気持ちでいっぱいになりました。
現場にいたときは、裏方の存在なんて微塵にも思いませんでした。毎日システムが動くのは、当たり前だと思っていたからです。
でも、今ならはっきりとわかります。 私たちが止まれば、彼らの日常も止まる。「目立たないけれど、不可欠。」それこそが、私たちIT企画開発課の誇りなのです。
◆「専門性がない」を、最強のスパイスに変えて
そうして泥臭くコミュニケーションを重ね、仲間たちの知恵を拝借しながら、私はなんとかひとつひとつの大きなプロジェクトを乗り越えています。
新しいシステムが無事に動き出し、ある現場スタッフがぽつりとこんなことを言ってくれました。「これで、生徒とじっくり話す時間が、たくさん作れます。」
その言葉を聞いたとき、私の胸の奥のほうが、じんわりと温かくなるのを感じました。私たちがやっているDXというのは、冷たい機械を並べることなんかじゃなく、現場の余計なドタバタを減らして、「顧客に寄り添えるはずの数分」を増やすための、極めて人間くさい裏方仕事なのだと、すべてのパズルのピースが『パチン』と音を立てて繋がった気がしました。
「異業種からの挑戦は、武器になる。」
私自身、教育という極めて泥臭い現場から、未経験のIT領域へ飛び込みました。最初から完璧なプロである必要はありません。大切なのは、未知の領域に怯えない、ちょっとした「図太さ」です。サービス業の現場、教育の現場、そのリアルな空気や人の痛さを知っていたからこそ、解決できたデジタル課題がありました。
歴史、算数、社長、そしてDX。専門性なんてどこにもないように見えるキャリア。 でも、専門の枠に閉じこもっていなかったからこそ、現場スタッフの小さな不満の裏にある、焦りやため息に共感することができるのです。
かつて授業や経営の現場で培った「物事の筋道を立てる力」が、システムの設計やプロジェクトの進行を考えるときに、大きな力を発揮しました。無駄な経験なんてひとつもなかった。すべての経験が、今の私の大切なスパイスになっています。
そして、私は新体制にあたり、メンバーに向けて「IT企画開発課の方針」を示しました。それはゴリゴリとした技術の数値ではなく、「私たちがどこを向いて、誰のためにどう歩くか」という、人を中心とした話でした。
私たちがやるべきことは案外シンプルで、彼らがパソコンの前で「うーん」と固まっている10分を、私たちの知恵で5分に縮めてあげる。その5分が、誰かの人生をほんの少し、豊かにするかもしれない。
【エピローグ:ステキな大人が増える未来をつくる挑戦は、たくさんの「人への想い」を重ねて前進する】
これからも現場の温度感を忘れない、どこか血の通ったDXというやつを、このKDAの仲間たちと一緒に仕掛けていくつもりです。
完璧なスキルなんて、最初からポケットに入っていなくていいのだと思います。「よくわからないけれど、まぁ、やってみるか」という、ほんの少しの図太さ。そして、失敗の中に転がっている筋道を見つけ出そうとする、子どものような好奇心。それさえあれば、人は何歳からでも、どんな見知らぬフィールドででも、新しく歩き出すことができる。それは、私のこの矛盾だらけのキャリアが、何よりの証明です。
次なる挑戦は、私たち自身が「探求する好奇心」や「前向きに挑戦する姿勢」を持つ、ステキな大人であり続けたいということです。
もしあなたが今、「自分にはこれといったITの専門性なんてないなー」と、自分の履歴書を眺めて溜息をついているなら、変化と進化を面白がりながら、その一見バラバラに見えるあなたの経験を、あなただけの特別なスパイスに変えてみませんか。
あなたのようにサービス業の現場を知っているからこそ、目の前の「人」への想像力と、思いやりを持っているからこそ解決できるデジタル課題が、世の中にはたくさん転がっています。思い通りにいかない状況さえも、「そうきたか」とちょっと面白がれる心の余裕があればそれだけで十分、私たちのチームに喜んでお迎えしたい方です。
あなたも私たちと一緒にデジタルのチカラで、ステキな大人が増える未来をつくってみませんか?
愉快で骨太な裏方の仕事を、一緒に始めましょう。KDAのどこかで、あなたとひょっこりお会いできるのを心から楽しみにしています。