2026年10月21日、ウェブサイトを動かすプログラミング言語「PHP」に、重大な脆弱性が2件公表されました。条件次第で、ログインしていない外部の攻撃者がサーバー上でコードを実行できるおそれがある、というものです。
PHPは、サーバー側の言語が判明しているサイトの約7割で使われていると言われます。WordPressなど身近なサービスの裏側でも動いています。
普段は利害も文化も違う国や企業、技術者たちが、ひとつの「共通の敵」に向かって同時に動いた。新型コロナウイルスの感染拡大のときもそうだったと記憶していますが、今回はこのニュースを入り口に「共通の敵が現れたとき、人はなぜ・どう動くのか」から、有事に強い組織をつくることを考えました。
共通の敵(問題)を前に、人はどう動いたか
今回の動きを整理すると、大きく4つの行動が見えてきます。
・情報を共有する:各国の機関が警告を出し、修正版の情報が一気に広がった。
・競争より協力を選ぶ:AIで脆弱性を見つけた研究者とセキュリティ企業、PHPの開発チームが、公表前から連携して修正を準備した。
・自分の損を引き受ける:フィンランドやオランダ、ベルギー、フランスなどで、サイトを予防的に止める判断が下された。
・身構える:SNSでは「自分のサイトは大丈夫か」「使っているサービスは更新済みか」という声が広がった。
私自身も、ニュースの直後に旅行サイトでログインエラーに遭遇し、「もしかして関係あるのか」と一瞬身構えました。実際の原因は分かりません。それでも、ひとつの脅威が多くの人の注意を同じ方向へ向けることを、身をもって感じました。
なぜ人は団結するのか:3つの心理的要因
社会心理学には、この現象を説明する考え方がいくつかあります。
1. 共通の敵効果
共通の脅威が現れると、それまで協力していなかった人どうしの協力が促される現象です。危機が「味方か敵か」の線を引き直します。
2. 社会的アイデンティティ
人は所属する集団で「自分は何者か」を捉えます。外からの脅威があると、「A社とB社」「部署と部署」の違いより、「同じ問題に立ち向かう仲間」という共通点が前に出ます。
3. 上位目標
社会心理学者シェリフらの「泥棒洞窟実験」(1954年)が有名です。対立していた2つの少年グループは、双方が協力しないと解決できない課題に直面して、関係を修復していきました。
ここで大事なのは、関係を変えたのは「敵がいること」そのものではなかった点です。「一緒に何をするか」という目標と役割が、人を結びつけたのです。
今回のPHPの件も同じだと感じます。人々を動かしたのは脅威への恐怖だけでなく、「修正して被害を防ぐ」という明確で共有しやすいゴールでした。
「共通の敵」で団結することの光と影
共通の敵は万能の接着剤ではありません。
2022年に科学誌『Scientific Reports』に掲載された米国の実験(民主党・共和党の支持者1,670人が対象)では、共通の敵を意識させても、党派を超えた協力は促されませんでした。むしろ一部の人は、相手陣営から学ぼうとしなくなったのです。対立が深い集団では、「あいつらこそ敵の側だ」と矛先が内側に向くことがあると研究者は指摘しています。
組織に置き換えると、次のように整理できます。
私が大切だと思うのは、「敵による結束」と「目標による協力」を区別することです。前者は燃え上がるのも早いですが、冷めるのも早い。長く続く組織の力になるのは、後者だと考えています。
有事に強い組織をつくる:柔軟さと芯を両立させる6つのアクション
今回のPHPの件についてある新聞で企業(組織)の「レジリエンス」の重要性を謳う記事がありました。ただ折れないことではなく、しなって元に戻り、前より強くなる力をレジリエンスといいます。以前はVUCAの時代と言われていましたが、次の概念としてBANIが提唱されています。
カオスな時代に生き残るには、変えてはいけない「芯」と、状況に応じて変えられる「柔軟さ」を、あらかじめ決めておくことが強い組織を作るポイントになるのではないでしょうか。ここからは、平時・有事・事後の3つの場面に分けて、私が考える具体的なアクションを紹介します。
【平時:芯をつくる】
1. 「何を守るか」を言葉にしておく
顧客の安全、情報、信頼など、有事に最優先するものを明文化する。今回の「止める損失と攻撃されるリスク」を比べる判断も、守るものが決まっていれば迷いが減ります。
2. 「止める」判断基準と権限を決めておく
誰が、どの条件で、サービスや業務を止められるのか。オランダの例のように、迷わず止められる組織は強いです。
3. 小さな訓練を定例化する
年1回の大きな訓練より、月1回15分の「もしも会議」。想定シナリオを1つ選び、最初の1時間に誰が何をするかを話すだけでも効果があります。
【有事:柔軟に動く】
4. 敵ではなく「目標」を掲げる
「誰が悪いか」ではなく「72時間で何を達成するか」を最初に共有する。上位目標が、部署の壁を越えた協力を生みます。
5. 役割を固定しすぎない
普段から複数の業務を経験できるようにしておくと、欠員や想定外の事態でも穴を埋め合えます。
【事後:芯を鍛え直す】
6. 責めない振り返りを習慣にする
個人の失敗ではなく「仕組みのどこで起きたか」を問う。犯人探しを防ぐことが、次の有事に率直な報告が上がる土台になります。
小学校では、運動会や行事の前、クラスは驚くほどまとまります。けれど、それが終わると元に戻ってしまうこともありました。逆に、日ごろから「このクラスで大切にしたいこと」を子どもたちと言葉にし、役割を回し、失敗を責めずに振り返ってきた年は、思わぬトラブルが起きても子どもたち自身で立て直していきました。
子どもの集団と大人の組織は、まったく別物だと思われがちです。でも私は、組織という文脈においては、子どもも大人もおおよそ同じなのではないかと考えています。目的が共有されているか、役割があるか、失敗を責められずに話せるか。人が力を合わせられるかどうかを左右するものは、教室でも職場でも変わらないと感じています。
共通の敵は、人を一時的に結びつけます。でも、組織を本当に強くするのは、敵がいないときに積み上げた「目的」と「関係」なのだと思います。
AIによって脆弱性の発見も攻撃も加速する時代、次の有事はきっとまた突然やってきます。そのときすでにつながっている組織でありたい。そんな組織づくりを、これからのキャリアで支えていきたいと考えています。
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参考
Jahani, E. et al. (2022). An online experiment during the 2020 US–Iran crisis shows that exposure to common enemies can increase political polarization. Scientific Reports, 12, 19304.
(邦訳:2020年の米国・イラン危機の最中に行われたオンライン実験が示す、共通の敵への接触が政治的分断を強めうること)
https://doi.org/10.1038/s41598-022-23673-0
📷写真は、大阪府大阪市にある梅田スカイビル屋上からの写真