生涯で何度も大学に進学する人は多くないだろう。さらに10年フリーターをやった後で受験勉強をやり直して再進学するような、コスパの悪い選択をする人は日本の教育慣行の中でも少数派である。
賢い人は社会で暗黙に流れているルールを理解し、自身の人生に最もパフォーマンスの良い選択をする。高校を卒業して最悪でも2年以内に、自分の学力で入学できる大学へ進学し、計画的に単位をとりながら卒業後の雇用状況を見通しながら準備をして、新卒という求職者にとって特別なプラチナカードを最大限に活用する。これが正統なキャリアの始め方だ。
ところがどっこい、私は高校を卒業した年に現役で入学した芸術系大学を2年で退学し、実家に寄生しながら地元でアルバイトをしながらフラフラと過ごし、そんな生活を10年続けた後に受験勉強をしなおして2度目の大学進学をした。これは日本的なキャリアの積み方を考慮すると、とてもコスパ最悪の選択だ。余計な時間とお金を費やして、いざ社会に出るときには既に新卒などという年齢ではない。新卒と銘打って面接に来たのが私だったら企業様にとっては詐欺も同然だ。
言い訳ではないが、私がこんな人生を歩むことになったのは超就職氷河期という外部環境が影響している。最初に進学した大学をストレートに卒業していれば私は2003年卒ということになるはずだったが、この年は統計を取り始めてから期間の中で最悪年と言われた年であり、就職戦線が再底に落ちた年だった。大卒の就職希望者で就職できたのは全体の55%だった。この数字は正社員だけではなく非正規や派遣を含めたものだ。高卒者の就職率はさらに悲惨で18%しかなかった。
そんな状況の中で私が感じていたのは完全にゲームチェンジが起こったというこだった。以前と同じ攻略方法が通用しなくなったのだ。であるのに新ゲームの攻略方は未だ存在していなかった。サービス終了したゲームをやり続けなければならない、まさに虚無である。
というわけで私は無目的にプラプラと過ごすことになった。しかも10年間も。しかし風来坊生活も5年目を迎えた頃に、私は無性にもう一度勉強したくなった。世の中では個人用のコンピュータ(PC)の所有が一般的になり、インターネットが急速に普及を始め、それを背景に新しいビジネスが登場し、技術は年ごとに進化し、とても面白い時代が到来していた。私はその未知の分野を知りたかった。特に技術面に興味があったので、バイトで貯めた金と両親に土下座して投資してもらった資金を合わせて再進学を決意した。
悪運が強いことに私は第一希望の大学の学部に合格し、まんまと2度目の入学に滑り込むことができた。そこで充実した、それはもう充実した贅沢な時間を享受し、卒業した時には30代も半ばの年齢になっていた。
ところが変なところで悪運の強い私は、そんな怪しい経歴を提げて面接に行った会社に奇跡的に採用されることができた。奇跡である。
そこで私が任されたのは会社のオウンドメディア運用担当という職務であった。ちなみに担当者は私1人である。つまりメディア運用に関する業務は全て自分1人で対処をしなければならない。やったことがないから、よくわからないから出来ませんという言い訳は通用しない。必然的にメディア運営に付随する業務は何でもやった。これには流石の私も鍛えられ多少のことはできるようになる。
メディア運用業務で肝となるのはマーケティングである。サイトを訪れたユーザーデータを解析し打ち手を考える、必要なリサーチを行い具体的な施策に落とし込み実行する。それを繰り返すのが基本のキだ。そんな訳で私は成り行き的にマーケターとしてキャリアを形成していくことになった。自分の性にあっていて何とか今でも続けていくことができている。
現在、AI技術の台頭という大きなゲームチェンジが起き始めている。既視感のある景色だ。私はそういう時代とタイミングの中で人生の節目節目を生きてきた。なんと血湧き肉踊りする展開ではないか。
世の中が大きく変わる時には社会に大きな軋轢が起こる。しかしその中で持てるだけの知恵を行動力を駆使する意思があれば、実に面白い時代でもあると思うのだ。諦めたり絶望したりすることはない。世の中100個やって1個成功すれば高打率なのだ。もちろん疲れ傷つくことも多い。だからこそチャンスを掴めた時の喜びは何物にも勝るのだ。多分私は今後もこういう生き方しかできないのだろうから。