メタ認知とハラスメント
ここ何回かメタ認知(自分自身の行動や思考を客観的にとらえる力)について書いてきましたが、このメタ認知力というのはセクハラやパワハラなどハラスメントをしないという意味でも非常に重要です。
今やハラスメントはこの二つだけでなく数限りなくなっていますが、ひとまずは「セクハラ・パワハラ」という社会的にも認知度が高く法律上も定義された二つのハラスメントをもとに考えたいと思います。
まず僕がハラスメント研修をする際の基本的なスタンスを先にお話すると
「何がセクハラに当たるのか・何がパワハラにあたるのか、を研修することにはほとんど意味がない」
ということです。
例えば男性上司が女性の部下に対して性的な発言をする。
先輩が部下を殴る。
それがセクハラないしパワハラにあたるだろうな、ということは多くの人がふわっとであっても把握しています。
ではなぜハラスメントが起こるのか。
それは
「自分は大丈夫」
「相手と自分の関係なら大丈夫」
だと、言語化しないまま何となく思っているからです。
ですので例えばセクハラ研修で法務や労務の専門家を外部から招聘し
「こういうケースがセクハラに当たります、気を付けましょう」
と言ってもほとんど意味はない、というのが僕の見解です。
言語化すると
「おれは好かれているから大丈夫」
という、まさにメタ認知度の低さがゆえにハラスメントが起こるのです。
そのためで僕がクライアントにハラスメント研修をする際は
「ハラスメントは自己認識の低さである、自分だけは特別な人間であるという思い込みがハラスメントを起こすのである」
ということを繰り返し伝え
「ハラスメントをしている人は自分を特別な人間だと思っている変わった人である」
ということを認識してもらいます。
率直に言うとメタ認知度が低くてハラスメントを起こす人は自己愛が強い傾向にあるため
「部下に何でも言えるオレってかっこいい」
という価値観を
「自分を特別な人間だと思っている人はかっこ悪いですよ」
という空気にしてしまうと、思考は変わらないまでも行動が変わりやすいです。
大阪地検の事件はなぜ起きたのか ~メタ認知の観点から~
話を戻しますが、メタ認知の低さがハラスメントになった具体的な例が大阪地検トップの検事正が部下の女性検事に対する準強制性交罪で起訴された事件です。
常識的に考えて、法律を熟知しているであろう検察官が
「酒を飲んで抵抗できない状態の女性部下に性交をしたらセクハラ(というか犯罪ですね)になるであろう」
ということを理解できていなかった、とは思えません。
「同意があったと認識していた」
という検事正の主張から見えてくるのはまさに
「自分は大丈夫だと思っていた」
という「被害者」のみならず「他者」との乖離です。
おそらく検事正も
「60代の上司が酒に酔った女性部下に対して性向をしたら、セクハラに当たる可能性はありますか?」
と一般論で聞かれたら
「同意があったとしても同意を証明するのは難しいだろうし、上司部下にあたる関係でかつ酒に酔って正常な判断ができない状態であれば、セクハラに当たる可能性はあります」
と答えたのではないかと思います。
まさに「自分は大丈夫である」という言語化されていない思いがこの事件を引き起こしたのではないでしょうか。
退職せざるを得なかった被害者のことを思うとこういった例に出すこともためらわれるほどですが、メタ認知度の低さがハラスメントに繋がったという非常に事例のように感じます。