2019年――。
親会社のトップ営業であったI氏が、時代を先取りする「単価連動型SES」を社内に提案しました。
その後、I氏はピーエスアンドエスへ出向。社内独立のような形で、ピーエスアンドエスは単価連動型SES企業として再出発を果たしました。
そこには、初代社長・故高橋秀人氏から受け継いだDNAがありました。
ただしI氏らしく営業色を前面に出し、積極性を武器に推進力を持った企業へと姿を変えていったのです。
事務所を改装したり、もくもく会を開催したり、新生ピーエスアンドエスは順調な滑り出しを見せました。
しかし、ほどなくコロナ禍が襲来。
フルリモートへ移行し、活動は制限。思い描いた上昇曲線は描けませんでした。
社会が落ち着きを取り戻しても苦戦は続き、特に採用面では壁に直面しました。
広告媒体を中心とした採用活動。しかし割ける予算は限られ、I氏自身の採用経験の浅さもあってか思うような成果を上げられない。
「旧来の方法から変われなかったこと」――それが苦戦の理由だったのかもしれません。
そうこうするうちに、2024年春ごろからI氏の持病が悪化。
同年9月、体調不良により業務継続が困難となり、ピーエスアンドエスは会社として2度目の大きな区切りを迎えました。
その後、永井・渡会体制となり――。
2024年10月、ピーエスアンドエスの物語は「第3章」へ。
変われたこと、変われなかったこと――その両方を抱えながら、私たちはまた新しいページを開いていきます。