目次
“バックパッカー”も知らない大学生だった?宿場JAPANに出会うまでのアレコレ
早速ですが、ジュードさんのこれまでの経歴について教えてください!
ジュードさんはゲストハウス開業志望と聞きましたが、元々旅が好きだったんですか?
旅にどっぷりの大学生活だったんですね。そこからホームセンターに就職を決めたのはなぜですか。
ホームセンターの仕事を楽しみつつ、ゲストハウス開業の夢はずっと持っていたんですね。
そうだったんですね。今振り返ると、どんな心境でしたか。
動くべきタイミングを見極めてすぐに行動されたんですね!
実は、最初に応募したのは、ゲストハウス品川宿ではなく姉妹店のゲストハウスMAYAだとか…?
最初は3ヶ月の予定が2年に?品川宿での仕事をスタートして
いよいよ品川宿でのヘルパー生活がスタートしたんですね!最初は3ヶ月の予定だったと聞きましたが…
MAYAではなく品川宿で働く選択、忖度なしにどうでした?(笑)
人によって100点の基準が違うのが接客。品川宿で奮闘する日々
ゲストハウスで働いて、思い出に残っていることをお聞きしたいです!
ゲストハウスで大変だったことも聞きたいです。
ゴールにもいろんな道筋がある。一棟貸しホテルを経験して気づいた奥深さ
ジュードさんはゲストハウスだけでなく、一棟貸しホテル(宿場ホテル)も担当されていたと聞きました。
ゲストハウスとの共通点や違いはありますか。
ゲストハウスも一棟貸しも経験されたジュードさん。やっぱりやりたいのはゲストハウスでしたか?
ハプニングも感動も?20回以上開催した“銭湯ツアー”の秘話
ジュードさんは銭湯が大好きで、ゲストと行く“銭湯ツアー”をやっていましたね。始めた経緯をお聞きしたいです!
海外の方からしたら銭湯はめずらしいですもんね。
滋賀県で開業後も“銭湯ツアー”は継続予定ですか?
“振り返ってみれば良い苦しみだった”Dettiプログラム 修行コースを振り返る
Dettiプログラム 修行コースに参加された経緯やエピソードも聞きたいです!
Dettiプログラム 修行コースでは、姉妹店のゲストハウス蔵でも体験就業をしたそうですね。
将来、場づくりをしたいと考える人にとって宿場JAPANはどんな場所だと思いますか。
ジュードさんが準備中の宿のアピールをお願いします!
宿場JAPANでは、将来ゲストハウスや場づくりをしたいと考えるスタッフが多く揃い、全国各地に「仲間」となるゲストハウスが増えています。
今回は、宿場JAPANで2年間の“修行”としてジョインしたのち、地元滋賀県に戻って開業を目指す早川 康輝(はやかわ こうき)さん(以後、ジュードさん)に話を伺いました。
住み込みヘルパーからスタートし、最後は契約社員とさまざまな働き方を経験したジュードさんから見た宿場JAPANについてお聞きしました。
「ゲストハウスってどんな働き方があるの?」
「将来、ゲストハウスや場づくりをしたい」
と考えている方は、ぜひご覧ください!
〈プロフィール〉
早川 康輝(はやかわ こうき)
ニックネーム:ジュードさん
滋賀県長浜市出身。
新卒ではホームセンターを運営・展開する会社に就職。
2022年9月にゲストハウス品川宿(現在は「品川宿ゲストハウス&ツアーズ」)にジョインし、ゲストハウスのカウンタースタッフだけでなく施設のDIYや一棟貸しホテルの接客など幅広く活躍。2024年11月に卒業。
好きなもの:銭湯
品川宿で好きな場所:船溜まりのベンチ
“バックパッカー”も知らない大学生だった?宿場JAPANに出会うまでのアレコレ
早速ですが、ジュードさんのこれまでの経歴について教えてください!
滋賀県長浜市出身です。高校までを長浜市で過ごし、大学進学のタイミングで宮崎県へ引っ越しました。
卒業後はホームセンターを展開する会社に就職し、九州で6年間過ごしました。
ジュードさんはゲストハウス開業志望と聞きましたが、元々旅が好きだったんですか?
大学時代にバックパックで旅をしていた経験から「旅とかゲストハウスって楽しくていいな〜」と思ったのが始まりです。
高校生の頃から「今まで行ったことないところに行きたい」「新しいところに行きたいな」という考えはありました。進学先に宮崎県を選んだのも、同じ理由です。
ですが、大学に進学した当初は“バックパッカー”という言葉も知りませんでした(笑)
大学生の時、中国蘇州に短期留学へ行きました。当時は“バックパッカー”を知らなかったので、知らないところに行くには留学!と考えたからです。
留学中はバスを始発から終点まで乗ってみたり、いろんな場所にふらっと行ってみたりするのが好きでした。蘇州は大きな都市ではないので、周りの学生は「すぐに飽きる」と言うのですが、私はすごく楽しくて…!
のちに自分のような旅のスタイルを“バックパッカー”というと知りました(笑)
短期留学が終わり、もっと旅がしたくて1年間休学しました。
最初はシルクロードを歩こうと考えていましたが、ゴビ砂漠を超える必要があると知り「陸路でトルコを目指す」という目標に切り替えました。飛行機を使わずに、香港→中国→ベトナム→ラオス→カンボジア→インドネシア→シンガポール→ネパール→インド→トルコと移動しようと考えていましたが、お金がなくなり、インドの途中で帰国しました。
トルコは絶対行きます!
旅にどっぷりの大学生活だったんですね。そこからホームセンターに就職を決めたのはなぜですか。
バックパッカーは本当に楽しくて「人生ずっと旅できたらいいな〜」と思いましたが、実際はそうもいかないですよね。
さらに当時、英語ができない自分をいろんな人が助けてくれた経験から「私自身も同じように旅人を助けることを仕事をしたい」「バックパッカーを助けるゲストハウスを作りたい」と大学3,4年生の頃から思い始めました。しかし、最初から独立するのではなく、まずは社会経験を積もうと思って就活をし、ご縁があったのがホームセンターでした。元々DIYや工具が好きだったので、やりがいもあり、楽しんで働けました。
ホームセンターの仕事を楽しみつつ、ゲストハウス開業の夢はずっと持っていたんですね。
はい。いつかは開業したいと思いながら、ホームセンターの仕事にもやりがいを感じ、楽しく楽しく働いていました。
「そろそろゲストハウスの開業に向けて動き出したい」とぼんやり考えていた頃に新型コロナウイルスが流行してしまい…。
そうだったんですね。今振り返ると、どんな心境でしたか。
流石にこのタイミングで宿泊業界に移るのは難しかったので、しばらくはホームセンターに勤めつつ、チャンスを伺っていました。
当時は外務省のボーダー(海外渡航制限)がいつ開くのかをずっと見ていましたね。
ホームセンターの仕事は楽しかったし、やりがいも感じていました。しかし20代後半になり、会社でもすぐには辞められない責任あるポジションになる可能性が出てきたので、外務省のボーダーが開く知らせを見てすぐに動き出しました。
動くべきタイミングを見極めてすぐに行動されたんですね!
そうですね。とはいえ、すぐに開業はハードルが高いので、次のステップはゲストハウスで働き、解像度を深めることだと考えて、ゲストハウスの働き口を探しました。
実は、最初に応募したのは、ゲストハウス品川宿ではなく姉妹店のゲストハウスMAYAだとか…?
実はそうなんです(笑)
ゲストハウスの住み込みヘルパーを募集しているサイトで、神戸にある姉妹店「ゲストハウスMAYA」オーナー朴さんの地域に根ざしたゲストハウス運営の考え方が「自分にドンピシャだ!!」と思い応募しました。
MAYAは選考に進んだ段階で人手が足りているとのことでしたが、そこで話を聞いたのが、朴さんがMAYAを開業する前に修行をした「ゲストハウス品川宿」(現在の「品川宿ゲストハウス&ツアーズ」)です。もともとは朴さんの考え方に惹かれての応募でしたが、朴さんが恩師とする品川宿ゲストハウス&ツアーズのオーナー・玉井(渡邊)崇志さん(タカさん)のマインドももちろん自分と合っていて、その場でタカさんの著書『ゲストハウスがまちを変える: エリアの価値を高めるローカルビジネス』も購入して勉強しました。
また、その時に開業志望者向けのプログラム「Dettiツアー」(朴さんもこのプログラムを経てMAYAを開業した)も知りました。
朴さんが恩師とするタカさんの元で働けたら、自分が理想とするゲストハウス開業に向けて“修行”ができると感じ、ゲストハウス品川宿で働くことを決めました。
最初は3ヶ月の予定が2年に?品川宿での仕事をスタートして
いよいよ品川宿でのヘルパー生活がスタートしたんですね!最初は3ヶ月の予定だったと聞きましたが…
開業の夢は変わらず持っていたので、3ヶ月だけヘルパーをして勉強しようと思って入社しました。しかし、働き始めて1ヶ月過ぎた頃に「自分にできることを増やしたい!3ヶ月では足りないのでは?」と思って延長を決め、雇用形態もアルバイトに変更しました。
MAYAではなく品川宿で働く選択、忖度なしにどうでした?(笑)
結局、ゲストハウス品川宿で約2年、お世話になりました。その間にDettiプログラム修行コースやDettiツアーに参加したり、ヘルパーやアルバイト、契約社員というさまざまな雇用形態で働かせていただけて、とてもよかったです。
もちろんゲストハウスMAYAで働いていたら、MAYAでしか吸収できないこともあったかもしれません。それでも、品川宿を紹介されてすぐに引っ越した、あの時の選択は間違えていなかったと思います。
特に品川は、バックパッカーだけでなくビジネスマンの方にもご利用いただいたり、(のちに詳しく話す)一棟貸しのホテルでの仕事も経験できて、学ぶことは多かったですね。
MAYAを見つけた時、自分に合った職場を見つけたと思いましたが、さらに奥があったという感じです。
人によって100点の基準が違うのが接客。品川宿で奮闘する日々
ゲストハウスで働いて、思い出に残っていることをお聞きしたいです!
大きく言うと、お客様と毎日顔を合わせて接客・提案をして一喜一憂する、お客様と一緒に何かをするという日々が楽しかったし、面白かったです。
接客は100点満点が人によって違うけど、来てくださるお客様一人ひとりに対して真剣に考えることに面白さを感じました。宿場JAPANのメンバーは、とにかくお客様に寄り添う姿勢を大切にしています。「どこまでも寄り添うぞ!どこまでお客様のことを考えられるか?」に振り切っているのは品川宿ならではですね。深掘りして考えることは、自分の性格にも合っていましたね。
前職のホームセンターでは、接客以上に重要視されることが多いので、お客様の要望に100%寄り添うことは難しく、どこかで折り合いをつけないといけない部分があったんです。「もっと寄り添えたら…」と思っている気持ちを叶えられたのは宿場JAPANならではだと思います。
ゲストハウスで大変だったことも聞きたいです。
やはりシーズン性の高い職種なので、お正月やGWなどのハイシーズン、イベントの時期は体力的に大変な日もありました。
ゴールにもいろんな道筋がある。一棟貸しホテルを経験して気づいた奥深さ
ジュードさんはゲストハウスだけでなく、一棟貸しホテル(宿場ホテル)も担当されていたと聞きました。
入った当初から清掃のみをしていましたが、接客好きもあってか、接客担当にもなることができました。自分の好みをよく分かって頂いていたのかもしれません(笑)最初はとても緊張しましたね。
ゲストハウスとの共通点や違いはありますか。
(ゲストハウス品川宿と宿場ホテルを運営する)株式会社宿場JAPAN全体として目指しているところは同じで、どちらも「お客様に地域に入り込んでいろんな体験をしていただきたい」という気持ちは変わらずありました。
ただ宿場ホテルは、ゲストハウスよりも1組のお客様にフォーカスできる点が違います。宿場ホテルは一棟貸し切りのホテルで3ブランドあるので、チェックインは多くても1日に3組しかありません。
ゲストハウスは、1日に10組以上チェックインがある日もあり、目の前のお客様に「ようこそ」と言いながら、頭の中では他のお客様のことも考えています。
宿場ホテルは、ゲストハウスと比較して宿泊料金も違いますし、1組のお客様に開ける時間やコストも違います。宿場ホテルに関わり始めてから「まだまだお客様のことを考えられる余地があったんだ!」と気づくきっかけにもなりました。
また、ゲストハウスはバックパッカーや一人旅の利用者が多いのに対して、宿場ホテルは家族やお子様連れでの利用が多く見られるのも違いです。宿場JAPANとして目指しているゴールは同じですが、叶える方法が違うというか、ゴールへの道筋は違うことも学びました。
ゲストハウスも一棟貸しも経験されたジュードさん。やっぱりやりたいのはゲストハウスでしたか?
ゲストハウスも宿場ホテルも大好きで、最終的には私の趣味嗜好の範囲になるのですが、自分の原体験からやっぱりゲストハウスをやりたい気持ちは変わりませんでした。私が感動してもらいたいゲストはやっぱりバックパッカー、大学生の頃の自分のような人だと思いました。
しかし、タカさんがバンバホテル(宿場ホテルの1件目)をオープンした理由である「バックパッカーの人のライフステージが変わり、家族で泊まれる宿泊施設を作りたいと思った」という考えはその通りだなと思います。自身のゲストハウスが軌道に乗って2件目、3件目とできる余裕ができたら、一棟貸しもやってみたいと思うようになりました。
このように、今後の選択肢が増えたのは一棟貸しの宿場ホテルも経験させていただいたおかげですね。
ハプニングも感動も?20回以上開催した“銭湯ツアー”の秘話
ジュードさんは銭湯が大好きで、ゲストと行く“銭湯ツアー”をやっていましたね。始めた経緯をお聞きしたいです!
入社して3ヶ月くらいで、マネージャーのペキンさんと「イベントをしてみよう!」と話をしたのがきっかけで銭湯ツアーはスタートしました。
せっかくなら自分の好きなことでイベントをしたいと思ったんです。
「自分が好きなことは?」「定期的に開催できそうな内容は?」と考えたのが銭湯ツアーでした。基本的には、ゲストハウスからお客さんと一緒に銭湯に行って帰るコースです。慣れてきたら、北品川のまち案内を入れたり、銭湯の帰りにご飯を食べて帰ったりして、参加者に合わせたツアーをアレンジできるようになりました。
海外の方からしたら銭湯はめずらしいですもんね。
お湯に浸かる文化がない国の人ももちろんいます。
最初は「銭湯に行ったことある?」という質問からスタート。「行ったことない」と言われたらチャンスで、男性グループで宿泊してくれた人たちを誘っていました。
銭湯の文化がないゲストたちは、タオルを浴槽につけようとしたり、はしゃいでバタバタしたりというハプニングもありました。自分が一緒に行くことでゲスト自身も困らず、他の利用客にも迷惑をかけず、文化体験をしてもらえたと思います。
慣れない湯船にのぼせてすぐに出てしまう人と「最高だよ!」と入って長湯する人をアテンドするのが一番大変でした。
しかし、お風呂上がりに一緒にゲストハウスに戻る道中「最高だった〜楽しかった〜」と言ってくださる瞬間が本当に嬉しくて、やりがいを感じていました。また私だけでなく、別グループのゲスト同士が仲良くなっているのを見るのも嬉しかったですね。
振り返ってみるとトータル20回以上の銭湯ツアーを開催していました。
滋賀県で開業後も“銭湯ツアー”は継続予定ですか?
ぜひやりたいと考えています!
ただ、子供の頃は地元長浜に3箇所あった温泉が、先日開業準備のために帰省したら2つは閉館し、残るは1つのみとなっていました。
できるのであれば、銭湯へ歩いて行ける距離に開業して、また銭湯ツアーを開催したいと思っています。
“振り返ってみれば良い苦しみだった”Dettiプログラム 修行コースを振り返る
Dettiプログラム 修行コースに参加された経緯やエピソードも聞きたいです!
宿場JAPANで働くだけでなく、Dettiプログラムにも参加できたことは本当によかったです。開業準備を進めている今も、Dettiの経験が判断基準になっていることもしばしば。
ゲストハウスを開業したいと思っている人とも出会えて、相談できる関係性を築けたのもDettiに参加してよかったと思うポイントです。今も節目や何かあるたびに連絡を取り合う心強いメンバーです。
Dettiプログラム 修行コースでは、実際に事業計画書を書いて、宿場JAPANの経営陣の方にアドバイスをいただきました。期間中、考えては修正を繰り返しました。最終的に具体的かつ現実的な形で発表できたのはよかったですね。
開業準備を進めている滋賀県長浜市の長浜商工会議所の方にも、事業計画書を見せて話をさせていただくのですが「ここまで作り作り込んできた人は初めてだ!」と言われました。
Dettiプログラム 修行コースの時に作り込んだ事業計画書を今も改良しながら準備を進められているので、本当にやってよかったと思っています。
一人で悩むのではなく、開業志望の仲間と共に頭を悩ませる時間も、振り返ってみれば良い苦しみでしたね。
Dettiプログラム 修行コースでは、姉妹店のゲストハウス蔵でも体験就業をしたそうですね。
はい。ゲストハウス蔵での経験も、強く記憶に残っています。
ゲストハウス蔵は、自分の開業したいと思う環境と似通っていたことも大きいと思いますね。
オーナーまりなさんの接客やゲストへの奥深いおもてなしの精神は、自分の重要なモデルケース、指針になっています。
将来、場づくりをしたいと考える人にとって宿場JAPANはどんな場所だと思いますか。
全ての経験が役に立つ場所だと思います。
宿場JAPANで働いて得た全ての経験や知識が「これはいいな」「これはまずいな」の判断基準になっています。
将来ゲストハウスをしたい人にとって、判断基準を養うにはピッタリの場所です。
宿泊施設としてだけでなくイベントやツアーの経験も糧になり、自分の考える材料になります。
「ゲストハウスや場づくりをやりたい!」と言う方は多いですが、実際に働いて経験している人は少ないと思います。お給料まで頂きながら、自分の夢に役に立つ経験ができるのはありがたい環境です。
ジュードさんが準備中の宿のアピールをお願いします!
滋賀県長浜市で開業に向けて準備をしています。
長浜は小さいながらも今でも昔の町並みや文化を大事に守ってきた素敵な場所です。今でも盛んな祭や様々なクラフトショップ、古い町並みを楽しんでもらえます。そんな町にもう一歩踏み出して、この場所を好きになってもらえるような宿を目指してますので、是非遊びに来てください!
最新情報はインスタからぜひチェックしてください!