【社員インタビュー#9 藤田隼輔 -人生編- 】究極、商店街の豆腐屋のブランディングとかしたいんですよ
noteでありのままのCHASEを発信したい。まずは、客観的な視点でCHASEを知ってもらいたい。そんなことを考え、普段はチームを組んで仕事をしている外部パートナーさんに、改めてCHASEについて知ってもらい、それを表現してもらうことを考えました。
まずは社長の佐藤をはじめ、社員のインタビューを実施。1人あたり1時間半ほどお話する、力の入ったものになりました。ソトからCHASEを見てみたら。私たちがどんな人、どんな会社に映るのでしょうか。
今回は新規事業開発やブランディングを経験したのちに転職をしてきた藤田。学生時代は、「割と本気で」バンドに打ち込んでいたと聞き、最初はその話から盛り上がりました。
藤田隼輔
CHASE株式会社プロデューサー。2024年入社。学生時代はバンド活動に打ち込み、大学院を卒業後NTTドコモへ新卒入社。ブランディング会社のBOLD、制作会社のスタジオディテイルズを経て、CHASEへ。
―― 藤田さんは元々、将来プロになろうかってほど、音楽に打ち込んでいらしたと聞いています。
そうなんですよ。バンドをやっていました。結構本気でやってまして、プロになろうかってくらいだった。というか、そのつもりだったから、就活をしていなくて大変だったのですが……。
会社のミニピアノを演奏する藤田。現在、『千と千尋の神隠し』の「あの夏へ」を練習中。
――そこの迷いもありつつなキャリアスタート、ぜひ聞いてみたいです。
イケてるだけじゃダメで、
イケてることを伝える手段も
重要だと痛感しました。
―― プロはやっぱり厳しい世界だと判断して、就職へ?
バンドのメンバーと話合った結果、僕以外は就職したいってことになりました。じゃあ僕ひとりで音楽を続けるか?とも考えましたが、それもNOだなと。ひとりでやるのも、そこまで興味が持てなかったですし。
――でも就職活動してなかったんですよね。
そう。やばいニートだ、って。しかしたまたまその頃、インターンでお世話になったNTTドコモの人事の方から連絡をいただいたんです。「ちょっと会わないか」と。
―― 渡りに船だ! よかったらうちの会社で働かないかって誘いだったんじゃないですか? じゃあ、そのままドコモへ。
そうです。ただ懸念してたのが、ドコモってもう誰もが知ってる会社、すでに大きくなっている事業を担うことに、それほど高いモチベーションを感じられるタイプじゃないなって思ったんです、僕。
―― 既存の大きな事業以外ならやりたかった?
人事の方にお願いして、というか、「やりたい」と主張して、新規事業の部門に行かせてもらうことになりました。入社後に担当したのは、ドローンを活用した新規事業。構想からローンチまで2年くらいかかりました。でも、実際に企業へ使ってもらおうと営業すると、思っていたようには売れなかったんですよ。当時はドローンの活用が今ほど期待されてなかった頃。企業からは断られるばかりでした。
―― 悔しいですね。
こんなにイケてるのに!と思いました。イケてるのに、価値が伝わらないのがすごく嫌。モノがイケてるだけじゃダメなんですよね。イケてるってどういうことなんだっけ、ときちんと設計する重要性、そのイケてる内容をことを伝える手段の重要性を痛感しました。
―― その経験は、今のお仕事にも繋がっていそうな感じがしますね。ブランドや商品のよさを、どんな物語で伝えていくかが重要。
そうかも。僕は究極、どんな仕事がしたいかって、あるんですよ。商店街の、老舗で超美味しいのに潰れそうな豆腐屋のブランディングとかやりたいんです。
すでに人気があるお店をさらにプロモーションするのは、あんまり興味ない。誰も知らない、でもいいお店や商品、この価値を広げたい。燻っている、熱い想いや、素晴らしい技術や商品こそ、もっと世で評価されるべきと思ったりもするんです。それこそ、僕がやる意味あることだなって。この感覚は、ドコモ時代の経験から来ているのかもしれないです。
完全なるニューゲームに挑むことを
覚悟して飛び込みました。
―― 知られていないものの価値を広げることが、藤田さんのやりたいことなんですね。
誰かを「救う力」みたいなのがほしいんですよね。バンドやってたときの曲作りも、誰かを救いたいと思ってやっていたかも。誰かの気持ちに、オレもその気持ちわかるよ、思ったことあるよって、曲で寄り添うことで救えたらいいなと思っていたというか。
―― それがやりたいとなると、何なんだろう? まずは社内で異動をする?
異動の希望も出したのですが、叶わなかったんです。思い切って退職することにしました。力をつけるために、コピーライターの講座に通って勉強して。それから、BOLDというブランディングの会社に転職しました。立ち上がったばかりの会社で、僕は正社員第一号。
――ドコモのような大企業から、社員第一号の環境へ行くのは、勇気が要ったんじゃないですか?
そうですね。オフィスなんて、最初がらんどうでしたからね(笑)。ただ、そうした環境に飛び込んででも新たなことを学ばなければならないときってあります。完全なるニューゲームに挑むことを覚悟して。BOLDではブランドをつくる、つまり本質を捉えることを学びつつ、コピーライティングを武器にしていこうと考えていました。といっても、できたばかりの会社だったし「ぶん投げられたものを全部やる」みたいなところもありつつ(笑)。
コピーライティングもブランディングも、
プロセスは一緒なんですよ。
――じゃあBOLDではブランディングとコピーライティングを同時に学んだんですね。
といっても、誰かが手取り足取り教えてくれるわけじゃないんですよ。そもそもコピーライティングを学びたいけど、未経験。クライアントワークでコピーを任せるわけにはいかなかったんでしょうね。全然書く機会がなくて。だからコピーは独学と、外部の講座に通う形で勉強しました。
――完全なニューゲームと言われてましたが、ドコモ時代の経験は全く役に立たなかったですか?
いや! そんなこともなかったです。ドコモの新規事業も、BOLDでのブランディングも、「解決すべき課題が完全にクリアにならなくても、前には進まなきゃいけない」って状況があって。それは共通していると思いました。
――新規事業も、ブランディングも、答えを誰も知らない中で取り組む苦しさがありますね。
そう。自分で解くべき問題を設定して、わからなくても取り組む。それは一緒だったかなと思いますね。
――で、コピーを学んだらさらにパワーアップした……?
コピーとブランディングって、アウトプットは異なりますが、プロセスは一緒であることに気づきました。ブランドディレクターのやるべきことって、ブランドの真ん中に何を据えるかを決めること。情報を集めて、整理して、適切なものを選び取っていく仕事です。それはそのまま、コピーライターの仕事でもあるんですよね。
――企業や商品の情報の中で、何を書くべきか判断していく。ブランドとして発信するものを判断すればブランドディレクターで、文字として表現することを重視するならコピーライターですもんね。両方できるのは、藤田さんの強みですね。
コピーの勉強をして、制作会社でも働いたので、ブランディングとコピーライティング、2本の柱ができた感覚はあります。コピーだけを軸にするのも違うんだろうなって感覚もありました。どっちもやるのが本質的なのかな。
―― コピーだけじゃって思ったのはなぜです?
僕にとって、あくまでコピーはツールであり、戦うための武器のような感覚で。コピーを書いた先に広がっていて欲しい世界や、コピーを書くことで新しく定義したいことがあって、初めてコピーを書く意味があるんじゃないかなって思っています。
そうなるとそれってほぼブランディングとセットであるものなんじゃないかなと。
この仕事の中心地はここですよ!
と旗を立てるのが僕の仕事なのかな。
―― 藤田さんはどんな仕事に向いていると思ったんでしょう?
僕、いろんな人のハブになる仕事が向いているなと気づいたんです。クライアントと再上流から事業やブランドの話もできる。一方で、コピーライター経験があるから制作チームとも制作の言語で話せる。多くのステークホルダーとの間に立てるなと。
―― なるほど。
その時々、この仕事の中心地はここですよ!と旗を立てるのが僕の仕事なのかなと。
――その旗を尖らせるために、コピーワークも使えるもののひとつ?
そういうイメージですね。じゃあ、そういう仕事をしていくにはどうしようかと。ドコモ時代は新規事業を経験して、事業やサービスのことがわかるようになった。BOLDでは、クライアントワークとしてのブランドづくりや戦略を学べた。制作会社経験があるから、制作のこともわかる。じゃあ次は。立てた旗の元、価値を最後まで、つまりユーザまで届ける領域をまだ学べていないなと思ったんです。マーケティングとプロモーションでした。
―― そこで、CHASEへの転職になるわけですね。
そうですね。CHASEなら、ブランディングはもちろんですが、マーケやプロモーションにも強みを持った会社です。学べることも多いだろうと考えて転職することにしました。
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