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すべてのストーリー

「厳しいのはこの立地。私はあなたを、その水準まで連れて行く側です」——アジアの頂上を、隣で見る人へ

6年前、この事業は私ひとりと業務委託の方とのコラボレーションから始まりました。創業当初の私は、「海外で生まれたメソッドを日本に持ち込んで運営する人」でした。空間の主役はブランドで、私はそれを預かる一ライセンシーでした。今は違います。私たち自身がなぜ今、ラグリーフィットネスを日本で展開しているのかを言語化し、LAGREE MICRO studioという場所を、私たち自身の物語として育てています。私は創業から6年かけて、ようやくここまで来ました。地図もない山を、手探りで登ってきた6年です。でも、あなたは違います。私が6年かけて作った育成の仕組みが、もうここにはある。あなたは私より速く登れるし...

ピラティスの後に、なぜジムへ向かうのか——ラグリーフィットネスが生まれた理由

ラグリーフィットネスは1998年、米国ロサンゼルス在住のセレブトレーナー、セバスチャン・ラグリーによって生み出されました。もともとセバスチャンは、ピラティスの資格を持つインストラクターでした。リフォーマーを使ってピラティスを教えるなかで、彼はある光景に気づきます。レッスンを終えたクライアントの多くが、そのままジムへと向かっていく——。なぜだろう。考えた末に、彼はひとつの答えにたどり着きます。「物足りないからだ」と。ピラティスで整えた体に、もっと強い負荷を、もっと燃焼を求める人がいる。その「あと一歩」を、一つのメソッドの中で完結させられないか。そこから、ラグリーフィットネスは始まりました。...

「日本を代表して、世界と渡り合いたい」── 私がラグリーフィットネスで頂を目指す理由

前回は、これからつくりたい会社のことを書きました。今日は少し、私自身のことを。「なぜ私が、ラグリーフィットネスを日本に根づかせようとしているのか」を書きたいと思います。一緒に登る人を探している今、ここが伝わらないと始まらないと思うからです。22歳の私が選んだ道大学では、日本外交・国際政治のゼミに所属していました。「日本を代表して、世界と渡り合いたい」——その思いは、その頃からずっと、私の中にありました。だから新卒で、私は外資ではなく商社を選びました。その後は、コーチングの会社、ヨガ・ピラティスの事業会社と、フィールドを変えながらキャリアを重ねてきました。一見ばらばらなキャリアに見えるかも...

AI・DX時代だからこそ際立つ「人と人との触れ合い」の価値

私が創業を決めたのは、2019年にロサンゼルスでラグリーフィットネスに出会ったことがきっかけでした。創業から6年。次のフェーズを考えるために、昨年、私はまたカリフォルニアに行きました。今日は、AI・DXの時代だからこそ際立つ「人の温かさ」の価値について書きたいと思います。それは、これから私たちがどんな会社をつくっていきたいかと、まっすぐ繋がっているからです。機械と人間の、絶妙なバランスオーシャンサイドの夜、クラフトビールとタコスの店に入りました。種類が多すぎて、一人ではとても選べない。店員さんに好みを伝え、試飲させてもらい、ようやく納得の一杯にたどり着きました。タコスも、何個が適量か分か...

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