複雑で、正解のない世界を、若者と一緒に面白がる。CATENAS創業の話
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創業時の思い
はじめまして。株式会社CATENAS代表の神保良弘です。
私は長く、大企業の現場でITやDXに関わってきました。大規模なシステム、社会を支える仕組み、最先端の技術活用。そこには高い水準の知見があり、洗練されたノウハウがあり、日々多くの学びがありました。けれど、その経験を重ねるほど、ある違和感も強くなっていきました。それは、価値ある情報や経験が、都市部や大企業の中に偏りすぎているということです。
最先端の技術に触れられる人。高度なプロジェクトに参加できる人。優秀な人と当たり前のように議論できる人。そうした環境には、どうしても偏りがあります。
でも、本来、可能性は都市の一部の人だけのものではないはずです。地方にいる学生にも、十分に才能がある。むしろ、機会さえあれば大きく伸びる若者はたくさんいる。私は、そう信じています。
だからこそ私は、大企業の伴走型支援の現場で培った最先端のIT技術やノウハウ、情報を地方の学生に移送することで、情報格差をなくし、地方の学生が活躍できる世界をつくりたいと思うようになりました。
単に知識を教えるのではありません。現場で使われている考え方や感覚ごと渡していく。地方にいながら、最先端の技術やプロジェクトに触れられる。学生が、受け身ではなく、自分の手で企画し、動かし、価値を生み出せるようにする。その思いが、CATENASの原点です。
会社をつくりたかったわけではない。挑戦できる"場"をつくりたかった
CATENASを始めた理由を一言でいえば、群馬に、若者が未来を試せる実験場をつくりたかったからです。
私は、立派な会社をつくりたかったわけではありません。大きな看板を掲げたかったわけでもありません。
つくりたかったのは、学生や若い社会人が、「こんなことをやってみたい」「地域でこういうことができるのではないか」と言ったときに、それを"いいね"で終わらせず、実際に形にしていける場所です。
アイデアだけでは終わらせない。でも、最初からきれいな正解だけを求めるわけでもない。雑談も、失敗も、遠回りも含めて、挑戦の一部として受け止められる場所。
そういう場を、群馬につくりたかった。それがCATENASです。
いま振り返ると、CATENASは単なる会社というより、一線で活躍するプロフェッショナルと大学生が集まり、互いに学び合いながら実践する最先端の実験場を目指してきたのだと思います。
そして少し大胆に言うなら、CATENASは"大学生のキッザニア"のような場所でもありたい。ただし、用意された職業体験をなぞる場所ではありません。本物の事業、本物の地域課題、本物の企画と運営の中に、学生が当事者として入っていく場所です。
"体験"で終わらない。
"実践"になる。
ここに、私たちの価値があると思っています。
GITYを2年運営して、ようやく気づいたことがある
CATENASの活動の中で、私にとって特に大きかったのがGITYの存在です。
学生と付き合い、学生と話し、学生とプロジェクトを考え、時には夜遅くまで議論しながら過ごしたこの2年は、私にとって本当に大きな時間でした。当初は、学びの場、挑戦の場、コミュニティの場として考えていました。それ自体は間違っていなかったと思います。
でも、運営しながら徐々に、もっとしっくりくる感覚が生まれてきました。
「ああ、GITYのような場所って、現代における駄菓子屋なんだな」という感覚です。
駄菓子屋というと、ただお菓子を売る場所のように聞こえるかもしれません。でも、昔の駄菓子屋はそれだけではありませんでした。
子どもが立ち寄る。
少し年上の人もいる。
地域の空気が流れていて、ちょっとした会話や出会いが生まれる。何かが始まる入口のような場所だったと思うのです。
GITYも同じでした。目的が明確な人だけが来るわけではない。雑談から何かが始まる。
挑戦の種が生まれる。ふらっと来た学生が、いつの間にか企画の中心にいる。
そういう余白のある場*だったからこそ、意味があった。
そして私は、このような場所を単なる理想で終わらせるのではなく、全国に展開できる形にしながら、きちんとビジネスとして成立させたいと思うようになりました。
場づくりは尊い。
でも、続かなければ意味がない。
誰かの善意だけに依存してはいけない。
だからこそ、コミュニティの熱量と事業性を両立させるモデルを、本気でつくりたいと思っています。
混沌している。でも、だからこそ面白い
CATENASでやっていることを初めて聞く人は、たぶん少し戸惑うと思います。
駄菓子屋の「ひびのば」があって、
コンサルティングの「情シスコ」があって、
新しい学び場である「Socius」があって、
全国展開するこども食堂「るりあるく」があって、
高音質なイヤモニブランド「klEar works」があって、
リラクゼーションマッサージ 「猫の保健室」があって、
マイクロ書店「灯ル」まである。
正直、一覧だけ見ると、「何の会社なんだろう?」と思われるかもしれません。でも、私はこの一見バラバラに見える事業たちこそ、CATENASらしさだと思っています。なぜなら、社会や地域のコミュニティは、本来そんなに単純ではないからです。学びだけあっても、人は集まりません。仕事だけあっても、関係は続きません。居場所だけあっても、未来にはつながらないことがあります。
人が育つには、学びがいる。挑戦するには、仕事の現場がいる。続けるには、居場所がいる。地域に根づくには、文化や遊びや、ふと立ち寄れる余白がいる。
CATENASは、その全部を、無理やり一つの型にはめるのではなく、混ざり合ったまま成立させようとしている会社です。
それが、私たちの言う「混沌をデザインする」ということです。
駄菓子屋は、懐かしい業態ではなく「再編集できる業態」だと思っている
私が駄菓子屋に可能性を感じているのは、ノスタルジーだけではありません。むしろ逆です。
私は、駄菓子屋という業態は、副業的な機能や複数のサービスを組み合わせ、デジタルテクノロジーを活用することで、全く違う業態に変えることができると思っています。
そして、そのポテンシャルが本当にあると信じています。
教育、コミュニティ、物販、イベント、DX支援、地域企業との接点づくり。それらを単発で考えるのではなく、一つの場の中で有機的につなぐ。さらにそこに、デジタル技術を入れる。そうすると、駄菓子屋は「昔ながらの小商い」では終わりません。
人が集まり、関係が生まれ、価値が編集され、地域課題と若者の挑戦が接続される、新しい地域プラットフォームになり得ると思っています。
私にとって駄菓子屋は、懐かしさの象徴ではありません。
地域の未来を考えるための、小さくて強いプロトタイプです。
学生が"手伝う側"ではなく、"動かす側"にいる
そして、この話でいちばん大事なのは、これらの事業がただ並んでいるだけではない、ということです。
CATENASでは、こうしたサービスやプロジェクトを、大学生と一緒に企画し、運営しています。
アイデアを出す。
形にする。
現場を回す。
改善する。
発信する。
時には失敗する。
それでもまた考えて、前に進める。
そういう一連の流れの中に、学生がちゃんと入っています。
単なるインターンではありません。単なるお手伝いでもありません。学生が主体となって、企画やオペレーションを前に進めていけること。ここに、私たちの大きな価値があると思っています。
地方にいると、どうしても「面白いことは東京で起きている」「最先端は遠い」と思ってしまいがちです。でも、私たちはそうは思っていません。
地方にいても、最先端の技術に触れながら、リアルな事業を動かし、企画を社会に出し、
運営の難しさも面白さも体感しながら、学生主体で前に進めることができる。
それが、CATENASの強みです。そして、それこそが私たちが地域でつくりたい新しい価値です。
駄菓子屋と言いながら、やりたいのは"最先端の現場"を地方につくること
CATENASは、駄菓子屋やコミュニティを入り口にした会社です。でも、ただ懐かしい場所を再現したいわけではありません。
私たちが本当にやりたいのは、人が集まる温かい場を入り口にしながら、その裏側では最先端の技術や考え方が動いている会社であることです。
生成AIが広がるこれからの時代、単純な知識の暗記や、言われたことだけをこなす仕事は、ますます価値の出し方が変わっていきます。
だからこそ必要なのは、AIを敵と見るのではなく、生成AIと人間がどう役割分担し、どう共存しながら新しい価値をつくるかを考え、実際に試せる場だと思っています。
CATENASは、まさにその実験を地域の現場でやりたい。人間にしかできない問いを立てること。関係性をつくること。地域の文脈を読み取ること。
そして、AIが得意な整理、試作、補助を組み合わせながら、より速く、より広く、より面白く価値を生み出していく。そんな世界を本気でつくりたいと考えています。
CATENASは、駄菓子屋やコミュニティを入り口にしながら、その裏側では最先端の技術や考え方が動いている会社でありたいと思っています。生成AIが広がる時代に、AIを敵と見るのではなく、人間とどう共存し、どう役割分担しながら新しい価値をつくるかを、地域の現場で実験したい。人にしかできない問いや関係性づくりと、AIが得意な整理・試作・補助を組み合わせながら、地域や教育やコミュニティを再設計していく。そんな挑戦を本気で進めています。エンジニア志望の学生にとっても、ここは単なる勉強の場ではありません。技術を使って社会や地域の仕組みそのものを編集する、かなり実践的で面白い場所だと思います。
見た目は駄菓子屋かもしれない。でも中身は、地域・教育・コミュニティ・ソーシャルビジネス・ローカルゼブラを、テクノロジーで再設計しようとしている先端企業。私は、そんな会社でありたいと思っています。
親しみやすい。でも、やっていることは鋭い。温かい。でも、技術には妥協しない。人間らしい。でも、生成AIの可能性を本気で使いこなそうとしている。そんな少し不思議な会社を、群馬からつくっていきたいのです。
ソーシャルビジネスとして、ローカルゼブラとして、この地域から未来をつくる
私たちが目指しているのは、単なる地域活性ではありません。また、利益だけを追う事業でもありません。
地域に必要な価値をつくりながら、きちんと事業として成立させる。社会性と経済性を両立させる。そういう意味で、CATENASはソーシャルビジネスの実践でもあり、同時に、地域に根ざしながら持続可能な成長を目指すローカルゼブラの挑戦でもあると考えています。
急成長して一気に何かを奪い切るのではなく、地域と共生しながら、長く続き、関わる人が増え、価値が循環していく。学生も、地域企業も、子どもも、大人も、それぞれがプレイヤーになれる。そんな生態系をつくりたいのです。
これは派手な一本道のビジネスではありません。むしろ、複雑で、手間がかかって、答えが一つではない。でも、だからこそ面白い。
そして、今の時代に必要なのは、こういう仕事だと私は思っています。
地方は、何もない場所じゃない。まだ編集されていない場所だ
地方にいると、「機会が少ない」「面白い会社は東京にある」と思ってしまうことがあります。
でも私は、地方は"何もない場所"ではなく、"まだ編集されていない場所"だと思っています。
余白がある。近い距離で人と会える。アイデアが実装まで進みやすい。地域と事業と学びが、都会より近い距離でつながる。
これは大きな可能性です。
都会で用意された未来に参加するのもいい。でも、地方から、まだ名前のついていない未来を自分たちでつくるのは、もっと面白い。私は本気で、そう思っています。
地方にいるから、最先端から遠いのではない。最先端を地方に持ち込み、そこで学生が主体となって動かせるようにする。それが、私たちの挑戦です。
私が本当にやりたいのは、「教えること」ではなく「一緒につくること」
私は大学でも教えてきましたし、企業支援もしてきました。学習塾も経営しています。だからこそ思うのですが、若い人に必要なのは、上から与えられる立派な話だけではありません。
本当に必要なのは、自分のアイデアが、社会の中でどう形になるのかを体で知ることです。
地域の課題に触れる。
小さく企画する。
人を巻き込む。
失敗する。
修正する。
もう一度出す。
この繰り返しの中でしか、自分の輪郭は出てきません。だからCATENASでは、学生を"お客さん"として扱いたくありません。一緒に考え、一緒に動き、一緒につくる側に立ってほしいと思っています。
もちろん、簡単ではありません。きれいごとだけでも続きません。事業として成立させること、持続可能であることも欠かせません。
でも、だからこそ面白い。理想だけでもだめ。現実だけでもつまらない。その間で格闘することが、仕事の醍醐味だと私は思っています。
最後に。完成された会社を探している人には、向いていないかもしれません
CATENASは、完成された会社ではありません。仕組みも、事業も、場のつくり方も、まだ発展途上です。毎日、試行錯誤があります。混沌もあります。
でも、だからこそ関われる余地があります。手を挙げれば、つくれるものがあります。「自分がいたから変わった」と言える余白があります。
もしあなたが、
整った環境で正解をなぞりたいのではなく、誰かが用意した未来に乗るのではなく、自分の手で地域や仕事や学びの形をつくってみたいと思うなら、きっとCATENASは面白い場所です。
最先端のITやDXに触れたい。地方で挑戦したい。学生のうちから、社会に接続された実践をしてみたい。地域をもっと面白くしたい。ソーシャルビジネスやローカルゼブラのような、新しい地域の仕事のあり方に興味がある。
生成AIと人間が共存する時代に、技術を使って社会を前に進めたい。そんな人がいたら、ぜひ一度、私たちに会いに来てください。
私は、完成された答えを渡したいわけではありません。一緒に考え、一緒につくり、一緒に試したいのです。
未来は、完成された場所からは生まれません。少し不揃いで、少し無茶で、でも熱量のある場所から生まれる。私はそう信じています。
群馬で、お待ちしています!