傷が付いてもいい。壊れてもいい。直せばいい。
古い家具のほとんどは、無垢材でつくられています。
木は生きています。
100年経った今でも、湿気を吸ったり吐いたりを繰り返し、季節によって少しずつ動きます。
反ることもあります。
隙間ができることもあります。
乾燥すれば縮み、湿気を含めば膨らむ。
それは欠点ではありません。
木が生きてきた証であり、時間が育てた味わいです。
私は、その経年変化が好きです。
100年前の職人さんたちは、そのことをよく知っていました。
だから無垢材で家具をつくり、壊れたら直しながら何十年も使うことを当たり前に考えていました。
傷が付く。
壊れる。
それは失敗ではありません。
暮らしの中では、ごく普通のことだったのです。
ところが現代では、
「壊れたから買い替えよう。」
「修理するより新品の方が安い。」
そんな考え方が当たり前になりました。
もちろん、それが悪いと言いたいわけではありません。
でも私は、毎日100年前の家具と向き合っていて思うことがあります。
ものには寿命があるのではなく、人が寿命を決めてしまっているのではないか。
修理をすれば、また使える。
手入れをすれば、また輝く。
100年前につくられた家具が、今も現役で使われています。
そして私たちは、その家具を次の世代へ送り出しています。
今、「持続可能な社会」が大切だと言われています。
でも、その原点はもっとシンプルです。
傷が付いてもいい。
壊れてもいい。
直せばいい。
昔の人たちは、それをごく自然に暮らしの中で実践していました。
私たちの仕事は、家具を修理することだけではありません。
「長く使う」という文化を、未来へ受け継ぐ仕事です。
100年前の職人さんがつくった家具を、100年後にも誰かが使っている。
そんな未来を想像すると、今日も家具に手を入れることが楽しくなります。
直すことは、未来へつなぐこと。
私は、そう信じています。