レイロで働くメンバーの素顔を、暮らしと仕事の両面から紹介する連載です。どんな人が、どんな街で、どんな思いでものづくりに向き合っているのか。一人ずつの言葉でお届けします。
今回は、ブランドデザイナーの清野さん。京都から神戸へ移り住んだ彼女が、この街で見つけた「つくること」との向き合い方とは——。
清野 愛理(せいの あいり) 出身地でもある京都のデザイン会社でWebデザイナーとして経験を積んだのち、レイロにジョイン。ブランドデザイナーとして媒体に捉われないデザイン制作を行なっている。
「仕事のため」に来た街が、居場所になった
正直に言うと、初めに神戸に来たのは100%「仕事のため」でした。レイロへの入社が決まり、オフィスのある神戸へ。当時、京都から出るつもりはまったくなかった私にとって、それが唯一の動機でした。
言い換えると、それだけレイロが魅力的だった、ということでもあります。「ここでなら、新しいことができるかもしれない」というわくわくが、「住み慣れた場所を離れる不安」を超えてしまったんですよね。自分の気持ちがこれほど大胆に動くことに、私自身が一番驚いていました。
移住前の神戸のイメージは「洗練されたお洒落な街」。ブランドのお店が並ぶ居留地や、異国情緒のある建物。学生のときに数回訪れたきりだったので、「都会すぎて疲れてしまわないかな」と少し身構えていた部分もありました。
でも、いざ暮らしてみると、想像とは違う心地よさがたくさんありました。
まず驚いたのが、海と山の近さです。京都は盆地なので、海は「夏にだけ時間をかけて会いに行く特別なもの」でした。それが神戸では、電車の窓から何気なく海が見える。本当に感動しました。「こんな景色が日常にあっていいんだ」って。
お洒落なだけじゃなく、等身大でいさせてくれる、ゆとりのある街。気負わず、自分のペースで暮らせる落ち着きが、ここにはありました。
自分を救いにいく場所ができた
海のそばで生活できることが、人生においてこれほど幸せなことだとは思っていませんでした。
とはいえ、引っ越してきたばかりのころは、心細さを感じていた時期も正直ありました。友人もいない新しい街で、休日の過ごし方もよくわからなくて。
そんなときに見つけたのが、百貨店の中で見つけた和菓子屋「仙太郎」です。京都に住んでいたころには当たり前のように食べていた、馴染みのある味。それを家に持ち帰って食べたときの、あのほっとした感覚は今でも忘れられません。
知らない街に、知っている味がある。それだけで、静かに励まされた気がしました。(写真は、毎年6月に欠かさず買う水無月)
そうして少しずつ神戸での暮らしに慣れていくなかで、休日によく歩くようになりました。片道40分かけてメリケンパークまで。車道より公園や川沿いの道が好きなので、東遊園地を抜けて、居留地を通って……景色がころころ変わる、私にとっての贅沢な散歩ルートです。
海に着いたら、ただただ、ぼーっとします。それが私にとってとても大切な時間で。
仕事で頭がパンパンになったときや、部屋でひとり考え込んで息苦しくなったとき。「海に行こう」と思えるようになったのは自分を救いにいく感覚に近いのかもしれません。
瞑想に近いイメージです。何も考えないわけではないけれど、思考をフル回転させるのではなく、一歩引いて自分の内側を抽象的に眺める。頭をできるだけ白くフラットにする。
周りでは犬の散歩をしている人、ジョギング中の人、思い思いに過ごしている人たちがいます。けれど、誰も干渉し合わない。その「みんな自由で、それでいて心地よく共存している空気」が、私には一番しっくりくるんです。
海を好きになりすぎて、今ではもっと海の近くに引っ越しました(笑)。
「一歩引いて眺める」が、つくることになった
神戸という街が、仕事への向き合い方を変えてくれたと感じることがあります。
もともと私は、自分で自分を追い詰めてしまうタイプ。「もっと良い仕事ができるはず」と、脇目も振らずに突き詰めてしまう癖がありました。でも、街のすぐそこに海や山がある環境は「ここで一度立ち止まってもいいんだよ」と言ってくれている気がするんです。
実際に歩いて海を眺めると、目の前のタスクに固執するのではなく、一歩引いて全体を眺めるような落ち着きが戻ってくる。その「余白」が、いつの間にか仕事のなかにも染み込んできました。街のリズムに、少しずつ育ててもらっている感覚です。
そんな気づきは、クライアントとの仕事のなかでも重なる瞬間があります。
レイロでは老舗の酒蔵さんや地域の企業さんとご一緒することが多いのですが、驚くのは、長い歴史を守ってきた方々が、誰よりも変化に対してオープンであることです。伝統があるからといって保守的になるのではなく、新しい挑戦も純粋におもしろがる。
その柔軟で前向きな姿勢に触れるたびに、「もっと自由に、新しいものをつくっていいんだ」と背中を押されます。
この軽やかな姿勢の源流は、この街の人たちに根っこのように流れている「地元愛」とどこかつながっているようにも感じるんです。
神戸が好きだという共通言語が、仕事のなかにもあたたかさや一体感を生んでいる。京都の誇りとはまた違う、神戸ならではの愛着の形。どちらも素敵で、そのあたたかさとエネルギーが、「神戸発のクリエイティブ」の形そのものなのだとも感じています。
積み重ねてきた歴史を大切にしながら、新しい遊び心や変化をおもしろがること。肩の力は抜けているけれど、一本の筋は通っている。そんな前向きな姿勢を、私もこの街で少しずつ身につけていきたいと思っています。
「仕事のため」に来たこの街が、いつの間にか、私の「つくること」を支える、かけがえのない土台になっていました。
レイロには、それぞれのつくることを大切にしながら働くメンバーが集まっています。「こういう働き方、いいな」と感じてもらえたら、ぜひ一度お話ししてみませんか。