こんにちは、ジンザイベースの採用担当です。
今回は、2026年1月に加入したばかりのインドネシア人メンバー、アンディカさんをご紹介します。アンディカさんは、留学、研究、地域活動、そして外国人支援の現場を通して、日本で生活し働く外国人が抱える不安や戸惑いと向き合ってきました。
「外国人材支援に興味がある」
「多文化共生の現場で働いてみたい」
「自分の経験を活かして社会課題に挑戦したい」
もし少しでもそんな想いを持っている方がいれば、このインタビューが判断材料の一つになれば嬉しいです。
入社して間もないからこそ語れる、フラットで率直な視点。「なぜこの会社を選んだのか」「外国人材として、そして支援者として何を感じているのか」をお伝えします。
なお、ジンザイベースについては、以下の資料に会社概要をまとめていますので、ぜひご覧ください!
目次
- 多様性が当たり前だった原点 ― インドネシア・メダンでの暮らし
- ーーまずは自己紹介をお願いします
- ーーメダンはどんな街ですか?
- 一冊の本が変えた人生 ― 日本への興味のはじまり
- ーー日本に興味を持ったきっかけは?
- ーー実際に日本で生活してみてどうでしたか?
- 留学生活で直面したリアルな壁
- ーー途中、京都での生活で戸惑ったことがあると聞きましたが?
- ーーどうやって乗り越えていきましたか?
- 研究と実践の両輪で見えた、多文化共生の課題
<プロフィール>
・同志社大学大学院 総合政策科学研究科 修了
・株式会社コリアジャパンセンター(2018年10月〜2020年3月)
・Nouv Apparel(2020年5月〜2021年1月)
・Destroyer Studio(2021年11月〜2024年5月)
・Hamaren Education Center(2024年6月〜2025年12月)
・株式会社ジンザイベース(2026年1月〜現在)
多様性が当たり前だった原点 ― インドネシア・メダンでの暮らし
ーーまずは自己紹介をお願いします
私はインドネシア・北スマトラ州の都市、メダンで育ちました。メダンは多民族の人々が暮らす街で、子どもの頃から「背景の違う人と一緒に過ごすこと」がごく自然な日常でした。
大学ではコンピュータサイエンスを専攻し、その後日本への留学を決意。同志社大学大学院で多文化共生について研究しながら、地域活動にも積極的に参加してきました。
インドネシア:メダン
ーーメダンはどんな街ですか?
マレー系文化を基盤に、中国系、インド系などさまざまなルーツを持つ人々が集まる多民族都市です。言語や宗教、生活習慣も多様で、学校や地域では文化や価値観の違いによる小さなすれ違いが起きることもありました。
それでも、話し合いを重ねることで解決できることがほとんどでした。そういう経験を積み重ねる中で、「違いをなくそうとするんじゃなくて、理解しようとすることが大事なんだ」って自然と学んでいったんです。
この環境で育ったおかげで、新しい文化の中に入っていくときも、必要以上に構えすぎず、自分の立ち位置を冷静に見られるようになったと思います。
メダン 出典:Google
一冊の本が変えた人生 ― 日本への興味のはじまり
ーー日本に興味を持ったきっかけは?
学生時代に読んだ一冊の本、『サムライ・ストラテジー』です。そこには、規律や責任、長期的な視点を大切にする日本人の考え方が描かれていて、すごく興味を持ちました。
本で読むだけじゃなくて、「実際にこの文化の中で生活してみたい」って強く思うようになったんです。自分の目で見て、学んで、体験したい。その思いが、日本留学を決めるきっかけになりました。
サムライ・ストラテジーという本です
ーー実際に日本で生活してみてどうでしたか?
留学後は、剣道にも挑戦しました。初めて触れる武道の世界は、想像以上に厳しくて、同時にすごく奥が深かったです。礼儀や姿勢を大切にする文化に触れながら、日本社会の価値観を体で感じながら理解していきました。
正直、言葉や文化の違いで戸惑ったり、不安になることも少なくなかったです。それでも、「挑戦しないと得られない学びがあるんだな」って実感できたことは、本当に大きな収穫でした。
剣道の先生と仲間と一緒に撮った写真です
留学生活で直面したリアルな壁
日本語学校の留学生時代のクラスメート「ベトナム・インドネシア・中国」
ーー途中、京都での生活で戸惑ったことがあると聞きましたが?
はい、実は最初は大阪の日本語学校に通っていたのですが、卒業後は同志社大学への進学(大学院)が決まり、途中から京都での生活が始まるんです。最初に戸惑ったのは、街ごとの細かなルールの違いです。ゴミの分別方法や収集日、専用の袋の使用など、日本語を理解していても何度も間違えてしまって。大阪とは全然違うルールで、正直かなり戸惑いましたね。
あと、留学生としてのアルバイト探しもなかなか大変でした。コンビニに何度も応募したんですが、なかなか採用されなくて。京都から大阪に引っ越して(結局大阪に戻ることになりました、、)からようやく働けるようになったので、そこから大阪と京都を行き来する生活が続きました。
食文化や宗教的な価値観の違いに対する不安もありましたね。「どう伝えたら、ちゃんと理解してもらえるんだろう」って悩みながらも、自分の背景を言葉にして説明する経験を積み重ねていきました。
ーーどうやって乗り越えていきましたか?
違いを避けようとするんじゃなくて、どう説明するか、どう歩み寄るかを考えるようになりました。メダンで育った経験が、ここでも活きたと思います。
文化や価値観の違いって、ちゃんと説明すれば理解してもらえることも多いんですよね。そう信じて、一つひとつ対話を重ねていきました。完璧じゃなかったかもしれないけど、その姿勢は相手にも伝わって、少しずつ関係を築いていけたように感じています。
研究と実践の両輪で見えた、多文化共生の課題
農業活動で、野菜を収穫の機会の写真
ーー大学院では何を研究していたのですか?
日本はこれまで、比較的価値観を共有しやすい社会だったと思います。でも少子化が進む中で、外国人労働者の受け入れは今後どんどん増えていきますよね。お互いの理解が十分じゃないまま一緒に暮らすことになると、社会の安全や安心にも影響が出かねないなって感じていました。
そういう問題意識があって、大学院では「多文化共生」をテーマに研究を進めました。地域での社会実験にも積極的に参加して、気づいたら研究に没頭する日々でしたね。論文の締め切り前には研究室に泊まり込んで、シャワーを浴びるために銭湯に通う生活も経験しました(笑)。
ーー現場での社会実験にも力を入れられたんですね?
机の上で理論を学ぶだけじゃ見えない課題が、現場にはたくさんあると思うんです。実際に人と関わって、行動する中で初めて見えてくる現実がある。この経験は、今の仕事にも確実に活きていますね。
研究で得た知識と、現場で感じた課題。その両方があったからこそ、外国人材支援という仕事の意味を深く理解できるようになったと思います。
同志社大学大学院 卒業
「自分がいなくても続く仕組み」を目指して
ーー地域活動にも取り組まれていたんですか?
はい、大学2年生のとき、異文化交流の活動がきっかけで、生野区まちづくりセンターでアルバイトとして働き始めました。行政や地域団体と関わりながら、外国人住民と日本人をつなぐ役割を担っていたんです。
活動を続けていく中で、「自分がいなくても続く仕組みをつくりたい」っていう思いがどんどん強くなっていきました。それで、卒業後は社員としてセンターに残って、活動の基盤づくりに取り組むことにしたんです。
2019年には、活動が地域のコミュニティ団体として正式に登録されて、次の代表に引き継ぐことができました。正直、やり切った気持ちもあったんですけど、同時に「この経験を次にどうつなげていこうか」って迷いもありましたね。
たこ焼き
ーーインドネシアに帰国した理由は?
大学院卒業後は、数年日本企業で働いていたのですが、事業として外国人支援に関わる経験を積みたいと思って、2020年にインドネシアへ帰国しました。帰国後はIT企業や日本語教育の現場で働きながら、日本語と仕事をどう結びつけるかを模索していました。
そうしているうちに、「人材」「制度」「支援」を軸にして、日本と外国人をつなぐ仕事にもう一度挑戦したいって思うようになったんです。そのタイミングで、ジンザイベースと出会いました。
ジンザイベースとの出会い ― 迷いのない選択
ーーなぜジンザイベースを選んだのですか?
ジンザイベースに惹かれたのは、DXを活用しながらも現場を大切にして、外国人材と企業の両方を長期的に支える仕組みづくりに本気で取り組んでいる点です。
単なる人材紹介じゃなくて、安心して働き続けられる環境を支えるっていう考え方が、自分のこれまでの経験とすごく重なったんですよね。外国人支援って簡単な仕事じゃないですけど、だからこそ、この環境で自分も成長していきたいって感じました。
ーー迷いはありませんでしたか?
特に大きな迷いはなかったです。もちろん、これから働く中で悩む場面は出てくると思います。それでも、挑戦したいっていう気持ちの方が強かったですね。
迷ったときには、上司や仲間に相談しながら答えを探していけばいい。挑戦を一人にしない文化があることも、ジンザイベースを選んだ理由の一つです。
外国人材が安心して働ける未来をつくる
ーーこれから実現したいことは?
日本では人口減少が進んでいて、多くの産業で人材不足が深刻になっています。人手不足に伴い、さまざまな制度を活用した上で、外国人労働者も増加傾向にあります。なので、外国人材が安心して働いて、生活し続けられる仕組みをつくる。そこにこそ、今後の課題があると感じています。
今は外国人材と日本企業をつなぐ現場で働いています。まずは現場でしっかり経験を積んで、双方から信頼される存在になることが目標です。
将来的には、現場で得た知見を活かして、外国人雇用や人材マネジメントを支える仕組みづくりにも関わっていきたいんです。その挑戦を実現できる場所が、グローバルHRを目指すジンザイベースだと思っています。
一緒に働きませんか?
もしあなたが「自分の経験を活かして、外国人材支援に挑戦してみたい」「母国と日本をつなぐ仕事がしたい」と少しでも感じているなら、ぜひ一度話をしませんか?
ジンザイベースは、社員の80%が外国籍。ミャンマー、ベトナム、インドネシア、ネパール、スリランカなど、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーが活躍している環境です。
未経験からでも、あなたの経験や語学力を活かして、外国人材のキャリア実現を一緒にサポートできる。そんな環境がここにはあります。
少しでも興味を持っていただけたら、ぜひお気軽にご応募ください。
お会いできるのを楽しみにしています!