こんにちは。日本マタニティフード協会の山本です。
前回の最後に、「次回はお金の話をします」と書きました。今日はその話です。
協会が、直近1年間で育児中のママさんたちにお支払いした報酬は、合計で約1億円になりました。
最初にお伝えしておくと、これは「協会が1億円を配った」という話ではありません。育児中のメンバーたちが、1年間でそれだけの仕事をした、という話です。私一人では、1円も生み出せなかった金額です。
夫婦2人で協会を始めたとき、一つだけ決めていたことがあります。一緒に働く人には、仕事の対価をきちんとお支払いする。当たり前のことです。ただ、ソーシャルな分野にはボランティアで成り立っている活動も多いので、あえて決めました。
5年やってきて、わかったことをまとめてみようと思います。
育児中かどうかと、仕事ができるかどうかは、関係がなかった
前回、「子どもが1人いて、いま妊娠中です。でも、働かせてください」と訪ねてきてくれた女性の話を書きました。人にお仕事をお願いするということが、そこから始まりました。
常識的に考えれば、お互いに躊躇する条件です。でも一緒にやってみたら、彼女が加わってからの約2年で、協会の事業の規模は20倍以上になりました。
その後に加わってくれたメンバーも、同じでした。
在宅で子どもを見ながら、メールだけで月に200件近い商談の約束を取りつける人。体の弱いお子さんに寄り添いながら、オンラインショップを大きく育てた人。午前中の勤務だけで、お店の売上記録を更新した人。
育児中かどうかと、仕事ができるかどうかは、関係がなかった。 それを私に教えてくれたのは、彼女たちです。
まず大事だったのは、『時給』より『自由度』でした
うちの妻も、1人目の産後に協会以外の仕事を検討した時期がありました。
その結果、条件に合うものが見つからずに悩んでいました。保育園の送り迎えに間に合わない。それまでの経験を活かせる仕事がない。
メンバーからも、同じ話をよく聞きます。「地方でパートを探しても、最低賃金ギリギリの求人ばかりで踏み切れなかった」「子どもの都合で迷惑をかけると思うと、応募すらためらっていた」「産休育休で仕事を離れていたので、社会復帰できる自信がなかった」。
始める前は、報酬の単価を上げることが一番大事だと思っていました。でも実際に喜ばれたのは、「好きな時間に、好きな場所で働ける」ことのほうでした。子どもの発熱で予定が崩れるのが当たり前の毎日では、いつ、どこで働くかを自分で決められることが、大切でした。
だから私たちは、条件を先に決めて「合う人だけ来てください」とは言いません。どんな仕事がしたいか、どのくらい働けるか、在宅がいいか。先に聞いて、一緒に決めます。
夏にバテているペンギンに、誰も文句は言わない
社会人は、いつも一定のパフォーマンスを求められます。でも、育児中にそれは無理です。3月と4月は、卒園、入園、保育園のルール変更で、どの家庭も大荒れになります。自分一人であっても一定でいるのは難しいのに、そこに子供たちの波もかけ合わさると非常に難易度が高くなってきます。
日本には四季があって、夏が得意な生き物や植物もいれば、冬が得意な生き物や植物もいますよね。例えば、冬が得意なペンギンや白くまが夏にバテていても、自然界では誰も文句を言いません。
私たちは「自然環境のようなチーム」でいたいと思っています。誰かが動けない時期は、誰かがカバーする。一人ひとりに得意な季節があって、苦手な季節もある。それをチーム全体でならすと、外から見ればほぼ一定に見えます。
そして自然界では、夏が得意な生き物も、冬が得意な生き物も、無理に相手に合わせたりしません。それぞれが自分にとっての「ちょうどいい」を大事にしながら、同じ場所で一緒に生きている。そんなイメージです。
前回、妻のつわりが長引いた2ヶ月間、娘2人をひとりで見ながら新しいお店のオープンを迎えた話を書きました。あのとき協会が止まらなかったのは、私が動けない分を、誰かが黙ってカバーしてくれていたからです。みんなのために考えたつもりの仕組みに、自分がいちばん助けられました。
だから、もしあなたがいま動けない時期にいても、それは「ダメな時期」ではありません。ただの季節だと考えています。
優しくしてもらう側ではなく、つくる側にいる
ここまで読んで、「ママに優しい職場なんですね」と感じた方もいると思います。
それは半分YESで、半分NOです。
YESなのは、働く時間も、場所も、波があることも、最初から前提にしているからです。
NOなのは、私たちが目指しているのが「優しくしてもらえる職場」ではないからです。目指しているのは、「育児中の人に優しい職場を、日本に増やすためのモデルになること」。メンバーは、優しい職場に入ってきた人ではなく、それをつくっている側の人たちです。
この違いは、けっこう大きいと思っています。
モデルになるには、成果が出ていなければいけません。「育児中の人に配慮したら、業績が落ちました」という会社を、真似したい会社はないからです。優しさと成果は両立する。それを、きれいごとではなく結果で示す必要があります。
だからメンバーの働き方は、自由ですが、ゆるくはありません。
子どもを抱っこしながらオンラインで商談をして、新しい契約を決めてくるメンバーがいます。自分の「好き」を活かして、もっと多くのママさんに知ってほしい商品を探し出してくるメンバーがいます。
誰も「配慮してもらっているから」働いているのではありません。自分の時間の使い方を自分で決めて、その中で、プロとして結果を出しています。
冒頭の1億円は、その証明の一つだと思っています。育児中の人が中心のチームでも、これだけの仕事ができる。そう示せれば、「うちでもやってみようか」と考える会社が、一つずつ増えていくかもしれません。
私たちの職場が優しいかどうかより、優しい職場が日本に増えるかどうかのほうが、ずっと大事です。
メーカーの会議室に、いちばんいてほしい人
では、その成果はどこから生まれているのか。
家庭での買い物の決定権は、約7割を女性が握っているという調査があります。社内でこの話をしたら、「うちは9割です」という声が続出しました。
つまり、家族向けの商品が選ばれるかどうかは、ママさんが「いいね」と思うかどうかで、ほぼ決まります。
ところが、商品をつくる会社の会議室に、その本人がいることはあまりありません。
子どもを抱っこしながら、片手で商品を手に取って、裏の表示を確かめて、数秒で買うかどうかを決める。その人が何を見て、どこで迷って、なぜ棚に戻したのか。会議室でいくら考えても、わからないことです。
協会のメンバーは、まさにその本人たちです。
商品を実際に家で使って、感想を伝える。お店の売り場に立って、お客さんが手に取った理由と、棚に戻した理由を聞いてくる。「このパッケージだと、妊婦が食べていいのか迷う」「味はいいのに、子どもが一人で開けられない」。そういう声を、企業さんに届けています。
企業さんから見れば、会議室にいちばんいてほしかった人が、仕事として関わってくれるということです。だから、対価をお支払いいただけます。
ママであること、育児中であることは、ここでは「配慮が必要な事情」ではなく、「その人にしかない専門性」です。
1億円は、どこから来たのか
ここで、最初の問いに戻ります。
このお金の出どころは、協会に参加してくださっている約1,100社の企業さんです。
少子化の日本で、あえて妊婦さんや赤ちゃん、家族に向き合う商品をつくっている。市場の大きさだけで考えれば、もっと楽な道はあるはずです。それでも「家族のために良いものを届けたい」と参加してくださった企業さんの費用が、めぐりめぐって、育児中のママさんたちの仕事と収入になっています。
そして、ママさんたちの声と働きで、商品が良くなる。良くなった商品が、次の妊婦さんと家族に届く。育児が少し楽になった家族は、その企業さんを応援する。企業さんは、もっと良いものをつくろうと思える。
企業さんが参加し、ママさんが働き、家族に良いものが届く。1億円は、この循環が1年間で回った量です。
何の後ろ盾もなかった私たちの背中を押し、自社にもきちんとメリットが生まれる形を一緒に探ってきてくださった企業の皆さんには、この循環の一員であることを、誇りに思っていただけたら嬉しいです。
あの箱は、入口です
※内容は時期によって変動
「ハッピーマタニティBOX」に応募してくださった方は、2万人近くになりました。
ハッピーマタニティBOXとは?
妊娠中の方に、無料でお届けしているギフトボックスです。妊娠中から産後の暮らしに寄り添う食品や日用品を、協会が選んで詰め合わせています。2025年7月にスタートしました。
無料で商品が届く箱、と思われているかもしれません。でも届けたかったのは、商品より先に、「あなたの妊娠生活を応援している人が、こんなにいます」ということです。世の中のプレゼント企画は赤ちゃん向けのものが多いので、妊婦さん本人に向けたものをつくりたかった。
箱の中の商品はすべて、妊婦さんを応援したいと手を挙げた企業さんのものです。そしてこのプロジェクトを動かしているのは、少し先に同じ道を通ったママさんたちです。
あの箱は、この循環の入口です。受け取った方が、いつか届ける側に回ってくれたら、こんなに嬉しいことはありません。
うまくいかなかったことも、書いておきます
前回書いたとおり、最初に描いた事業は外れました。その後も、完璧な計画より、まずやってみることを優先してきたので、外したことは数えきれません。私の判断ミスで、メンバーに迷惑をかけたことも何度もあります。
それから、数人、数十人の頃は、思いと勢いで回っていたものが、関わる人が増えるにつれて回らなくなりました。特定の誰かの頑張りで成り立っているやり方は、その人の子どもが熱を出した日に止まります。育児中の人が中心のチームで、それはいちばんやってはいけない設計でした。
いま社内で合言葉にしているのは、「作業はAIに、判断と信頼づくりは人に」です。資料づくりや事務はAIと仕組みに任せて、人は、接客や相談のような、人にしかできないことに集中する。誰かが急に休んでも回り、いつ戻ってきても居場所がある。育児中の人が安心して働ける条件は、根性ではなく、仕組みでした。
1人の10歩より、100人の1歩
1人で稼ぎたいだけなら、こんな組織も、お店も要りません。
私たちがやりたいのは、「家族の笑顔につながる安心な選択肢」が、当たり前に集まっている世界をつくることです。一人でできる大きさではないので、1人が10歩進むより、100人が1歩ずつ進む方法を考えたい。うまくいったやり方は抱え込まず、みんなで分け合う。
メンバーにはいつも、「咲きたい場所で咲いてほしい」と伝えています。働く場所の選択肢がいくらでもある時代に、せっかくここを選んでくれたのだから、自分の人生にとって意味のある場所で咲いてほしい。
組織が大きくなれば、離れていく人も出てきます。それぞれの人生ですから、当然のことです。ただ、いつかこの取り組みが世の中の当たり前になったとき、離れた人が「あの協会、初期に私が関わってたんだよ」と言える場所でありたいと思っています。
最後に
私は、誰かを助けたくてこの仕事をしているわけではありません。
自分の家族にとって良い環境をつくりたい。人生でいちばん長く使う仕事の時間を、自分の生活と地続きのものにしたい。そう思って動いていたら、同じように考える人たちが集まってくれました。
前回、「今日一日を、自分の意思で選んで過ごせた」と思える人が増えることが幸せにつながる、と書きました。どう働くかも、その選択の一つです。1億円は、そうやって自分で働き方を選んだ人たちが、1年間でやった仕事の大きさです。
私は相変わらず、娘たちに服のダメ出しをされながら、その仲間たちに助けられて仕事をしています。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。