「地域からハッピーシナリオを共に」をスローガンに、全国各地で地域に根ざした事業づくりに取り組むNEWLOCAL。
連載「We are NEWLOCALs」は、NEWLOCALに関わる一人ひとりに焦点をあて、その歩みや考えをたどっていくインタビューシリーズです。
今回話を聞いたのは、男鹿の事業責任者を務める森勇貴さん。これまでの選択の背景と、男鹿での仕事のリアル、その先に描いている未来について語ってもらいました。
森 勇貴
早稲田大学卒業後、マンションディベロッパーに入社し、営業・商品企画を担当。株式会社ツクルバでは、新規事業の立ち上げ、事業管理、同業・異業問わず業務提携などを通して上場も経験。VUILD株式会社では建設業の職人不足という社会課題解決アプローチに向けた新規事業立ち上げを行い、グッドデザイン賞受賞。2021年に東京から栃木県那須塩原に家族で移住。自ら手の届く範囲から地域の盛り上げを創造するために、移住検討者向けの宿泊施設を運営。空き家改修にも着手している。2025年NEWLOCALに参画、男鹿の事業責任者を担当。
目次
- 「この問いに向き合いたい」と思える場所へ
- 地域の手触り、NEWLOCALとの出会い
- 男鹿の「事業責任者」という仕事
- 現場を支える、NEWLOCALの文化と仕組み
- 地域から、日本をもっと面白くする
- すべてが地続きの生き方
「この問いに向き合いたい」と思える場所へ
ーまず、これまでの歩みについて聞かせてください。新卒の頃は、どんな考えで仕事を選ばれましたか?
大学時代に環境経済学を専攻していて、「ライフサイクルアセスメント(※)」という考え方を学んでいました。授業の中で、教授が「不動産業は、環境破壊の最たる例だ」と話していたのが、強く印象に残っていて。
※ライフサイクルアセスメント…製品の生産から廃棄までの全過程を通して、環境への影響を評価する考え方。
当時の日本はスクラップ・アンド・ビルドが主流で、古いものは壊し、新築を建て続けるのが当たり前でした。だったら、その業界に入って、環境に配慮した企画をつくりたいと思ったんです。
それが、新卒でマンションディベロッパーを選んだ理由でした。
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ーその後、2社目に転職するきっかけは何だったんでしょう?
「10年間かけて2,500世帯規模のマンションを分譲する」というプロジェクトに関わったことが、転機になりました。
新築マンションは、完成前に販売するのが一般的ですが、このプロジェクトでは分譲が10年続く。1年目に買う人も、10年後に買う人も、「このマンションを選んでよかった」と思ってもらう必要があります。
建物そのものは劣化していくため、価値を維持するのが難しい。だったら、住民同士のコミュニティをつくり、人と人の関係性を育むことによって、「ここに住んでいてよかった」と思える状態をつくれないだろうか。そう考えるようになりました。
ーハードからソフトへ、目が向いていったんですね。
はい。参考になる事例を探す中で知ったのが、ツクルバが運営していたコワーキングスペースでした。コミュニティマネージャーが人と人をつなぐことで、関係性やプロジェクトが生まれていく。その仕組みを参考にしたくて、話を聞きに行きました。
そこからツクルバという会社自体が面白いなと思うようになり、何度か顔を出すうちに、「うちに来ない?」と声をかけてもらったんです。いわゆる第一創業期に7人目として入社し、10年ほど在籍しました。新規事業の立ち上げから、営業、経営企画、事業責任者まで、一通り経験させてもらいました。
上場を経て、会社は守りを固めるフェーズに入っていきましたが、僕自身はまだ「攻め」の側にいたかったんです。会社が嫌になったわけではなく、「もう一度、小さい会社で挑戦したい」と思い、卒業を決めました。
ー次の転職先は、どのように選んだのでしょう?
もともと、環境問題や社会課題への思いはずっとありました。考え続けるなかで最後に残ったのが、「将来世代が、どれだけ安心して豊かに暮らせる社会を残せるか」という問いだったんです。
なにか一つでも社会課題に向き合い、「良い未来」につながる仕事がしたい。そう考えて選んだのが、建築系スタートアップのVUILDでした。職人や大工の高齢化といった業界の課題に対し、事業責任者として、誰でも自分で家をつくれる住宅キットの開発に取り組みました。
地域の手触り、NEWLOCALとの出会い
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ーNEWLOCALへの入社は、どんな経緯でしたか?
前職のVUILDで事業環境が変わり、新規事業がストップすることになったのがきっかけでした。経営方針の転換もあり、それなら一度会社を離れて、次を考えようと思ったんです。
そんなときに、ツクルバ創業者の中村真広さんから「合いそうじゃない?」と紹介されたのが、NEWLOCALでした。
自分自身も那須に移住し、地域の課題を肌で感じていましたし、これから地域はもっと面白くなっていくだろうという感覚もありました。自分の思いと、NEWLOCALが掲げる「地域からハッピーシナリオを共に」という考え方が、すごくリンクしたんです。
ー入社時点で、男鹿の事業責任者になることも決まっていたんですか?
はい。当時、NEWLOCALの中では僕が地理的に一番男鹿に近かったんです。実際は全然近くなかったんですけど(笑)。
それと、男鹿のパートナーである稲とアガベとのご縁もありました。以前、作業中のBGM代わりに「クラフテッド・カタパルト(※)」を聞いていた時期があって。その年の優勝者が、稲とアガベ代表の岡住だったんです。あのときはまさか、こんな形で関わることになるとは思っていませんでした。
※クラフテッド・カタパルト…ICC(Industry Co-Creation)が主催するピッチコンテストのひとつ。
男鹿の「事業責任者」という仕事
ー男鹿でのお仕事について教えてください。
入社とほぼ同時期に、「かぜまちみなと」というホテルと、その中に入る中華レストラン「マッチャイナ」を立ち上げることが決まっていて。最初は、その準備を進めていました。
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事業責任者として一番大きな役割は、「男鹿まち企画」という地域会社を成長させていくこと。人のマネジメントもあれば、事業計画づくりもあるし、走りはじめてからの事業管理、そして未来への種まきもある。それらを並行して進めています。
直近で言うと、2026年の春にオープン予定の新しい施設「CADAR(カダール)」の準備も進めているところです。既存施設をマネジメントしながら、新施設の事業計画をつくり、資金調達をし、設計会社さんやブランディング会社さんとやり取りをする。全体を見渡しながら、プロジェクトを進めています。
それに加えて、今年は男鹿市からのプロポーザル案件も2件受託しました。「男鹿まち企画」という名前の通り、男鹿の未来につながることなら何でもやりたくて。市の仕事についても、自分で手を動かしながら関わっています。
ー多岐にわたる仕事をされているんですね。そのなかで、やりがいや面白さを感じるのはどんなときですか?
自分たちの取り組みが、まちの中に「新しい価値」として立ち上がってくるときですね。
大きな会社の中で仕事をしていると、どうしても手触り感が薄れていくことがあると思うんです。一つひとつはすごく大事な仕事でも、変化が見えづらいというか。
その点、地域では意思決定も形になるのも早い。ちゃんと未来につながっていると実感できるところは、すごく面白いです。
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旧鉄工所をリノベーションし、酒・食の関係人口を呼び込む拠点として開業予定の「CADAR」
ー一方で、難しさを感じるのはどんなところですか?
「人」の部分は、一筋縄ではいかないなと感じています。
特に秋田の場合、冬は風が強く、雪も多くて、生活環境としては決して楽ではありません。Uターンならまだしも、縁もゆかりもない人が移住して働くというのは、やっぱりハードルが高い。採用の難しさは常に感じていますし、人手が足りないのが正直なところです。
ー森さんご自身も、いわゆる「よそ者」として男鹿に入っていますよね。
そうですね。ただ、男鹿はよそ者に対するハードルが比較的低い地域だと感じています。
男鹿のパートナーである稲とアガベの岡住も、よそから来た人間です。それでも男鹿に入り、まちを動かしてきた。その実績があるなかで、いま一緒に活動できているのは、すごくありがたいなと思います。
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稲とアガベ代表の岡住さん
そんな彼らと一緒に働くなかで、まず意識していたのは「どう仲良くなるか」ということでした。少人数の組織だからこそ、持ちつ持たれつで助け合える関係でいたいなと。
男鹿に来ると、夜はみんなで飲みに行くことも多くて。「同じ釜の飯を食う」ように、時間を共にしながら関係を育てていくことが、地域ではとても大事だと感じています。
現場を支える、NEWLOCALの文化と仕組み
ーいろいろな会社を経験されてきた中で、NEWLOCALならではの魅力・特色だと感じることはありますか?
十数名という少人数で、6拠点を同時に動かしている。しかも普段はそれぞれが地域に向き合い、全員が集まるのは月に一度。そのスタイルは、とても新鮮でした。
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月に一度行われる「日本橋会議」。地域を越えて集まり、それぞれの知見や課題を持ち寄る
拠点はバラバラですが、分断されている感覚はありません。NEWLOCALには、物販や宿など各分野のプロフェッショナルがいて、地域を越えた連携が自然に生まれている。横や斜めにつながりながら助け合える文化は、すごくいいなと感じています。
それから個人的に驚いたのは、立ち上げ期の会社でありながら、裏側がとても整理されていることでした。
スタートアップって、「整っていないのが当たり前」になりがちだと思うんです。でもNEWLOCALは、スピード感をもって複数の地域を動かしていくために、資料の管理や情報共有のしかたまで含めて、あらかじめ“型”が考えられている。とはいえ、その型に固執するわけではなく、合わなければアップデートしていく。その柔軟さも含めて、すごくいい環境だなと感じています。
地域から、日本をもっと面白くする
ーこれから男鹿で挑戦していきたいことや、描いているハッピーシナリオについて教えてください。
まず、各拠点共通で掲げている「10億」という目標は、事業責任者として常に意識しています。最近は「100億」という言葉もよく聞きますが、地域をちゃんと未来に残していくためには、それだけの事業規模が必要だ、という考え方には強く共感しています。
とはいえ、「儲かればいい」「成長できればいい」という話ではありません。僕らが証明したいのは、地域から、日本をもっと面白く、元気にできるということ。そのためのスピード感や規模感を、どう出していくのか。そこから逃げずに考え続けたいと思っています。
そして男鹿には、伝統文化や自然、食、人との関係性があり、ここに身を置くからこそ育まれる身体的な感受性があります。そうした価値をどう守り、どう広げていくか。そこも大切にしながら、事業を進めていきたいです。
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また、男鹿まち企画として目指しているのは、「何歳になってもチャレンジできる場所」であること。実際に、70代で男鹿に来て、新しく飲食店を始めた方もいます。「やりたい」と思ったときに、一歩踏み出せる土壌を育てていきたいなと。
そのためにも、まずは自分たちがリスクを取り、事業として成功するモデルをつくる。そのノウハウを囲い込むのではなく、次に挑戦する人たちと共有しながら、地域をどう一緒に盛り上げていくか。そんなやり方を、男鹿で実践していきたいと思っています。
すべてが地続きの生き方
ー男鹿での仕事とは別に、那須でも精力的に活動をされているそうですね。
はい。那須に住んでみて、地域移住ってすごくいいなと感じたんです。人にもおすすめしたいと思ったのですが、那須には“試住”できる場所がなくて。それなら自分でつくろうと思い、自宅の近くにもう一つ土地を買いました。
ちょうどその頃、VUILDで「セルフビルドできる住宅キット」の開発に携わっていたので、まずは自分で使って建ててみようと。建ててから1年ほど経ちますが、これまでに2家族が、この場所をきっかけに那須へ移住してくれました。いわば「勝手に移住促進センター」ですね(笑)。
さらに最近は、空き家を一軒借りました。移住を考える方の中には、「小商いを始めたい」という人も少なくありません。ただ、住まいと店舗を別々に借りるとなると、どうしても負担が大きくなってしまう。
それなら、東京の家賃と同じくらい、もしくは少し安いくらいで、店舗付きの住まいがあるといい。そう考えて、今は週末にDIYで改修を進めています。
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家族や友人と一緒に、自らの手で建てた那須の家。移住を考える人が滞在し、暮らしを体験する拠点になっている
ー那須でのお話を聞いていると、仕事と暮らしの境目があまりないように感じました。森さんは、そのあたりをどう捉えていますか?
完全にボーダレスですね。仕事も暮らしの一部だし、暮らしも仕事の一部。ずっとリンクしながら生きてきました。振り返ると、自分のやりたいこととつながる仕事を常に選んできたと思います。
ー仕事は「お金を稼ぐ手段」という考え方もあると思いますが、森さんにとっての仕事とは何でしょう?
うーん、それは僕にとって「生きるとは?」という問いと、ほとんど同じですね。
社会人になってから、「自分が受けてきた恩を未来につないでいきたい」という気持ちが強くなりました。より良い未来を、いかに将来世代へ残していくか。それが、自分にとっての仕事を通じて実現したいことでもあるし、生きる目標そのものなんだと思います。
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取材・文 塩冶恵子
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