世界を代表する会社を創る。
その実現に向けて、日本トレカセンターは今まさに事業と組織を急拡大させています。
「トレカ×テクノロジーで、感情を動かす体験を届ける。」
トレーディングカードという領域にテクノロジーを掛け合わせることで、これまでにない新しい価値を生み出しているスタートアップです。
日本トレカセンターのバリューである「総力戦」。
個々の才能や専門知識を活かしながら、共通の目標に向かってチーム全体で力を発揮すること。
一人の力ではなく、全員が一丸となって努力する姿勢を、日本トレカセンターではそう呼んでいます。
今回話を聞いたのは、台湾展開を主導した日比さんと松本さん。
3月下旬にキックオフし、わずか2〜3週間ほどでプロダクトを仕上げ、5月初めに台湾でのサービスローンチを実現しました。
しかし、その道のりは決して順風満帆ではありませんでした。
限られた開発期間、ロジスティクスの調整、リーガル対応、限られた人員。
それぞれが別の課題を抱えながら、それでもローンチに向けて前に進み続けたといいます。
前半では、台湾ローンチがどのように実現していったのか。そして、二人が振り返る「総力戦」のリアルに迫ります。
なぜ、海外展開をしようと思ったのか
日本トレカセンターが掲げるビジョンは、「世界を代表する会社を創る」こと。独自の技術力と運営ノウハウを活かし、日本のポップカルチャーを世界に届ける事業を発展させていく——
それが、海外展開の出発点にある考え方です。
その第一歩として始まったのが、台湾への展開でした。
──そもそも、なぜ台湾で海外展開をしようと思ったんですか?
日比:「日本と同じくらいトレーディングカードに対して熱量がありそうな場所を考えたときに、日本と近いアジア圏という視点が出てきたんです。そのあたりから検討が始まりました。」
日本と同じように、トレカを愛する文化がある。その可能性から、海外展開の候補が絞られていきました。
では、なぜ台湾だったのでしょうか。
──台湾に決めた理由は?
日比:「現地視察に行ったとき、台湾トレカ市場のかなりの盛り上がりを実感できたからです。日本と同じようにショップが多く出始め、日本語のカードが大変人気でした。」
もちろん市場としての可能性だけでなく、法規制や事業としての適合性まで見極めた上で、台湾への展開が決まりました。
そして、ここからローンチまでの時間は、想像以上に短いものでした。
どのように始めたのか
──そこから、どうやってチームを立ち上げていったんですか?
松本:「僕は入社して1ヶ月経った4月から台湾のプロダクトマネージャーとして参加しました。要件整理から開発マネジメントまでを担当することになったんです。」
3月下旬、社内では代表を交えた英語でのミーティングが開かれ、12〜13人ほどが一つの会議室に集められたといいます。
まだ具体的な役割も、開発の進め方も決まっていない。それでも「台湾でローンチする」という目標だけは決まっていました。
そこから、それぞれの担当が少しずつ決まっていきました。
どのようなスピード感で進んだのか
──実際、決定からどれくらいで完成したんですか?
松本:「3月下旬にキックオフして、4月はほぼリーガル調査に追われ、開発リソースも社内の別プロジェクトに取られていたので、実際に開発が動いたのは4月中旬以降。実質2〜3週間で仕上げました。」
わずか2〜3週間。
当時、社内では別の開発が進行中で、プロダクト部の多くの手がそちらに割かれていたといいます。限られた時間と人手の中で、優先順位を決めながら前に進むしかない状況でした。
「とにかく人が足りない」という状況で、台湾のプロダクトを立ち上げなければならなかったのです。
大変だったことは
もちろん、最初からすべてが順調だったわけではありません。
むしろ、進めていく中で少しずつ「想定外」が見えてきました。
──想定通りに進まなかったことはありますか?
松本:「僕自身、入社したばっかりだったこともあり、プロダクトのアーキテクチャや海外展開での優先順位がまだ曖昧なままだったんです。だから優先度の低いところから手をつけてしまって、結局コア機能が完成したのが4月末になってしまいました。」
入社してまだ1ヶ月。プロダクトについても、海外展開についても、まだ分からないことが多い。
その中で手探りで進めた結果、優先順位を誤り、コア機能の完成が後ろ倒しになってしまいました。
一方、日比さんも別の課題を抱えていました。
日比:「僕の方は、リーガルやロジスティクスまわりは徹底的に調べたくて、そこに時間を使いすぎてしまって。プロダクト側の開発期間を圧迫してしまった自覚はあります。」
知らない国でサービスを出す以上、法律面や物流面は絶対に妥協できない。結果として、開発に使える時間がさらに短くなる。
一方では「正しく進めるための確認」が必要で、もう一方では「とにかく作り切る」必要がある。
ローンチ直前、二人はそれぞれ別のプレッシャーを抱えていました。
「総力戦」が実現した瞬間
そんな状況を動かしたのは、一人の力ではありませんでした。
──お二人でフォローし合った場面はありますか?
日比:「代表の大山さんからは『日比がいけると判断したタイミングで全然いいよ』って言われてたんですけど、たぶん心の中では『爆速でリリースしてくれ』って思ってたはずです(笑)。」
「確認に時間を使いすぎてしまった自覚はあった」と話す日比さん。
限られた時間の中で、開発を前に進める。松本さんだけでなく、周囲のメンバーも動きました。
松本:「コードレビューひとつとっても、エンジニアマネージャーの方々が他のタスクでパンパンの中、なんとか差し込んで進めてもらって。」
さらに、台湾出身のメンバーにも協力を依頼。
松本:「台湾出身のメンバーに現地テスターの協力者を探してもらって、ギリギリで現地テストをしてもらったのも大きかったです。最低限のところは問題ないと確認できて、ようやくリリースできたという感じでした。」
一人が抱え込むのではなく、お互いの状況を認め合いながらフォローし合う。
開発だけではない。
リーガルだけでもない。
エンジニア、台湾出身のメンバー、現地テスター。
それぞれが、自分の持ち場からプロジェクトを前に進めていきました。
台湾は、そうしたやり取りの積み重ねの末に、5月初めにローンチを迎えました。
この短期間での台湾ローンチは、総力戦なしでは成し遂げられなかったことです。
決定を託した代表も、指揮した日比さんも、開発を担った松本さんも、それぞれが自分の持ち場で踏ん張ったからこそ、たどり着いたローンチでした。
後半では、この台湾展開を経て見えてきた「総力戦」というバリューそのものの意味に迫ります。
まずは一度、話を聞きに来てみてください。
日比さんのインタビュー記事全文はこちらから👇
【JTCC People#32/創業メンバー】「日本のトレカ文化は、世界で戦える」AIとスピードで海外市場を拓く、海外事業開発の挑戦 | 日本トレカセンター
松本さんのインタビュー記事全文はこちらから👇