お久しぶりです!ノースリーブです。
最近出てこなくて、私を待っていた方も多いのではないでしょうか?(笑)
今回はタイトルにある通りなのですが・・・
この度私ノースリーブ、株式会社HAREを卒業する事になりました!!!
「寂しい?」
分かります。私も寂しいです。泣かないでください!
今回は折角なので「ノースリーブの軌跡」を皆様にもお話できればと思います。
この際(?)なので、赤裸々に全て話します。絶対最後まで読んでください!
まずは何度も話している、マンションの一室でスタートしたHARE人生。
ー 緊張の面接。
書類選考通過後、当時は社長面接からスタートでした。(今とは選考フローが違いました)
ものすごく緊張していると “Tシャツに短パン” というラフなスタイルで登場した “同じ歳”の社長。
私の話を真剣に聞いてくださり、フランクだけど物凄く芯のある社長と話しているうちに『この人についていきたい、この人なら大丈夫』と思い、内定をいただいた後、すぐに入社を決めました。
今から約4年前、Y.S.C.C.横浜フットサル(YS)のホームゲームにて社長と同期の越山。
この年初めて、HAREがYSのスポンサーになりました。
ー 右も左も分からない入社日。
ドキドキの入社初日。
隣の社長に「MacBookのセットアップから始めて」と言われ、
MacBookすらほとんど触った事のない私は探り探りでパソコンをいじり、次の日は業界の事をザッと教えてもらいました。
3日目に出社すると「今日からもう実際に電話しよう、これだけは言わないでね」と言ってはいけない事が書かれたメモだけを渡されました。
恐らくここからが私のHARE人生のスタートでした。
入社日にいただいた大切なポストカードとPCケース。
ちなみに何故かこのPCケースに犬の糞をつけて出社したのは私の武勇伝(?)です。(笑)
ー 忙しい、でもとにかく仕事が楽しかった。
本当に充実していて毎日が楽しかったので、一度も辛いと思った事はありませんでした。
もしも過去を選べても同じ道を選ぶくらいに、社会人人生で1番自分が楽しくて輝けた時だと思います。
3人全員が目標件数を達成した際に、表参道にあるBENOITで達成会をしました。
これ以降、夏になると毎年3人でBENOITでランチに行くのが今でも恒例行事になっています。
少しずつメンバーが増えてきたHARE。
ー その後コロナ禍真っ只中で、私もコロナに感染。
メンバーも増えるタイミングで、コロナ療養中にTOC五反田に移転しました。
これまでの狭いマンションの一室とは違い、広々としたオフィスで、続々とメンバーが入社。
一気に “会社になってる” と感じたのを今でも覚えています。
初めて作成させていただいた、Wantedly募集ページ用の写真。
この頃から “ノースリーブ広報” を名乗らせてもらっていました。
ー なかなか数字が伸びなくて悩む日々。
振り返ってみるとこの時期が1番数字がついてこなかった時期、だったと思います。
“頑張ってるのに数字がついてこない” と悩んでいる私に社長が
「フォームが違うのにずっと同じ素振りをしていても成長しない」と仰っていた事を覚えています。
恐らく私の中にずっとプライドがあって “新しい人に負けたくない” と思っていたけど、どんどん追い抜かされていく。
でもある時に「上手くいっている人は上手くいっている人を真似している」と言われ、そこからは入社年次や役職を関係なく、分からない事は誰にでも聞くようになりました。
これは今のHAREメンバー全員に浸透している大好きな文化です。
この頃初めて社員旅行にも連れて行っていただきました。
箱根の天悠で沢山飲んで食べて癒されました。
ー どんどんと人が増え、今のリードシー不動前に移転。
そこから更に人が増え、2回目の移転。今のリードシー不動前に移転しました。
そのタイミングで新サービス『転職アカホン』がリリースされる事になり、CA(キャリアアドバイザー)から “広報専任担当” を任せていただける事になりました。
現メインスポンサーのYSの試合ではブース出店やイベントを開催し、YSファン、フットサルファンの方にもHAREを知っていただく事ができました。
ー 『ノースリーブ広報鈴木』の奮闘。
CAをしていた時からX(旧Twitter)で『ノースリーブ広報』として発信のみ行っていたのですが、当時フォロワーは1500人程度。
少しずつ認知は広がっていましたが “会社を知ってもらうには私を知ってもらうしかない!” とまずはXのフォロワーを伸ばす事に注力しました。
そこから少しずつフォロワーが増え続け、他社企業とのコラボ企画、イベントの実施、ラジオに出演させていただいたりと、お仕事をいただける事も増えました。
きっとこれを読んでくださっている方の中にも、X経由で私の事、HAREの事を知ってくださっている方もいらっしゃると思います。
どうか引き続きHAREの事を宜しくお願いします!
Xではこのフォローしてくださいシリーズや、間違い探し、寒空の中でのノースリーブ呟き等様々な企画を考えて実施してきました。
「この人面白い」と興味を持っていただける事が多く、Xから沢山の出会いもありました。
皆様には本当に感謝しております。
ー 振り返ると色々な事があったHARE人生、でも毎日が青春でずっと楽しかった。
とにかく“楽しかった” HAREでの毎日。
振り返って辛い事は沢山ありましたが、広報だからという忖度ではなく、心から「辞めたい」と思った事は一度もありませんでした。
今回HAREを卒業すると決めた際もネガティブな感情はなく、私自身ライフスタイルの変化もあり、次のステップへ行かないといけないと思った事がきっかけでした。
毎月開催していた社内イベント “パレット” では、企画から運営までの全てを任せていただきました。
少しでも普段話さないメンバー同士の交流の場にできていたら何よりです。
Wantedly Awardでのシルバー受賞も、私の中では大切な思い出になりました。
広報になってから1年間必ず週2回更新を実施できたのはメンバーの協力のおかげです。
ー この記事を書きながら色々な感情で胸がいっぱいです。
私情で恐縮ですが、この場を借りてHAREで出会った仲間たちに感謝を伝えさせてください。
(全員分は長くなってしまうので割愛させていただきます)
時には戦友、でもずっと側で優しく気にかけてくれていた越山
わがままな私を沢山サポートしてくれたうっちー
いつも真面目なのに突然ふざけたDMをくださる内田さん
部署が違うのに色んな話を聞いてくれた太雅さん
くだらない愚痴もお互い何でも話せた仙波ちゃん
誰よりも私の事を心配してくれた臼井
そして、今日まで厳しくもありながら、愛を持って接してくださった社長(川淵さん)
初めてお会いした時から「この人私の心読めてるの?」と何度も思う程、恐らく私が出会ってきた人の中で1番勤勉で、今後も人生で川淵さん以上に尊敬できる方とお会いできる気がしていません。
いつも正しい川淵さんにも、決めた事は絶対に貫きたい頑固な私は、何度も言い返した事がありました。
そんな時も川淵さんは「俺に反抗してくるの鈴木くらいだよ」と笑ってくださり、本当に自由に働かせてもらいました。
『HAREで働いた毎日は私の財産です』
これまでずっと全速力で走ってきた私にとって、HAREを卒業する事は心にぽっかり穴が空いてしまった気分です。
でもこれから長い人生、まだまだ頑張らないといけないと思えるのは、心の中で “川淵さんに恥ずかしくない自分で居たい” と思っているからです。
川淵さんがよく仰っている『現状維持は衰退』を胸に刻み、もっともっと成長し続けます。
これまで本当にありがとうございました。そしてこれからも宜しくお願いいたします。