こんにちは、unname代表取締役の宮脇啓輔です。
日報や1on1、あるいはセミナー後の感想などで、よく聞く言葉があります。
「今日は〇〇について学びました」
この言葉を聞くたびに、私は強烈な違和感を覚えます。 もっと率直に言えば、心の中でこう突っ込んでいます。
「それはただ『知った』だけよね?」
多くの人が、「学ぶ」という行為に対してあまりにも解像度が低いように感じています。 単語や概念を知っただけで「学びました」と報告してくる。しかし、学習というプロセスは、そんな一言で片付けられるほど単純なものではありません。 厳しいことを言いますが、「知った」と「学んだ」の区別がついていない人は、ビジネスパーソンとして伸び悩む可能性が高いのです。
今回は、学習ステップそのものと、言葉の解像度を高めるメリットについて解説していきます。
目次
「学びました」は4つに分解ができる
「学校の勉強」と「ビジネスの学習」は別物
「できます」と言い切る人は全く信用できない
「学びました」は4つに分解ができる
ところでみなさんは「能力開発の4つのステップ」をご存知でしょうか?
スキルの習得には「知る⇒わかる⇒できる⇒教える」というステップがあり、それぞれのステップで大きな壁がります。多くの人は「知っているだけ」なのに「わかっている」気になっているし、「わかっていて」も「できる」訳ではないとうことです。
物事を単に知るだけで満足していては、能力は伸びません。
知ることは能力伸張のほんの最初のステップにすぎないからです。
例えば、陶芸について何らかの能力があるといった場合、次のような段階があります。
1)焼きものの製法や歴史、種類を「知る」
2)なぜその製法がよいのかという化学的、実践的な裏づけまで「わかる」
3)実際、自分でロクロを回して、窯で焼くことが「できる」
4)それらすべてを他人に「教える」ことができる
「知る」と「わかる」には格段の差があります。
「知る」ことは単に情報・知識を頭の中に入れるだけです。
ところが、その入れた情報・知識を真につかむためには、それを分解していって理屈として、構造として「わかる」(分かる/解る)状態にしなければなりません。
つまり、知ることだけは、能力が向上とは結びつかないということです。繰り返しにはなりますが、能力開発のそれぞれのステップにはしっかり段差があります。段差があるということを理解し、今自分は、
・「知った」だけなのか
・「理解」できたのか
・「できる」ようになったのか
・「教えられる」まで昇華できたのか
自分の現在地点を正確に把握しておくことが重要です。そう考えると、迂闊に「学びました」なんて言ってはいけないことがご理解いただけたかと思います。
「学校の勉強」と「ビジネスの学習」は別物
しかし、なぜ私たちは安易に「学びました」と言ってしまうのか。 それはおそらく、学校教育の弊害だと思っています。
学校では、テストのために年号や公式を暗記し、知識として知っていれば「学習した」とみなされます。なぜならそれでテストの点数を稼ぐことができるから。
しかし、ビジネスの現場では違います。
ビジネスにおける「学び」とは、概念を理解し、実際に手を動かし、成果を出せる状態になって初めて成立します。 スポーツで例えるなら、「強豪校の高度な戦術を知りました」と言っても、試合でそれができなければ何の意味もありません。当たり前ですが、知っていることと、できることというのは全く違うのです。
社会に出ると、「学習した」の定義が変わってしまうのです
だからこそ、私は部下にこう問います。
「学んだ」はOKなんだけど、それって実際にどう実行するの?
「〇〇という概念を知りました。だから次はこういうアクションプランを立てて、実際にやってみます。おそらくここまではできると思います」
このレベルまで同時に語れて初めて、「学びました」という言葉を使う資格が生まれると思っています。知識を得た後に「で、どうする?」という行動変容(アクション)がないものは、単なる情報の消費に過ぎません。
YouTubeの動画やビジネス書を読んで賢くなった気になっているだけでは、現実は1ミリも変わりません。なのに、たくさん本だけ読んでいる人に違和感を覚えます。
「できます」と言い切る人は全く信用できない
「学びました」と同様に、私が採用面接などで警戒している言葉があります。 それは、「できます」という言葉です。
「前職ではトップセールスだったので、御社でも売上を1.5倍にできます」
「マーケティングは戦略から施策まで全般できます」
「採用だけでなく、組織開発もできます」
こう自信満々に言い切る人ほど、私は「採用見送り」の判断を下します。全くメタ認知できてないなぁと感じます。
自信を持つことと、解像度が高いことは似て非なるものです
なぜなら、ビジネスにおける「変数」を考慮できていないから。
仕事の成果というのは、個人の能力だけで決まるものではありません。会社の知名度、商材の強さ、市場環境、上司のサポートなど、無数の「変数」が組み合わさって初めて成果が生まれます。前職で成果が出たのは、単に「会社の看板が強かったから」「商品が良すぎた」「先輩が見えないところでアシストしてくれていた」だけかもしれません。変数が全く異なる新しい会社に来て、無条件に「できます」と言い切ってしまうのは、自己認識(メタ認知)が甘く、全体像が見えていない証拠です。
一方で、能力が高く、信頼できるビジネスパーソンは、言葉の解像度が違います。彼らは決して安易に「できます」とは言いません。
「○○は経験がありますが、一部やっていないことはあります」
「前職では、こういう条件下ではこれくらいの成果が出ました」
「御社ではこの部分の調整が必要ですが、アプローチは可能です」
このように、変数を考慮した上で「条件付き」で語るのです。
もちろん、「テレアポを1日100件かけられます」とか「毎日早起きができます」といった、自分の努力だけで完結する「行動ベース」の話なら、言い切っても構いません。これらは外部変数が少なく、自分のコントロール下にあるからです。しかし、変数が複雑に絡み合う「成果」について、条件もつけずに「できます」と約束するのは、プロフェッショナルとして誠実ではありません。
できない可能性を認知できていないことは、信用に値しないのです。
「学びました」= 行動を変えて成果に繋げること
「できます」= 変数を理解し、条件付きで成果を予測すること
この2つの言葉の解像度を上げるだけで、ビジネスパーソンとしての信頼度は大きく変わります。たかが言葉尻だと思うかもしれません。しかし、普段使っている言葉の解像度は、そのまま仕事の質に直結します。言葉の解像度を高め、相手から信頼を勝ち取れるビジネスパーソンになっていきましょう。