大阪/医療法人嘉健会 思温病院 理事長・院長 狭間研至先生(外科医)インタビュー
大阪の思温病院が、Instagramでの採用発信を始めて起きたこと。応募者の平均年齢が下がり、面談後の辞退がほぼゼロになり、看護部長が応募の約半数を見送れるまでになりました。年約600万円のコスト削減も生まれています。
前編では経営破綻からの立て直しと導入の経緯を、中編では撮影当日の様子と、「なんで私は撮ってもらえないんですか?」という声が上がるまでの変化、そして具体的な成果をお伝えしました。
▼前編はこちら
https://note.com/medx/n/n00988b6a11cb
▼中編はこちら
https://note.com/medx/n/n4848ad129ba5
では、良い中身さえあれば、あとは自分たちで撮って上げればいいのか。狭間先生の答えは、明確に「ノー」でした。
1.「自分たちだけでは、届かない」 ─ プロと組む意味
他の経営者に助言するとしたら? 狭間先生の答えは明快だ。「やった方がいい」。ただし、ひとつだけ強調することがある。"自分たちだけでやること"と、"プロと組むこと"は、まったく別物だということ。
■ 編集は「誰に刺すか」の技術
自院の動画を見ているせいか、先生のInstagramには今、病院アカウントの動画ばかりが流れてくる。見ていて感じるのが、編集次第で伝わり方がまるで違うということだ。「真面目すぎても面白くないし、ふざけすぎると何が言いたいか分からない」。動画編集そのものは、今や誰でもできる時代だ。しかし、"どの層の看護師に刺さるか"を設計して作れるかは、まったく別の話だ。内製で「なんとなく編集して、なんとなく上げる」だけでは、同じ素材でも"見られ方"が変わってしまう。狙った相手に届く編集こそ、プロの手法の核心だと先生は言う。
■ 「誰を映すか」の設計 ─ 象徴的な"裏話"
ここに、右高から採用後についてのコメントがあった。看護部長や名物スタッフが発信する動画は、確かに人気もあり応募も来る。動画に惹かれて来た人は「あの人と働きたい」と思って入職する。ところが、現場で日々一緒に働くのはその人本人ではない。結果、ギャップに気づいて辞めてしまうというのだ。
だからこそ、右高が主役に据えるのは、"実際に一緒に働くスタッフたち"。部長や院長には、理念や思いを語る場面でこそ登場するのがベストだという。「誰を、どういう役割で映すか」というこの設計は、素人がなんとなく撮っていては辿り着けない、プロならではの判断だ。「一緒に働く人が重要」—応募者が本当に知りたいのは、そこなのだ。
■ 「医療がわかる」プロであること
もうひとつ、この病院で成果が出た理由に、支援会社の"素性"がある。社長の右高自身が元MR(医薬情報担当者)で、薬剤師。撮影スタッフも看護師たち。つまり、支援する側そのものが"病院関係者""医療関係者"なのだ。「そこは大きいんじゃないですか」と狭間先生は言う。
SNSを使った集客や求人はあらゆる業界にある。だが、医療系はある意味で特殊だ。動かすべき相手は、免許を持った専門職。「ちょっと勉強がてら病院で働いてみようか」といった軽い気持ちで転職する層ではない。看護師が何を不安に思い、何を見て職場を選ぶのか——その機微を、現場を知る人間なら肌感覚で分かる。だからこそ、"誰を映すか""何を語らせるか"の設計が、医療の実態からズレない。一般的なSNS代行会社にはない、この"業界理解"こそが、医療機関の採用で成否を分ける、と先生は見ている。
■ 良い土台に、伴走者が入る
そもそも、スタッフが自ら画面に出てくれる時点で、その職場の雰囲気は良い。「病院でInstagramなんてふざけるな、真面目に仕事しろ」という空気の職場では、スタッフはなかなか出られない。裏を返せば、良い土台があるところに、ターゲット設計と編集技術を持つ伴走者が入ることで、発信は一気に採用へと結びついていく。
思温病院で成果が出た背景には、もうひとつ——堀看護部長の存在がある。他院の看護部長と比べても、SNSに前向きで、自ら師長を巻き込み、こまめに連絡を取ってくれた。プロの"設計と編集"と、現場の"推進役"。この両輪が噛み合ったことが、再生の決め手になった。
2. なぜ、折れなかったのか ─ 外科医の哲学
前述の通り、狭間先生には同級生から「なんでそんな病院に行くんや」と電話がかかってきた時期もあった。それでも折れなかった理由を、先生はこう語る。
「これ、将来ネタになるなと思ってやってました。『よくそんなところからこうなりましたね』って。だから、目の前が深刻なほどおもしろい」。何もかも順調にうまくいくストーリーの映画はおもしろくない。一度どん底に落ちてから這い上がるからドラマになる、と。
そしてもう一つが、外科医としての矜持である。「医者が投げ出したら、患者さんは助からない。どんなにタフな局面でも、絶対どこかに道はあるはずだと信じて、その時々に最善をつくす」。根拠はなくても「なんとかなる」という自信を持つこと——それが支えだった。
この「どん底ほど面白い」という感覚には、大阪ならではの土壌もあるのかもしれない、と先生は笑う。ある番組で、東京・銀座を歩く人に「自分の失敗談を人に話しますか」と尋ねると、返ってくるのは「いや、絶対言わないです。かっこ悪いし、恥ずかしいし」。ところが大阪・高島屋の前で同じ質問をすると、「そら、電話してでも言うわ!」。1,000円で買ったつもりが1万円だった、アホやろ——そんな失敗すら、ネタとして差し出す文化がある。「大阪の人ってすごいですね」と言われることもあるが、先生にとってはそれが自然体なのだ。苦境を"将来の語りぐさ"に変えるユーモアあふれる強さは、こうした風土にも支えられているのかもしれない。
3. 10年後、病院の採用はどうなるか
「明暗ははっきり分かれると思います」。これまでは、ブランドがあってピカピカな病院に人が集まった。しかし「どんなに綺麗でも、人間関係が辛ければ意味がない。看護技術が身につかなければ仕方がない」。これからは外見ではなく"中身"——人間関係の良さと、看護技術が身につく環境——が問われる時代になる、と読む。
Windows 95以降、会社に公式ホームページがあるのが当たり前になったように、これからは病院に公式SNSアカウントがあるのが当たり前になる。動画と音声で現場の生の声が伝わる発信こそが、これからの採用のメインになっていく——とりわけ、特殊なスキルが必要な人材が動く医療・病院業界で。
取材の終わりに、先生は世代の話をした。SNSを"若い人の暇つぶし"と見るか、人生の意思決定が行われる場と見るか。上の世代ほど前者に傾きがちだが、若い看護師たちはそこで情報を集め、職場を選んでいる。この認識の差こそが、これからの病院の明暗を分けていく——名の知れた大病院までもがInstagramでの採用発信に乗り出した今、その流れはもう止まらない。
現在の思温病院のアカウント、働くリアルな姿と楽しさがうかがい知れる
思温病院の院内では、次の動画の撮影が当たり前の風景になった。数年前、「写真に写りたくない」とスタッフが顔を隠した同じ場所で、今は「なんで私は撮ってもらえないんですか?」という声があがる。一度のバズりだけではこの言葉はうまれない。着実に積み上げてきた再生の歩みが、この声にたどり着いた。スタッフからそんな声があがる病院を、まずつくれるかどうか。看護師不足に悩む全国の病院にとって、問われているのはそこなのかもしれない。
狭間先生、長時間にわたりご協力ありがとうございました!
文章・構成・袈裟丸梨里子|株式会社メドエックス広報戦略顧問