関あずさ(Azusa Seki)
千歳市出身。大学卒業後は営業事務として二年間勤務。その後、元々興味のあった栄養士への転職を決意する。栄養士の資格取得後、安平町学校給食センターにて勤務。現在は健康福祉課の管理栄養士として働く。町民への栄養指導や健診、町内放送「あびらチャンネル」で料理番組「Asキッチン」を担当する。紹介したメニュー「ゴボウチョコレートケーキ」は町民に大好評だ。
内気な性格だった思春期、変わるきっかけは先輩の一言
幼少期と思春期の私を表すなら、“内気” という言葉が当てはまるかもしれません。親の仕事の関係で転校が多く、友達付き合いも苦手なタイプ。言いたいことがあっても、「こんなことを言ったらなんて思われるだろうか?」ということを気にして、なかなか発言することができない子どもでした。
ですが、家に帰るととてもおしゃべりで(笑)。 家族とは仲が良かったんですね。自分で作った料理を振る舞うこともよくありました。大人になってから思い出したのですが、親に「栄養士になったら良いんじゃない?」と言われたこともあるんです。
引っ込み思案だった自分の性格が変わり始めた転機は、高校で入った美術部での出会いでした。仲良くなった先輩が、大声で笑ったり歌ったりと感情表現豊かで、とても魅力的だったんです。その先輩が「あなたの個性は面白いよ、もっと出したほうが良い。」と声をかけてくれて。ありのままの自分を出して良いんだと気付き、救われた思いがありました。
そこからは、少しずつ周りに甘えたり、やりたいと思ったことを言えるようになりました。
レールを外れて目指し始めた「栄養士への道」
大学卒業後は、営業事務の仕事につきました。文学部出身で、社会のレールに乗る様に、周りと足並みを揃えて職業活動をした記憶があります。
仕事が始まると、目の前の業務を精一杯こなす毎日でした。ただ、先の将来を考えたときには、このままでいいのかという不安が常にあったんですね。今の自分じゃ何も身についていない。こんな人生で良いのかという自問自答をしていました。
その時、親の「栄養士になったら良いんじゃない?」という言葉を思い出したんです。食べたり料理したりすることは好きだし、栄養士であれば資格も取れて、手に職がつく。新しい道を歩むなら、今なのではないかと思いました。
また、その時に一番私の背中を押したのは、家族のことでした。実は私が高校生のときに、父親が糖尿病になったんです。その時、仲が良かった両親が少し険悪になった気がしたんですね。父は、昔から濃い味付けや、ごはんや麺類といった糖質が多く含まれる食品が好きでした。母は良かれと思って栄養バランスの取れた低糖の食事を出すのですが、父は味付けが物足りないと、よく腹を立てていました。両者の気持ちが分かるので、いたたまれない気持ちになりました。食の楽しみを奪うことなく、健康に気を遣った料理はどうしたら作れるのだろうか。いつの間にかそんな疑問が芽生えていました。
特に、糖尿病は一生付き合っていかないといけない病気です。自分が栄養の知識をつけることで、家族の健康を栄養面からサポートすることができると思いました。
これまで足を踏み出せなかった「栄養士の道」を志し、仕事を辞めて短期大学に入学することにしました。退職する時はとても怖かったのですが、あの時の選択があったからこそ、今の自分があると思います。
災害時でも、食を通して心の支えをつくりたい。避難所で献立づくりに奮闘した日々。
栄養士として、安平町役場で働き始めて4年が経ちました。この仕事で一番大変だったのは、北海道胆振東部地震の時ですね。地震が発生して約10日後から自衛隊からの炊き出し支援が始まり、私ともう2名の栄養士と一緒に炊き出し用の食材発注、献立作成を約1か月行いました。食数はだんだんと減っていきましたが、最初の方は約800食分が必要で、食材を発注してもらう業者の方に調整するのも大変でした。
その後もしばらく、住民の方、ボランティアの方たちの力を借りながら避難所への食事の提供が続きました。各避難所へ行き、聞き取りも行いました。食事を提供する対象者は、幼児から高齢者、アレルギーや持病がある方など、さまざまです。さまざまな方に対応するためにはエネルギーや塩分の摂りすぎを控え、不足しがちな食物繊維が多く摂れる献立を基本とし、そして少しでも食事の楽しみを感じてもらえたらと試行錯誤しました。状況が急に変わることもあるので、献立を組み替えたり、食材発注の変更を行ったりと、調整が非常に難しかったです。
このような大量調理が前提となる献立の作成や食材発注ができたのは、健康福祉課の前にいた安平町学校給食センターでの経験がとても役に立ちました。大変でしたが、その分、とてもやりがいはありました。
夢は、住民の健康を支える「栄養士レストラン」
現在の仕事は、乳幼児の栄養相談・離乳食講習会、成人の健診結果を説明する「健診結果報告会」での栄養相談や、体内の筋肉量や脂肪量などを測定するインボディ測定、あとは「Asキッチン」という安平の町営放送での料理番組などです。町民と栄養の面で関わる機会が多いのですが、一方通行の説明で終わったり、一回きりの関わりになってしまったりすることが悩みです。個々人のライフスタイルに合った無理のない食事改善の提案をすることが大事だと感じています。自分も含め、体のためだと分かっているけど、好きなものを我慢するということは難しいですよね。
父が心から食事を楽しめなくなった経験をしたことから、私としても、町民の皆さんに無理なく栄養バランスを考えながら食事を楽しんでもらいたいという強い思いで、栄養や料理の勉強を重ねてきました。例えば、和食に牛乳を加えた乳和食。「ミルクみそ汁」は、牛乳のコクとうまみで少ない味噌でおいしく調理でき、減塩にも繋ります。健診結果報告会では2年前から「栄養士レストラン」という事業を実施しており、簡単に栄養バランスが摂れる食事の試食を行っています。「ミルクみそ汁」も試食してもらいました。こうした栄養バランスを考慮した簡単で美味しいレシピを町民の皆さんに定期的にお伝え出来たらと考えています。
「栄養士レストラン」は、今は対象者が限られていて、一口サイズの試食しか行っていないのですが、この活動を拡大させ、一食分のメニューを体験してもらえる様な「栄養士レストラン」を開くことが夢なんです。その場を通して、町民の方がより栄養について興味を持ち、健康的な食生活が身につけばと考えています。
役場職員を志す若者に向けて
将来役場栄養士を目指す方々には、ぜひ「聞く力」を養ってもらいたいと思います。
役場栄養士は、町民の方と向き合い、食や健康についての生活習慣を共に見直していく役割を担っています。その為、少し言いづらい普段の生活についても、正直に伝えてもらえる関係性を築くことが大切です。自分が栄養相談を受ける側になったことを考えると、正直に話すと怒られる、とか嫌なこと言われると感じるかもしれません。相手は気軽に話せる家族や仲の良い友達でもありません。
そんな時、私は「聞く力」を意識して、否定せず共感しながら聞くようにしています。そうすると、町民の皆さんも真摯に答えてくれることが多いです。栄養士に限らずとも、役場職員は多くの住民と関わる仕事です。住民の要望や悩みを聞くことも多く、本当に町民が考えていることを引き出すためには、「聞く力」が大事になってくると思います。そうした、人とのコミュニケーション能力が身につくのも、役場職員の魅力かなと思います。