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軍事技術の発展から生まれたIT技術②

こんにちは!システムアイの白井です。

早いものでもう2月に突入しましたね…!
春を心待ちにする気持ちが日に日に大きくなっていきますが、2月は2月で恵方巻やらバレンタインやら・・・おいしいものを食べる機会があっていいですよね!(毎月似たようなことを思っている気がしますが(笑))

さて、前回に引き続き、今回も軍民転換された技術についてお話ししていきたいと思います。
前回は該当の技術としてインターネットをご紹介したので、コンピュータ、携帯電話、GPSはどのように軍民転換されたのか?についてお話ししていきます。

コンピュータ



コンピュータは、ジョン・モークリー氏とジョン・プレスパー・エッカート氏が設計し、1946年に公開した真空管計算機「ENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)」が起源だといわれています。(純粋に世界で初めて作られた電子計算機は1942年に誕生した「アタナソフ&ベリー・コンピュータ(通称ABC)」のようですが、汎用コンピュータという意味ではENIACが起源にあたるようです。)

ENIACはミサイルなどの弾道計算を目的として作られ、その性能としては1秒間に5000回の計算ができたといいます。ただ完成したのは第二次世界大戦終戦後のため、実際には当初の目的を果たす形で日の目を見ることはなく、水爆実験の分析等に用いられていたようです。ENIACの大きさとしては全長30m、高さ2.4m、奥行き0.9m、総重量27トン。一方でENIACよりも少し早い1944年に誕生していたアメリカ初の電子計算機「Harvard Mark I」は全長16m、高さ2.4m、奥行き約0.6m、重量は約4.5トンなので、かなり大きな装置だったといえます。しかしHarvard Mark Iは1秒間に3回の足し算もしくは引き算ができる性能だったとのことなので、その性能差は一目瞭然。こうして見ると、ENIACの誕生は当時としては革命的なものだったのではないでしょうか。

とはいえこれらはまだプログラム内蔵方式のコンピュータではなかったようで、①プログラム内蔵方式②逐次処理方式であるノイマン型のコンピュータとして世界に初めて誕生したのは「SSEM(Manchester Small-Scale Experimental Machine)」、実用的なノイマン型のコンピュータとしての世界初は「EDSAC(Electronic Delay Storage Automatic Calculator)」だそうです。ジョン・モークリー氏はEDSACの開発にも関わっており、ケンブリッジ大学の数学研究所のチームと作成したとのことでした。
SSEMは1948年、EDSACは1949年に誕生しているので、ABCの誕生から考えても凄い早さで技術が進歩していっているのが見えますね。。

コンピュータに関しても、日本での誕生時期について少し調べてみました。
日本でのコンピュータの研究開発は第二次世界大戦終戦後に開始しています。時期を鑑みると、ENIACの誕生を受けて、それに倣う形で研究開発がスタートしたという形のようです。開発を始めたのは大阪大学、東京大学、そして富士写真フイルム株式会社(現:富士フイルム株式会社)で、日本最初のコンピュータとなったのは富士写真フイルム株式会社が開発した「FUJIC」でした。FUJIC完成は1959年となっています。

携帯電話

普段スマホスマホ言っているので携帯電話なんて文字を打つのは久々です・・・(笑)



携帯電話の前身となっているのは、第二次世界大戦中の1940年にアメリカ陸軍が使用するために開発された「背負い式送受信機SCR-300(愛称:ウォーキートーキー)」で、モトローラ社の前身であるガルビン社が製造しました。そしてウォーキートーキーがこの世に生まれてから約30年後の1973年に、モトローラ社のエンジニアであったマーティン・クーパー氏により作られたのが世界初の携帯電話です。

それを元に商用携帯電話「DynaTAC 8000X」が開発されたのは、さらに10年後のことでした。

ちなみに日本で初めて携帯電話(自動車以外でも使用可能なもの)が生み出されたのは1985年。NTTが作ったショルダーホン100型がそれにあたります。そして1987年に完全に自動車の外での使用を想定された携帯電話が生まれたそうです。
そのため、正確に言うと1987年に生まれたものが携帯電話、でそれ以前のものは自動車携帯という分類だったようです。

グローバル・ポジショニング・システム(GPS)



グローバル・ポジショニング・システム、日本語では全地球測位システムとも訳されるGPSは、核兵器を搭載している戦略爆撃機や大型の大陸間弾道ミサイルを誘導するためのシステムを作るべくアメリカ軍の中で開発が進められました。


そもそも世界初の衛星航法システムがアメリカで開発されるまでには、当時のソ連(現在のロシア)が世界で初めて打ち上げた人工衛星である「スプートニク1号」の存在があったようです。打ち上げられたのが1957年ということは、当時のソ連とアメリカは冷戦の真っ只中。そんな対立関係にある中で自国の上を他国が開発したものが何度も何度も通過するわけですから、先の大戦でアメリカが日本に対して行った核爆弾の投下が想起されたとしても無理はありません。きっとアメリカとしては危機感を抱かざるを得ない状況だったことでしょう。彼らはスプートニク1号の軌道計算を重要課題とし、軌道決定を行っていきました。


そしてその軌道計算を行うまでの過程で、ジョンズ・ホプキンス大学の応用物理学研究所の研究者の方々が気づいた一つの可能性から、「トランシット(Transit)」と名づけられる衛星航法システムの開発が始まったといいます。当時のアメリカ海軍は核ミサイル「ポラリス(Polaris)」を搭載した原子力潜水艦を全世界に展開する計画を進めており、その計画の中で重要な役割を果たす測位システムを求めていました。そしてスプートニク1号の打ち上げから約2年後にトランシットを始めて打ち上げ、翌年の1960年に初の打ち上げ成功に至ったようです。


ここからまたGPSの起源を探る話に戻っていきます。潜水艦の位置をリアルタイムに把握するために生み出されたトランシットとは異なり、航空機やミサイルなどの誘導のためには3次元的な位置の把握が必要不可欠でした。(トランシットはあくまで2次元的な座標の把握のみだったようです。)そこで、1963年にエアロスペース社が3次元空間での位置の把握を可能にする航法システムとして衛星を利用することを試みる研究を始めたそうです。アメリカ空軍からも支援されたこの研究は「621B」と呼ばれ、のちのGPSの概念に結びついてくる重要なプロジェクトとなりました。


ただし理論の実現のためにはいくつか困難なことがあり、長きにわたる研究開発や実験の末、GPSとして正式に運用が始まったのは1993年のことでした。

前回、今回と軍民転換された技術のご紹介が中心でしたが、次回は軍民転換されたIT技術を調べてみて私が感じたことを書き連ねていきたいと思います。
次回もご覧いただけるとうれしいです!

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