こんにちは!株式会社ギークリー 新卒採用です。
今回は、東京外国語大学を卒業後、大手コンサルや商社という選択肢がありながらも「若手からの裁量権」を求めてギークリーへ入社し、入社3年目でグループマネージャー(GM)へと登り詰めたバトラー巴奈さんのインタビューをお届けします。
幼少期からの多文化な環境、外見だけで自分のことを判断された違和感や、あえてサバイバル環境に身を置くことで培ったタフな精神力。「世間の目」に甘んじることなく、自分の力で人生の舵を取るバトラーさんの思考と本音に迫ります!
「一番でありたい」幼少期から培われた価値観
|まずは、自己紹介と学生時代のお話をお願いします。
はじめまして。バトラー巴奈と申します。イギリス人の父と、音楽関係の仕事をする日本人の母のもと、東京都練馬区で生まれ育ちました。小学校はインターナショナルスクールに通い、幼い頃から多様な国籍の友人に囲まれた環境でした。母の影響でピアノやバレエ、水泳、合唱団など様々な習い事に打ち込んでいました。
中学校は中高一貫校を受験して進学しました。校則がなく個性を尊重する自由な校風だったので、友人とは英語、授業は日本語というバイリンガルな環境で過ごしていましたね。
ただ、幼い頃から、外見だけで「こういう人だろう」と判断されたり、双子の妹と比べられたりすることが多くありました。自分自身のことを知らないのに、見た目や属性だけで評価されることには、どこか違和感があったんです。
だからこそ、勉強でも学校行事でも、自分が努力して得た結果で評価されることには大きな喜びがありました。「自分が何をしたかで、自分の価値を示したい」という感覚は、この頃から強かったと思います。
でも誰かを蹴落とすとかは全く好きじゃなくて、不得意な子には自ら率先して教えてあげていました。自分の出来ることは本気でやる、出来ないことは得意な子にお願いするって感じで、自分の輝く場所を見つけるのが得意でしたね。
|今のバトラーさんがその時から培われていることに納得しました。その後はどのように過ごしてたんですか?
その時から自分の得意・不得意を見極めることは比較的得意だったので大学受験では自分の得意な部分がダイレクトに活かせる大学を選びました。余談ですが実は小学校から憧れていた学校だったので合格したときはすごく嬉しかったんです。
大学ではドイツ語を専攻し、ゼミでは中世ヨーロッパ史をメインで扱い、約12万字の卒業論文を執筆しました。今思えば途方もないボリュームでしたが、物事を極限まで調べ上げ、最後までやり切る強靭な粘り強さがその時に身につきましたね。
また、在学中は家庭教師のアルバイトと並行して、モデル事務所にも所属していました。有名アパレルのモデルやTVCMに出演させていただいたのですが、オーディションの合格率は10回受けて1回合格するかどうかという過酷な世界で…。落ち続けることが当たり前の環境でしたが、「不合格でも引きずらず、すぐに原因を分析して次に挑む」というタフな切り替えの早さと持ち前のメンタルも更に鍛えられました。
大手ブランド志向からの脱却「自分の実力で評価される環境」を求めて
|就職活動は、どのような企業を見ていたのでしょうか?
当初は自分のバックグラウンドや英語力をそのまま活かせるイメージから、総合コンサルティングファームや総合商社を中心に選考を受けていました。「有名な大手企業に入っておけば間違いないだろう」という、ブランド志向や安全志向が少なからずあったと思います。
しかし、選考が進むにつれて違和感が大きくなっていきました。大手企業のネームバリューや「英語を使えるか」という表面的な条件は、自分が本当に望んでいる「就活軸」とは一致しなかったんです。
|ご自身が本当に望んでいた「就活軸」とは何だったのでしょうか?
自分自身と徹底的に向き合った時に浮き彫りになった軸は2つでした。
1つ目は「年功序列ではなく、年齢や社歴に関わらず、上げた成果や努力が正当に評価される環境であること」です。幼少期から培われた価値観から、表面的な部分ではなく自分の力でつかみ取った努力や実績を出した人が正当に評価される文化の方が私にとってずっと自然で、納得感があったんです。
2つ目は「自分の限界まで、本気で仕事に向き合える環境であること」です。学生時代、受験や学業でそれなりの成果は出してきましたが、どこか「自分の限界まで努力しきった」という実感が持てずにいました。だからこそ社会人という新しいステージでは、ぬるま湯に浸かるのではなく、一度本気で何かに立ち向かい、「自分がどこまで成長できるのか」を試したかったんです。
|そこからなぜ人材業界を選ばれたのでしょうか?
「若手のうちから打席に立ち、成果をダイレクトに求められる環境」を考えた時、お客様と最前線で直接向き合いながら自分の腕を磨ける人材業界に魅力を感じました。
最終的に人材業界を選んだ理由は、「個人の人生やキャリアという、もっとも本質的な選択に深く関われるから」です。単にモノを売るのではなく、人の価値観や挑戦に介在し、介在価値がダイレクトに試される人材の世界なら、ごまかしの利かない「本物の実力」が身につく確信がありました。さらに、人のキャリア支援を通じて自分自身のキャリア観も研ぎ澄ますことが出来る点に強い魅力を感じたんです。
|そこから最終的にギークリーを選んだ決定打は何だったのでしょうか?
就活軸である「正当な評価制度」と「成長の機会」が、どの企業よりも圧倒的だったからです。
ギークリーの評価制度は非常にクリアで、社歴や年齢、過去の経歴は一切関係ありません。「結果を出した人間が正当に引き上げられる」という明確な評価思想があり、若手にもどんどん大きな役割を与えるカルチャーが根付いていました。
そして最大の決定打となったのは、「選考で出会った人事や現場社員の方々が、一人の学生ではなく一個人として私に徹底的に向き合ってくれたこと」です。
多くの企業が自社の良い面ばかりをアピールする中で、ギークリーの社員は仕事の面白さや達成感だけでなく、求められる目標基準の高さや、泥臭くやり抜くことの厳しさまで包み隠さず正直に話してくれました。「厳しいけれど、ここなら表面的ではなく、自分を本気で鍛え直せる。自分で自分のキャリアを切り開いていける!」と確信できたことが、他の内定を蹴って入社を決意した理由です。
「ゼロからイチを作る面白さ」
|入社後、成果主義の環境に入ってみてどうでしたか?
実をいうと、入社当初は強烈な焦りを感じていました。成果主義であることは覚悟していましたが、初期の研修で「周囲の仕事に対する基準の圧倒的な高さ」に驚き、「このままでは一瞬で置いていかれる」と毎日焦りに駆られていました。
ですが、ただ基準が高いだけでなく「成長を本気で支える仕組みとその文化を根強く体現している風土」があったんです。躓いていると上司だけでなくチーム全体で向き合ってくれて、実力主義の中にも温かさがありました。
その風土のおかげで焦りが挑戦意欲に変わっていったんです。まずは目の前の仕事で結果を出すことにこだわり、自分から手を挙げて挑戦することを続け、それが評価され1年目から責任ある業務を次々と任せてもらえました。最初から完璧にできたわけではありませんが、自分で考え抜き、打席に立ち続けることで成果が出せるようになり、自分の成長が目に見えて分かっていきました。
|そこからのキャリアステップについて教えてください。
まず、書類回収グループという組織に配属されました。面談をした求職者の方の履歴書、職務経歴書を作るグループです。実はこの組織は当時、発足したての組織で、自分の裁量権を思う存分発揮できたんですね。
自分の業務だけではなく、周囲の状況を見ながら、今何を優先すべきかを考えて動いていたこともあり、1年目の秋という早いタイミングで中途社員の育成担当(メンター)に抜擢していただきました。
当時は手探りな部分ばかりでしたが、真剣に向き合って教えたメンバーが少しずつ成果を出せるようになり、顔つきが変わっていく姿を間近で見られたことに今までにない大きな感動とやりがいを覚えました。
その後は「自分の成長だけではなく組織のために何ができるか」を常に考えながら成果を積み重ね、入社2年目でチームマネージャー(TM)、そして3年目には最速でグループマネージャー(GM)へと昇格することができました。20代半ばという若さでこれほど大きな規模の組織運営や業務改善を主導させていただける経験は、年功序列の大手企業にいては絶対に手に入らなかったと感じています。年次や前職に関係なく、手を挙げた人や成果を出した人に多くの挑戦の機会を用意してくれることこそが弊社の魅力でもあると思ってます。
|入社して間もないのにチームマネジメントや組織運営にも携わっていたんですね。
そうなんです。それまでは、まだ仕組みが整っていない環境で、自分なりに考えて形にしていくことには手応えを感じていました。ですが、それが組織、会社単位となったときに、これまでの「感覚的な育成」が完全に破綻したことがあったんです。
チームマネージャーになった当初、組織がまだ小さかったこともあり、異動してきたメンバーの育成はかなり属人的なものでした。明確な育成スケジュールや研修資料がなくて、私の経験や感覚で一人ひとりをフォローし、なんとか成立させていたんです。
ですが、2025年に一気に新人が8名ほど増えたことで状況が一変しました。人によって元々持っている知識量も仕事の習熟度も全く異なる中で、「誰がどこまで理解できていて、何につまずいているのか」を私自身が把握しきれなくなってしまって…これまでと同じやり方では完全に手が回らなくなり、「どう立て直せばいいのかわからない」という猛烈な焦りに追われてしまう日々でした。
とはいえ、どんなに焦っても育成を止めるわけにはいきません。「感覚に頼る自分」を一度捨て、育成スケジュールを一から徹底的に設計し直すことを決めました。どこでつまずきやすいのかを言語化し、研修資料も全面的に見直して、誰が育成を担当しても一定の基準でメンバーを成長させられるよう、進捗状況を可視化する仕組みを一つ一つ構築していったんです。
その結果、私以外のメンバーでも高品質な育成ができるようになり、毎年配属される新人の研修にもそのまま活用できる強力な仕組みを完成させることができました。自分一人の感覚やプレーに頼るのではなく、「組織が大きくなるほど、誰でも再現できる仕組みに落とし込むことがマネジメントの本質である」という大きな気づきを得た、大切な失敗経験です。
|弊社の仕組化にもバトラーさんは大きく携わっているんですね。
今振り返ると、若いうちから育成や業務改善、組織マネジメントまで、幅広い経験を積ませてもらったと思います。小さいころから自分の努力で切り開いていくことにやりがいを持っていたので、それが今最大限に活きていますね。
「自分が選んだ道を、自らの手で正解にする」
|今年の9月から新卒採用のグループマネージャーに着任されたバトラーさん。
最後に、就活生へメッセージをお願いします!
就職活動中、社会人として働く自分の姿を100%具体的にイメージするのは難しいと思います。「周りの目」や「大手・有名企業」というブランドに心が揺れることもあるはずです。
でも、一度立ち止まって「自分はどんな環境なら本気になれるのか」「どんな評価軸で生きていきたいのか」という本質的な価値観に立ち返ってみてください。世間の評価ではなく、自分の価値観に合う環境を選んだからこそ、私は20代前半でグループマネージャーという責任ある立場を任せていただけるまでに成長できました。
私の大切にしている言葉は、「自分が選んだ道を、自分の努力で正解にする」です。
どこを選ぶか以上に、選んだ場所でどう立ち回り、どう自らのキャリアを切り開いていくかが重要です。「若いうちから圧倒的な経験を積みたい」「正当な環境で自分の牙を研ぎたい」と願うなら、ギークリーにはその挑戦を絶対に無駄にしない環境と最高の仲間が待っています。皆さんと一緒に働ける日を楽しみにしています!
あなたの“成長したい”想いを、ぜひ当社に届けてください。