ベテランの「すごさ」は、なぜ伝わらないのか。ー暗黙知の言語化という、終わらない挑戦
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目次
25年選手の技術は、本当にすごい
「できる人」と「教えられる人」は、別の人である
マニュアルをつくれば解決する、という誤解
私たちが言語化しているのは、「手順」ではなく「判断基準」
暗黙知は、どこまで言語化されるべきなのか
ベテランの暗黙知を、会社の「資産」に変える
25年選手の技術は、本当にすごい
当社には、この道25年を超えるベテランの職人が数名います。
彼らの清掃のスキルと知識は、文字通り群を抜いています。汚れを一目見て性質を見抜き、素材との相性を読み、どの洗剤をどう使えば落ちるかを判断する。前回お話しした御影石の現場のように、「落ちるかどうか誰にもわからない」汚れを前にしても、試行と検証を重ねて最後には仕上げてしまう。その背中には、長い年月でしか積み上がらない確かなものがあります。
↑↑ 勤続27年の木川。ダイヤモンド研磨をはじめとした特殊メンテナンスのプロ。
——けれど、ここで私たちはひとつの厄介な問いにぶつかります。
「できる人」と「教えられる人」は、別の人である
清掃のスキルや知識があること。それは、間違いなくプロフェッショナルの条件です。
でも、その技術を「教える」ことは、まったく別の能力です。
優れた職人ほど、判断が速く、無意識です。「なぜそうしたのか」と問われても、「見ればわかる」「長年やってればわかる」としか言えないことが少なくない。本人の中では完璧に体系化されているのに、それが本人の外に出てこない。
これは個人の問題ではありません。多くの会社が、この同じ壁の前で立ち止まっています。「ベテランの暗黙知を、社内の多くのスタッフに広く浸透させる」——これが、業界全体がいまだに解けずにいる、最も根の深い課題です。
マニュアルをつくれば解決する、という誤解
「だったらマニュアル化すればいい」。多くの人がそう考えます。
確かに、作業手順のマニュアル化はしやすい。「ここを、この道具で、この順番で拭く」。手順は書き起こせます。そして、それを配布すれば品質が揃う——ように見える。
ところが、ここに落とし穴があります。
手順を渡すと、人はその手順「でしか」やらなくなるのです。そして結果的に、ベテランと同じ品質は、決して維持できない。
なぜか。理由はシンプルです。
「毎日清掃する場所が決まっている」ということは、「毎日清掃しない場所がある」ということと、まったく同じ意味だからです。
手順書は、書かれた場所しか守りません。書かれていない場所、その日たまたま汚れた場所、想定外の事態——そこに手は伸びない。手順を忠実に守るほど、現場は「決められたことだけをやる現場」になっていく。ベテランが当たり前にやっていた“目の前の状態に応じた判断”が、すっぽり抜け落ちるのです。
私たちが言語化しているのは、「手順」ではなく「判断基準」
では、どうするか。
私たちが取り組んでいるのは、手順の言語化ではありません。行動の「判断基準」の言語化です。
その中核にある考え方を、ひとつ紹介します。
清掃とは、“同じことをやる仕事”ではなく、“同じ状態を維持する仕事”である。
これは、私たちの現場を貫く基準のひとつです。
毎日、同じ作業を繰り返してはいけない。なぜなら、汚れ方は毎日違うからです。毎日「同じ状態」をつくり出すためには、作業そのものは変え続けなければならない。昨日と同じ手順をなぞることは、昨日と同じ“状態”を保つこととは、むしろ反対のことなのです。
目的は統一する。方法は、臨機応変に変える。——この一文を共有できているかどうかで、現場の質は決定的に変わります。
暗黙知は、どこまで言語化されるべきなのか
ここで、本題に戻ります。ベテランの暗黙知は、どこまで言語化されるべきなのか。
私たちの答えは、こうです。「作業」は言語化しきろうとしなくていい。けれど「判断基準」は、徹底して言語化する。
職人の頭の中にある、超優秀な判断のOS——どこを見るか、何を基準に良し悪しを決めるか、どこまでやってどこでやめるか。その“考え方”さえ共有できれば、具体的な作業はスタッフ一人ひとりが状況に応じて組み立てられるようになります。手順を渡すのではなく、判断の軸を渡す。そうして初めて、ベテランの「すごさ」は、一人の中から現場全体へと広がっていきます。
もちろん、これは簡単ではありません。感覚を言葉にする作業は、地道で、終わりがない。けれど、ベテランの技術を“その人一代”で終わらせないために、私たちはこの言語化をやり続けています。
そしてそれは、いつか引退していく職人たちへの、私たちなりの敬意の形でもあるのです。
ベテランの暗黙知を、会社の「資産」に変える
最後に、私たちがこの言語化を続ける、もうひとつの理由をお話しします。
ベテランの頭の中にある判断基準は、いま、その人個人の中にしか存在しません。これは、見方を変えれば**「その人が辞めた瞬間に、丸ごと失われる」**ということです。25年かけて積み上げた知恵が、退職と同時にゼロに戻る。多くの会社が、これを当たり前のこととして繰り返してきました。
私たちは、それを「もったいない」では済ませたくない。
職人の暗黙知を判断基準として言語化し、現場に展開する。それは、個人の中にあった技術を、会社の「資産」へと変換する作業です。一度言語化された判断基準は、消えません。新しいスタッフに受け継がれ、現場で磨かれ、次の世代の基準として積み上がっていく。属人的な「すごさ」が、組織の「再現できる力」に変わる。
これは、ベテランの価値を奪うことではありません。むしろ逆です。彼らが一代で培ったものを、その人一代で終わらせず、会社の歴史として残していく。職人の技術に、時間を超えて生き続ける形を与えること。それが、暗黙知を資産に変えるということの本当の意味だと、私たちは考えています。
すごい人がいる会社で終わるのか。すごさが受け継がれていく会社になるのか。——私たちは、後者を選びます。