栃木県小山市出身の関さんは、現在、隠岐汽船 フェリーくにがの甲板部として働いています。
入社は2025年9月。隠岐諸島・西ノ島での暮らしは3年目になります。
隠岐に親戚や知人がいたわけではありません。
移住のきっかけは、意外にもオンラインゲームでの出会いでした。
縁もゆかりもない島へのIターン。
その一歩が、今の暮らしにつながっています。
<プロフィール>
関 隆弘(せき たかひろ)
出身:栃木県小山市
社歴:2025年9月入社
所属:フェリーくにが 甲板部
趣味:ピザ作り、ゲーム
東京の営業マンから、海の世界へ
高校卒業後、関さんは東京で営業職として働いていました。
電気代理店や太陽光関連の会社で、BtoB・BtoC双方を経験。
新規の飛び込み営業も担当し、3〜4年、都会で働き続けました。
数字を追いかける毎日の中で、「このままでいいのだろうか」という思いもあったといいます。
そんなとき、オンラインゲームで知り合った方が漁師をしていることを知りました。
話を聞くうちに、「海の仕事で稼いでみたい」という気持ちが芽生えます。
漁師は厳しい仕事というイメージもあります。
一方で、実力次第では大きく稼げる世界でもあります。
東京で開催された漁師フェアに参加し、そのまま隠岐にある西ノ島へ。
こうして関さんのIターン生活が始まりました。
Iターンで始まった漁師生活
西ノ島での生活は、決して簡単ではありません。
夜中に出港し、早朝に戻る。
体力も必要で、天候にも左右されます。
それでも関さんは「それなりにうまくいっていました」と振り返ります。
島での暮らしにも徐々に慣れ、やがて結婚。家庭を築きました。
奥様の影響でピザ作りが趣味になり、自宅にはピザ釜もあります。
挑戦の場だった島は、いつの間にか「暮らす場所」に変わっていました。
生活リズムを変えたいという思い
漁師として順調に働いていた関さんですが、ひとつ課題がありました。
夜中中心の生活リズムです。
「日中に働く仕事ができないだろうか」
そう考えていたとき、西ノ島役場から隠岐汽船の仕事を紹介されました。
同じ海の仕事でも、フェリーは島の生活を支える公共交通です。
観光だけではありません。
通院、通学、物流、帰省。
島の暮らしそのものを支えています。
Iターンで島に来た自分も、この船に支えられてきた一人。
その側に立ちたいと思い、2025年9月に隠岐汽船へ入社しました。
甲板部として働くということ
現在はフェリーくにがに乗船しています。
車両の積み込み作業、航海当直、港での係船作業などを担当。
港ではロープを扱い、船を安全に着岸させます。
航海中は持ち場を守り、安全確認を行います。
大型船を動かす現場の一員としての責任は大きい。
「大型客船の操縦全般に携われていることがやりがいです。島にとってなくてはならない船を動かしている実感があります」
漁師とはまた違う形で、海と向き合う日々が続いています。
Iターンでも働きやすい環境
甲板部の雰囲気について尋ねると、「明るい人が多いです」と話します。
分からないことがあれば、誰にでも聞きやすい環境です。
船はチームで動かす仕事であり、一人で完結するものではありません。
Iターンで入社しても、きちんと教えてもらえる。
それは、島外出身者にとって大きな安心材料です。
現在は海技免状(航海士)の国家資格取得を目指して勉強中。
まずは筆記試験に挑戦し、乗船履歴を積みながらステップアップを目指しています。
Iターンで入社しても、ここからキャリアを築いていくことができます。
その姿を、関さん自身が体現しています。
営業から漁師へ。
漁師からフェリー甲板部へ。
関さんのキャリアは一直線ではありません。
しかし、すべての選択に共通しているのは「海」です。
縁がなくても、最初は知り合いがいなくても、
一歩踏み出せば暮らしはつくっていけます。
今、関さんは隠岐で家族と暮らしながら、島の航路を支えています。
Iターンで海と生きる。
その選択肢は、決して特別なものではありません。