【代表インタビュー#01】今だから語れる、過去の大失敗とそこから得た教訓 | 株式会社クウゼン
こんにちは!株式会社クウゼン広報PR部です! 私たちは現在、LINEを活用したマーケティングDXを推進し、業務委託も含めると130名規模の組織へと急成長を続けています。この記事は、クウゼンのno...
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こんにちは!クウゼン広報PR部です😊
スタートアップならではの会社経営の裏話や代表太田一押しのテーマについて不定期で発信している社長コラムの第2弾。「大失敗から学んだリアルな教訓」の後編になります。
まだ前編を読まれていない方はこちらからどうぞ☟
この記事は、noteで公開している内容をWantedlyの読者の皆様に向けてリライトしてお届けしています。
前編では、前職時代に思い立って海外に飛び立ち、起業をスタートするところから展示会での出会いについての話を取り上げました。今回は、その続きとなります。タイトルからもお分かりの通り、一筋縄では行かなかったようです・・・
それでは、どうぞ!
香港からECサイト用の写真撮影システムを輸入して日本で販売するビジネスを始めたは良いものの、ハードウェアビジネスのオペレーションは想像を絶する過酷さでした。
製品をできるだけ少ないコストで日本に持ってくるためには、船舶という手段しかありませんでした。香港から日本は、飛行機なら5時間で到着してしまう距離ですが、船となると数週間は見込まなくてはなりません。
そして、商品を受け取るためには東京港に倉庫を借りる必要があります。そこで積み下ろしされた荷物を荷ほどきし、販売先ごとに仕分けし、宅配業者を手配して受け渡す・・・といった作業が必要になります。日本に届いてからが、本当に大変だったのをよく覚えています。
更に、自分が倉庫で働くなんて全くの未経験のド素人だったのでめちゃくちゃ時間がかかりました。商品によっては10kg程度の重量があり、一つずつ暗い倉庫の隅っこで仕分け作業を行う作業は、本当に気が遠くなる作業でした。
特に冬場の港の倉庫はとんでもなく寒く、一人で仕分けをしながら非常に孤独を感じたことを覚えています。投資銀行時代には全く想像もしていなかった世界でした。
悪い知らせです。
何度か利用させてもらっていた倉庫業者からある日値上げの要求がやって来ました。仕方なく、一旦自分の自宅を荷物の引き取り場所として指定することにしました。しかし、あまりにこのことを楽観的に捉えすぎていたため自宅が商品で一時埋まってしまうという事態に陥り、家族に相当迷惑をかけてしまいました・・・
(Geminiによる、「家が段ボールで埋め尽くされている」の図)
もっと大変だったのは、販売した後のことです。ある日、群馬県のクライアントから電話がかかってきました。
「撮影テントの一部に黒い斑点があるから交換してほしい。」
レフ版を兼ねたテントはそもそも写真を撮る際のフラッシュを反射させる役割なので、小さな斑点があろうとそれが写真に写ることはないんです。しかし先方はどうしてもその斑点が気になるので交換してもらわないと困る、ということでした。
「苦労して輸入して実際の写真には何の影響もないのに交換だなんて・・・」と浅はかだった僕は、結果的にクライアントと電話越しにケンカしました(笑)
皆さんもお気づきかとは思いますが、日本の企業のクオリティに対するこだわりはとんでもなく高いです。一方で、外国ではそうではなく、香港のメーカーに何度掛け合っても「そんなクレーム聞いたことない」と相手にされませんでした。
こうした国内クライアントと国外メーカーとの間での板挟みには、とても苦労しました。
ビジネスは競争です。定石なんてないんです。ビジネスは甘くありません。何度か展示会出展で販売を試みましたがだんだんと引き合いが少なくなってきました。Webサイトを作ってみたり、カタログ販売を模索したり、小売店に取り扱いを交渉したり色々な手をつくしていました。
売れなくなると不安になるのは自分だけではありません。香港の製造メーカーが声をかけてきます。個人で数百万円程度の在庫を抱え込み、何とか独占交渉権自体は維持することができましたが、「次はいつ大型の展示会に出すのか?いつ輸入のオーダーを出すのか?」という連絡が頻繁にやってくるようになりました。
しかし、何といっても一番の問題は自分の情熱でした。
自分の中で言い訳を見つけるようになってきたのです。自分が作った商品ではないし、自分が知っている業界でもないし、そもそも写真撮影への興味なんてそんなに高くないし…。どんな商品であっても執念で販売する、という商売に対する情熱が薄れてきてしまいました。
モチベーションが下がり、言い訳を探し始めた瞬間、メーカーとのコミュニケーションの頻度とマインドシェアは低下しました。Y Combinatorのポール・グラハムは言っています。
「キーを打ち続ける起業家が死ぬことは滅多にない。何らかの言い訳を抱えた起業家が諦めていくのだ」と。当時の僕は、まさにそれでした。
とにかく辛かったのは、個人起業だったので上記は全て自分1人で行ったことです。(展示会出展には友人の協力を得ることができ非常に助かりました)
常に自分につきまとっていたのは、「孤独」というこの一点でした。
自分しか頼れる人がいない状況で、「なんのために頑張っているんだろう」という感覚が徐々に強まっているのを実感しました。この1回目の失敗で、僕は500万円ほどの金銭的な損失を出してしまいました。それ以上に、精神的な限界を知りました。だからこそ、2016年にクウゼンを創業した際は、以下の3つを経営の軸に据えました。
僕のしくじり話はいかがでしたでしょうか? 2026年、130名になった仲間たちと見ている景色は、13年前の孤独な倉庫とは全く別物です。しかし、あの時の悔しさや泥臭い経験がなければ、今の僕もクウゼンも存在しません。この経験を糧にクウゼンの事業をますます成長させていくことはもちろん、僕自身もシリアルアントレプレナーとして失敗経験を活かし、ますます頑張っていきたいと思います!
「失敗を恐れず、本質的な挑戦をしたい」 「泥臭い試行錯誤の先に、世界を変えるプロダクトを作りたい」
そんな想いを持つ方と、ぜひカジュアルにお話ししたいです。あなたの「これまでの挑戦」も、ぜひ聞かせてください!