こんにちは!
株式会社フォーエス採用担当の澤野 実花子です。
今回は、株式会社フォーエス代表取締役の
和泉武志さんにインタビューをさせていただきました。
創業28年目を迎えた今もなお、技術への情熱と人への想いを持ち続ける和泉さん。
その歩みと、フォーエスに込めた想いに迫ります。
目次
フリーターから創業へ|和泉社長のリアルな軌跡
プロフィール
和泉社長のキャリアストーリー
後輩は全国チャンピオン|店長時代から始まるIT物語
誰よりも早く飛び込む
惜しまれる離任を信条に
まさかのタイミングで起業!?
フォーエスを支える「何でも屋」
バックオフィスから最前線まで
挑戦に寄り添う会社
最後に
人事から
フリーターから創業へ|和泉社長のリアルな軌跡
プロフィール
名前:和泉 武志(いずみ たけし)
役職:株式会社フォーエス 代表取締役
趣味:テニス
和泉社長のキャリアストーリー
1965年、新潟県生まれ。
長岡高専を卒業後、大学を中退し、フリーター期間を経て中小ソフトハウスへ入社しました。
その後、フリーランスとして独立し、さまざまなプロジェクトでシステムエンジニアやプロジェクトリーダーとして経験を積み重ねます。
1998年、有限会社エー・アイ・ソフトウェアを設立し、2003年には現在の株式会社フォーエスへ組織変更をいたしました。
後輩は全国チャンピオン|店長時代から始まるIT物語
社会人としてのスタートは、スナックの雇われ店長を3年弱、ビリヤードの店員を3年弱していました。ちなみに、この時の後輩は後に全国大会のチャンピオンになります笑。
しかし「このまま働いても、どこにも行きつかない」「親を泣かしてしまう」と感じ、25歳で夜の仕事から昼の世界へ転身することを決意しました。
そこで出会ったのが、エンジニアという仕事です。
プログラマからキャリアをスタートし、とにかく必死に働きSE、PMと経験を積んだ後に、30歳からフリーランスとして3年半活動しました。
フリーランス時代はとにかく「未経験の領域」に積極的に飛び込みました。
当時(1996年)、登場したばかりのJava言語や、プロジェクトマネジメント領域にも積極的に関わり、お金では買えない「知識」と「経験」を得る期間になりました。
誰よりも早く飛び込む
ビッグデータのプラットフォームが登場する以前から研究開発に着手し、アンドロイド端末が市場に出る前の段階で開発に取り組んできました。
また、AWSや生成AIがまだ世の中に浸透し始めたばかりの頃から活用を進め、時代の変化に合わせて常に新しい技術へ挑戦し続けています。
惜しまれる離任を信条に
フリーランス時代に意識していたことがあります。
「プロジェクトを離任するときは、絶対に惜しまれるようにしよう」
この姿勢が、後の信頼関係の基盤になっていきました。
まさかのタイミングで起業!?
その後、会社を起業します。
しかし、そのタイミングが...なんと妻が臨月のときだったんです。
後から考えると、怒られても仕方ないタイミングだったなと思います。
澤野:「この話が気になる方は、ぜひ直接聞いてください!」
根底にあるのは「プログラミングが大好き」
プログラミングが好きで、のめり込んで仕事に打ち込んでいました。
しかし気づけば、プロジェクトマネジメント、そして企業のマネジメントと、プログラミングから離れてきてしまいました笑。
フォーエスを支える「何でも屋」
バックオフィスから最前線まで
会社経営全般ですね。
会社経営の舵取りだけでなく、財務管理、営業活動、現場管理支援等々まで、要は何でも屋のような仕事をしています。
澤野:「謙遜して話していますが、その言葉の裏には、社員一人ひとりが良い仕事に集中できるよう、バックアップしていきたいという強い想いが伺えます。」
挑戦に寄り添う会社
フォーエスを一言で表すと
「社員に能動性を促して寄り添う会社」
澤野:「和泉さんがフォーエスを表現するのに選んだ言葉です。
社員一人ひとりの個性や意欲を尊重し、挑戦を支える文化があるのがフォーエスの特長。
ミスを恐れず、まずはやってみる。その中で成長していけるよう、経営層が常に見守っています。」
最後に
私は今でもソフトウェア開発の現場が好きなことは変わらないので、同じように技術が好きな方と一緒に仕事できたらと願っています。
人事から
フォーエスは、創業から28年。
時代の変化に合わせて成長を続けながらも、『人と技術』を何よりも大切にしてきました。代表の和泉さんの言葉には、その信念と情熱が詰まっています。
株式会社フォーエス 採用担当
澤野