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CEOインタビュー|「I don’t have visa.」から始まった、代表、栗山の18歳、アメリカ サバイバル記。
目次
1. 「できるわけないじゃん」から始まった留学計画
2. 渡米初日、「I don’t have visa.」からの4時間拘束
3. サッカーとクセ強ルームメイトが教えてくれたこと
4. サブウェイとハンバーガー、アメリカの“味”
5. 世界から見た「日本」と、留学を経ての価値観
今回は、CEO 栗山の大学時代(アメリカ留学)についてインタビューを行いました。
入国審査で大ピンチを迎えたり、サッカーをきっかけに交友関係が広がったり、クセ強なルームメイトとの寮生活まで。
留学時代のエピソードを辿りながら、いまの栗山を形づくる「原点」を追いかけていきます。
1. 「できるわけないじゃん」から始まった留学計画
── 18歳で渡米した時、一番最初に感じたことは? 周囲の反応はどうでしたか?
18歳で「アメリカに行こう」と決めたというより、高校1年生の頃にはもう留学しようと決めていて。
最初は、周りの反応は「はいはい、言ってるだけでしょ」みたいな感じでした。
でも高校2〜3年生になって、受験の空気が本格的になった頃に、
「え、あいつ本当に海外行くらしいぞ」ってなって。そこから一気に反対モードになりました。
クラスメイトもそうだし、親や先生も含めて、けっこうな割合で
「行けるわけないでしょ。」「何しに行くの?」「まず、英語話せないでしょ?」という反応でしたね。
特に覚えているのが、学年主任の先生に言われた一言で、
「アメリカに行くんでしょ?。何しに行くの?できないでしょ。」ってハッキリ言われたんです。
当時の自分からしたら結構きつい言葉でしたけど、
逆に「見返してやろう」という燃料になった部分もありました。笑
── そもそも、海外大学への興味はどこから来たんですか?
一番大きかったのはYouTubeです。
高校生の頃、海外のVlogを見るのがすごく好きで。
中でも、Casey Neistat(ケイシー・ナイスタット)っていうクリエイターの動画をよく見ていました。
彼の映像やライフスタイルが、シンプルに「かっこいいな」と思ったんです。
前回のインタビューでもお話しさせていただいた、ドリキンさんもその1人です。
とにかく、YouTubeで見た、アメリカの生活への憧れが強かったです。
それで、
「英語を話せたら世界が広がるんじゃないか」
「海外で生活するの、絶対おもしろいだろうな」
っていうのが出発点でした。
深く戦略的に考えていたわけじゃなくて、
「かっこいい」「挑戦するのが面白そう」っていう、かなり直感的な動機でしたね。
2. 渡米初日、「I don’t have visa.」からの4時間拘束
── 英語ができない状態で最初に苦労した授業や課題は?
授業とかよりも前に、入国の時点でいきなりやらかしたんですよ。
ビザって、パスポートに貼ってあるF-1ビザとは別に、I-20っていう紙一枚の就学証明書があるんですけど、パスポートはちゃんと持って行ったのに、このI-20を忘れてアメリカに行ってしまって。
入国審査で何か言われているのはわかるんですけど、英語が全く聞き取れない。
かろうじて「I-20」って単語だけ聞こえてくる、みたいな感じで。
で、英語も喋れないから、とっさに出たのが
「I don’t have visa.」
だったんですよね(笑)。
僕は、『I-20だけ、忘れたんだよ!』って伝えたかったんですけど、その英語力がなくて、、(笑)
向こうからしたら、「学生だと言っているのに、ビザはないと言い切るヤバい日本人」が来た状態で、あっという間に裏に連れていかれました。
その「裏」というのは、ほぼ牢屋みたいなところで。
柵もしっかりあって、携帯も荷物も全部取り上げられて、飲み物も出てこない。
そのとき唯一聞き取れた英単語が
「Return」と「Japan」
で、「あ、俺、日本に送り返されるんだ」と本気で思いました。
そこから約4時間くらい拘束されて、最終的には学校側と連絡がついて身分確認が取れて、なんとか解放されましたが、
「あ、俺の留学これで終わりかも」と本気で思った瞬間でした。18歳のときです。
これが、留学初日に受けた最大の苦労でしたね。
留学生活1日目の栗山
3. サッカーとクセ強ルームメイトが教えてくれたこと
── その後の生活や人間関係づくりは、どうやって切り開いていったんですか?
一番大きかったのは、やっぱりサッカーでした。
寮のルームメイトだったフランス人のマティスもサッカーをやっていて、
二人でよく一緒にサッカーをしに行っていました。
それ以外にも、サンフランシスコ時代はローカルのサッカーチームに所属していて、
英語が全然話せない状態でも、サッカーが少しできたおかげで、
自然と輪の中に入れてもらえた感覚があります。
そこで過ごした時間の中で、プレーしたり雑談したりしながら、
少しずつ英語にも慣れていったなと思います。
── 学生寮での生活で一番驚いたカルチャーギャップは?
一番わかりやすかったのは、
ロシア人ルームメイト・Ivan(アイヴァン)との生活ですね。
まず、ゴミを捨てない。
めちゃくちゃピザを食べるんですけど、その箱をまったく捨てないので、
部屋がどんどんピザの箱と匂いで支配されていくんです。(笑)
それに加えて、ヘッドフォンなしで戦争ゲームをやるんですよ。
こっちが昼寝しているときに、
急に銃声や爆発音が大音量で鳴り響いてきて、それで目が覚める。
日本では
「ゴミを捨てない」「ヘッドフォンなしで大音量ゲーム」は
ほぼありえない文化だと思うんですけど、
彼にとってはそれが普通の日常なんですよね。(笑)
最初は「意味わからん…」と思っていましたけど、
そんな生活にもだんだん慣れてきて、
「自分の常識が世界の常識じゃない」
ということを身体で理解させられた経験でした。
── 他にも、現地で特に仲良くなった友人について教えてください。
たくさんいるんですけど、
中でもニューヨーク時代のルームメイトだった、
韓国人のKiwon(キウォン)とはすごく仲が良かったです。
一緒にサッカーをしたり、マンハッタンに遊びに行ったり、
深夜にUber Eatsでコリアンチキンを頼んで食べたり、
僕が日本のすき焼きを作ってあげたり。
とにかく一緒に過ごした時間が長くて、
穏やかで優しい、めちゃくちゃいいやつでした。
彼が日本に来たときも、福岡から連絡をくれたりして、
今でもSNSベースでつながっている友人の一人ですね。
──どんな1日を過ごしていましたか。
ほんとシンプルで、
朝起きて、学校に行って、帰ってきて遊んで、ご飯食べて、寝る。
基本はそれだけです。
ただ、僕の中では「遊びの時間=英語の勉強時間」でもありました。
友達とずっと喋ったり、サッカーしたり、ビリヤードしたり。
英語の教科書を開いている時間より、
そうやって遊んでいる時間のほうが圧倒的に英語を使っていたし、
結果として、一番身になった時間だったと思います。
サンフランシスコを代表する観光地「PIER 39」
4. サブウェイとハンバーガー、アメリカの“味”
──渡米直後にハマった食べ物・飲み物は?
飲み物で「これ!」っていうのはあまり覚えてないんですけど、
サブウェイとハンバーガーにはどっぷりハマりました。
サブウェイだと、
- パンは イタリアンハーブ&チーズ
- それをトーストしてもらって
- 中身はレタス、ピーマン、オリーブ
- トマトは抜き
この組み合わせは、今でもおすすめできます(笑)。
それとは別に、
サンフランシスコのNoriega Street(ノリエガストリート)にある
「Papa’s Maxx Burger」っていうハンバーガー屋さんがあって、
そこは「人生で一番うまかったご飯は?」と聞かれたら真っ先に出す店です。
本当においしくて、
「これを食べるためだけにまたサンフランシスコ行きたい」と本気で思うレベル。
フレンチフライも含めて、全部美味しいです!
サンフランシスコ市内からは少しな離れてるのですが、バスを乗り継いでまで行く価値のあるお店です!
Papa’s Maxx Burger を食べる日常の風景
5. 世界から見た「日本」と、留学を経ての価値観
── 「日本」について現地の人から言われて印象に残っていることは?
ほぼ全員、
「Where are you from?」って聞かれて、「Japan」って答えると、
「Ohhhh, I love Japan!!」って返ってくるんですよ。
で、「何が好きなの?」って聞くと、急に黙る人もいるんですけど(笑)、
それでも「日本=好き」「日本=尊敬できる国」
というイメージを持っている人がかなり多かったです。
アニメやポップカルチャーの影響もあるし、
「街がきれい」「安全」「行ってみたい」っていう話もよくされました。
少なくとも、
「日本嫌い」と言う人に会ったことは一度もなかったですね。
── 留学前と留学後で、一番変わった価値観は何ですか?
一言で言うと、「毎日戦うのが当たり前になった」ことです。
アメリカにいると、自分のことは自分で主張しないといけないし、
自分のお金も、自分の生活も全部自分でやりくりしないといけない。
親もいないし、守ってくれる先生もいない。
最初は本当に、毎日がサバイバルみたいな感覚でした。
ただ、それを続けていると、その「戦い」がだんだん日常になってくるんですよね。
気づいたら、英語で生活に困ることがなくなっていて
一人でバーに行って、その場で友達を作れるようになっていて。
ふと振り返ると、
「I don’t have visa.」って言ってた自分からすると、
かなり遠いところまで来たな
と感じる瞬間がありました。
だから、あの留学生活は、メンタル面でも行動面でも、
今の自分の土台を作ってくれた時間だったと思います。
あの時の自分がいたから、今の自分がいることは間違いないですし、
会社をやっていると大変なこともありますが、英語が全く話せなかった自分が、英語での大学の授業を理解できるまでに成長したように、べイビーステップでもいいので、一歩一歩前に進んでいく事こそが大事ということを肌身を持って理解しています。なので、辛い事があってもちょっとやそっとのことでは諦めない今のメンタリティの土台になっているんじゃないかなと思います。
── 最後に、最後に読者へメッセージをお願いします!
色々、失敗も成功も味わってきましたが、やはり「挑戦の味」が一番美味しいなと思います。
新しいことや大きなプロジェクトに挑戦している時のワクワクはなににも変えがたいやりがいを感じる瞬間です。一緒に、自分たちもワクワクしながら、日本中・世界中をワクワクする街にする仲間を募集しています!まずは、カジュアルにアメリカの話を聞きにきていただくでも大丈夫です!ぜひ一度、お話の機会をいただけますと嬉しいです!!