こんにちは、株式会社HJ人事総務部部長の大川です。
今回は、AX推進室の中谷さんと岩岡さんに、HJのAI実装の設計思想についてインタビューを行いました。エンタメ企業がここまでやるのか——そう感じていただけるはずです。二人の言葉でお届けします。
3層アーキテクチャ——「ツールを開かせない」という設計思想
(山田) まず、HJのAI実装の全体像から教えてください。
(岩岡) 独自の3層アーキテクチャで、思考・業務・データの各レイヤーを統合しています。
この構造にした理由は明確で、社員が専用のAIツール画面を開かなくても済むようにしたかったからです。新しいツールを覚えて、そこに「ログインする」という導線を挟んだ瞬間に、AIは日常業務から切り離されてしまう。だから業務中枢そのものにAIエージェントを常駐させ、社員がAIを意識しなくても、日常業務の中でAIが動いている状態をつくることを目指しました。日常の業務会話の中で自律的に動く体制を組んでいます。オーケストレーション層は独自設計のパイプラインで、各サービスを統合しています。
(中谷) 判断軸は一貫して「社員約100名全員がAIとともに働く基盤」です。この設計と実装をすべて自前でやっていることが、私たちの核心です。既製品の組み合わせではなく、セキュリティと自動化を両立した自社専用アーキテクチャを組んでいます。
AIの自律度をLv1〜Lv7で定義する理由
(山田) 「AIに任せる/人が判断する」の境界線はどう設計していますか?
(岩岡) AIの自律度をLv1からLv7の7段階で定義しています。Lv1は「聞かれたら答えるだけ」、Lv2は「文脈を踏まえて提案する」、Lv3は「ツールを使って外部システムを操作できる」、Lv4は「人間からtask(具体的な作業単位)を受け取り自律実行する統制基盤」、Lv5は「goal(目的)を伝えるだけでAI自身がtaskを生成・実行するAI OS(AIが業務基盤そのものとして機能している状態)」です。
そもそもなぜレベルを定義したかというと、「どこまでAIに委ねるか」を曖昧にしたままエージェントを本番運用に乗せるのは危険だからです。各業務でどのレベルまで許容するかを明文化することで、ガバナンスとして統制できる。今のHJはLv4相当——統制された自律実行基盤を構築した段階で、ここまでをAIに委ね、その先を人間が担う設計です。
(中谷) このLv4からLv5への移行は、技術的にできないから止めているのではなく、戦略的に移行タイミングをコントロールしているという設計です。エンタメ業界特有の、人の感情・関係性・タレントの価値判断が絡む領域は、AIに委ねる領域と明確に分けている。「すべきでない判断を人間が持ち続ける」——そこは、私たちが自覚的に残している領域です。
社員全員がLv3——エンタメ業界でも極めて珍しい到達点
(山田) この自律度フレームワークは、社員のスキル設計にもそのまま応用していると聞きました。
(中谷) はい。この自律度レベルを社員個々のスキルレベルに置き換えて、独自のeラーニングシステムを構築しました。6月末時点で、HJの全社員がLv3——Web検索・コード実行・ファイル操作・外部ツール操作・複数ツールを組み合わせた調査を自ら実行できる状態——を達成しています。
業界全体でLv1〜Lv2にとどまる企業がまだ多い中、私たちが把握する限り、社員全員をLv3に揃えたのはエンタメ業界では極めて珍しい取り組みです。9月末にLv4、年内にLv5を目指すロードマップで動いています。
(岩岡) スキル変化の本質は、何をAIにやらせるかを自分で設計できる思考力です。以前は業務をこなすことがスキルでしたが、今はgoalを定義してAIがtaskを生成する構造を作れることが競争優位になっています。
(山田) ここまで、順調に進んできたのでしょうか?
(岩岡) 正直に言うと、平坦な道のりではありませんでした。ツールを入れても定着しなかったり、既製品を試してから自社要件に合わずつくり直したりと、試行錯誤の連続です。あとで触れる会議室の議事録システムも、最初は外部の音声認識ツールを試験導入してから、共有端末での運用や情報管理の要件に合わず、自社専用アプリへつくり直した経緯があります。「完成している」というより、常に手を入れ続けている状態に近いです。
自信を持って語れる4つの実装
(山田) 競合優位につながる実装を教えてください。
(岩岡) 4つあります。
1つ目は会議室AI議事録システム。全会議室にマイクとミニPCを常設し、Googleの高精度音声認識AIと自社開発アプリを組み合わせて全会議を自動録音・議事録化する独自システムを本番運用しています。当初はSaaSの音声認識ツールを試験導入していましたが、共有端末での運用やクローズドな個別共有といった当社の要件に合わず、自社専用アプリへ切り替えました。端末側に過去データを残さない設計で、情報漏洩リスクを構造的に最小化しています。
2つ目はタレントAXボード。タレントのマネジメントと育成を一気通貫で支える運用OSです。情報の散在を止め、意思決定を速くする。エンタメの属人化を、データ構造で解く実装です。
3つ目はSlack AIエージェント。社員が専用ツールを意識せず業務の中でAIと対話できる設計で、PoC(概念実証)から本番移行を進めています。
4つ目はLINE bot。個人の業務知識を組織知に変換し、「ノウハウが個人に留まらない状態をつくる」レイヤーです。
(中谷) ガバナンスの根幹として、AIの提案がなぜその結論に至ったかを人間が説明できるXAI(説明可能なAI)を運用要件にしています。AIに任せる領域を曖昧にしない——これが設計の一貫した思想です。
(山田) 効果を裏づける数字はありますか?
(中谷) 現時点の実績としては、会議室AI議事録システムの導入で議事録作成時間を80%削減し、月間では約250時間の業務時間短縮につながっています。Slack AIエージェントは、8月中に全社員利用率100%達成を目指して推進しています。
モデルは「使い分ける」もの——タスク設計としてのモデル選定
(山田) モデルの選定はどんな基準で設計していますか?
(岩岡) タスクの性質に応じてモデルを使い分けています。短い要約・分類・通知文の整形といった定型処理には軽量なモデルを、会話からの返信案生成や会議内容からのtask抽出のように業務文脈の理解が必要な処理には推論力のあるモデルを、システム設計・コード実装・不具合調査のように複数の情報を読み解いて仮説を立て実行・検証まで必要な作業には高性能なモデルを充てる。
見ているのはモデル単価だけではありません。処理時間・手戻りの可能性・失敗時の影響範囲・人間の確認コストまで含めて判断する。モデル選定は技術の問題というより、業務設計の問題だと考えています。社外送信や業務システムへの登録など影響が大きい処理には人間承認を挟み、社内向けの下書きや情報整理はAIが先に進めて人間が確認する。この切り分けの設計こそが本質です。
HJが目指す未来——エンタメ×AIの設計思想を、業界へ
(山田) 最後に、HJがこの先に描いている未来を聞かせてください。
(中谷) 2026年の変曲点は、AIが「生成する」から「実行する」へ移行したことです。自律度で言えば、業界全体がLv3からLv4への移行期にある。HJはすでにLv4相当の統制された自律実行基盤を構築していて、Lv5のAI OS(AIが業務基盤そのものとして機能している状態)を現在進行形で実装しています。
エンタメ業界でLv5が実現したとき何が変わるか——マネージャーはgoalを伝えるだけで、AIがタレントスケジュール・コンテンツ企画・ファン施策のtaskを自律生成して実行する。Slack AIエージェント・LINE bot・タレントAXボードが揃ったとき、HJが先行して実証してきた「エンタメ×AI」の設計思想が、業界全体に波及していくと考えています。
(岩岡) 2026年のAI活用の本質的な競争軸は、「質をどこまで上げられるか」だけではなく、「高い質を、いかに低いコストで持続的に出し続けられるか」に移っています。どれだけ優れたAIでも、コストが見合わなければ約100名の日常業務には根付かない。この「質とコストの両立」を最前線のテーマとして実装に落とし込んでいます。
AI企業になりたいわけではありません。AIを軸にHJを進化させ、HJが守ってきた渋谷のカルチャーを未来へつないでいく。そのためのAXです。最先端を追うのではなく、自分たちが最先端をつくる。その先頭に立ち続けることが、AX推進室の役割です。
(中谷)私たちが目指しているのは、単にAIを業務に取り入れることでも、人とAIが共存する会社をつくることでもありません。AIを経営と事業運営の中核に据え、あらゆる業務・意思決定・クリエイティブをAI起点で再設計することです。
エンタメやクリエイティブは、感性や人間性が求められるため、AIには最も難しい領域だと言われてきました。その前提自体を打ち壊したいと考えています。
AIにできる仕事を部分的に任せるのではなく、AIを軸に会社全体を運営し、その上で人間にしか生み出せない感情、熱狂、カルチャーさえも拡張していく。エンタメ企業だからこそ、AIネイティブ経営の最前線に立つことを証明していきます。
(山田) 本日はありがとうございました!