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『事業家』を志して決めた場所。そして18年経った今もここにいる理由。

「自分は何を目指したいのか?何者でいたいか?」を考えたら、事業家になりたいんだと気付いた。と、新卒の22歳当時を振り返るのは、マーケティング事業部長を務める戸張 真哉(とばり・しんや)。

少数精鋭でスタートしたインターゾーンの貴重な創業メンバーであり、入社から18年間、インターゾーンの事業・組織を創ってきた中心人物です。事業家になりたいと考えていた戸張部長がインターゾーンを選んだ理由、そして今も働き続けている理由とは何なのでしょうか。


―まずは、なぜ事業家になりたいと考えるようになったのかを詳しく教えてください。

年少の頃から自分を振り返り、旅をしながら自分を見つめた結果、見えてきた道。

話は大学時代にさかのぼるのですが、多方面に興味があってやりたいことが定まっていなかったんです。教員の資格を取ったり、大企業やベンチャー企業の就職試験を受けたりしていました。いくつか内定も貰っていたのですが、「有名企業に就職したい」とかは一切なかったのでいまいちピンと来ていなくて。

自分が何をしたいのか、大学最後に海外に旅しながら考えてみることにしたんです。自分は何に興味を魅かれ、どんな時にワクワクするのか…。

バックパッカーをしながら4ヵ国を巡ったんですが、その土地の文化や人に触れて刺激を受けながら過ごす日々は、視野を広げながら自分と向き合える良い時間だったなと思います。 そして辿り着いたのは、「決まっていることよりも、自分でコトを動かすこと、起こすことが好きだ」ということ。そこにワクワクするので、旅もバッグひとつで、生活は全て現地調達。ホテルも現地で探していました。

振り返ると、何もないところからコトをつくるという経験を学生時代に重ねていたんです。サッカーや野球サークルを作ってリーグ戦に出場するなど本格的に活動したり、ダンスやサーフィン仲間と発起人となってサークルを作り、イベントまで開催していましたね。

海外旅行費も自分のイベント活動などで収益をあげ、100万円貯めて実現させたものでした。当時はロングのドレッドのようなヘアスタイルでお世辞にも優等生タイプとは言えませんでしたが、人を巻き込んでゼロからイチをつくることを無意識のうちにやっていたんだと思います。

そこから、自分は何者なのか、どうなりたいのかを突き詰めていったら、「自分は事業家になりたいんだ」と思ったんです。ゼロから、事業をつくってみたい。自分で物事を動かせる環境に身を置きたいと考えるようになりました。


―学生時代の体験が事業家という選択に繋がったんですね。一方で、事業家=起業というイメージもあると思うのですが、戸張部長がインターゾーンに入社した理由、18年経った今も身を置いている理由は何ですか?

起業に固執しない、私が考える『事業家』とは。

入社した理由はシンプル。そもそもインターゾーン初期の事業は、アルバイト時代に自ら考え、動かしていた仕事だったから。これがのちに自動車業界に繋がる礎になるとは微塵も思っていませんでした(笑)。

「なんとしてもやり遂げる、諦めない」という信念を持って仕事に取り組んできたので、世の中の流れやニーズを掴むことができ、今の事業体に変化できたのだと思います。 もちろん、1人では到底そこに行きつくことはできなく、鏡山さん、山田さんという信頼できる創業メンバーがいてこそ諦めずに戦えたのだと思います。ひとりでの起業ではなくても、事業を創ることには何ら変わりありません。

そして、今働き続けている理由は、創業時と変わらず、まだまだゼロからイチをつくり事業を動かしていける環境があるから。インターゾーンは現在、競合がほぼいない業界特化型のマーケティングBPOビジネスを全国に展開し、圧倒的な業界シェアを誇っています。従業員も120名ほどになり、業績も好調です。事業や組織が形になっているという点は創業当時と全く違いますが、1人ひとりの裁量が大きいことや変化を歓迎する風土は変わっていません。自分の手で事業・会社を動かすことで、未来の景色が見える、そこにワクワクすることがここにいる理由ですね 。


―具体的には、どんな風に事業・組織をつくってきたのですか?

「需要と供給」を1人でつくる。そんな創業期を経て優位性の高い事業を確立。



入社と創業が同じタイミングだったので、創業メンバーで社名を考えるところからスタート。創業当時はメール配信事業を展開していたのですが、自分で需要と供給をつくることをやっていました。

当時はiモードが世に出たばかりでメールの言葉も知らない人が多かった時代。まずはメール配信で商品をPRしたいお店(クライアント)を集め、次に街頭でメール受信を希望する方(カスタマー)を募りアドレスを取得するという、なんともアナログな手法でしたね(笑)。群馬県中の大学や駅で知らない人に話しかけ、メールアドレスを聞きだすという荒技をしていました。

無茶苦茶なやり方ですが、このメール配信事業での気付きが、今の事業へのヒントになったのです。 メールを配信すると、たまにお客様から返信をいただけることがありました。なんと返信があるのは決まって、天気の話や最新の映画情報など何でもない話題を入れて配信した時でした。

発信者であるお店や会社は「商品を売りたい、知ってほしい」、でも受信者である一般のユーザーは「生活に役立つ情報がほしい」と思っていて、ここに大きなギャップがあることに気付いたのです。コミュニケーションとは、単に情報を伝えるだけでなく、『共有すること』なのだと学んだのです。

ただ、群馬県だけの情報配信サービスでは限度を迎え、この「コミュニケーション」を成立させる事業は企業単体でも応用できるのではないか?と考え、適合させることができたのが、当時規制緩和でセルフ化したガソリンスタンドでした。ここが自動車業界への展開の第一歩です。

近年では若者の車離れ、車のスモール化、新車が40%弱売れなくなるなど、自動車業界にとって変化が大きい時代となりました。自動車業界にクライアントが多かった私たちは、社会の変化による業界の課題をひしひしと感じていました。「車が売れなくなったので売上が減っている…」「本業の収益減をカバーするためにメンテナンスや車検に注力したいけど、ノウハウもない、人材も足りない」という声を聞き、何かできないかと考えました。

クライアントへのインタビューを繰り返し、車検特化型のWEBサイトを作成。しかもメール事業で培った、メール対応サービス付きです。自分たちの強みを生かしたWEB事業でした。のちに同じようなWEBサイトを作る競合他社も出てきますが、コミュニケーションを軸にした「顧客とのやりとり」まで担える会社は1社もありません。

ここからは成長期に突入。顧客とのコミュニケーションを可視化できるクラウドシステム「gNOTE」をリリースし、コールセンター事業は日本最大級の規模となりました。現在は、自動車業界に特化したマーケティングBPO会社として、圧倒的な地位を築けています。事業の拡大に伴って、営業・マーケティング・自社コールセンターなど、専門職以外の部署の立ち上げは全て担ってきました。

この18年で学んだことは、時代が変われば事業・サービスは変わっていくべきだということ。社会の流れやクライアントのニーズの変化に敏感になり、コミュニケーションを軸にして痒い所に手が届くサービスを作っていく。いかにクライアントとビジョンを語り合いながら、歩んでいけるかが大事だなと実感しましたね。


―まさに、事業家としてゼロから会社をつくってきたのですね。最後に、今後の目標や目指していることを教えてください。

やはり、事業を動かすことが一番面白いと感じるので、「事業家でいたい」というのは今も変わらない想いですね。ただ最近は、それだけではダメだなとも思っているんです。「より温かみを持って事業をつくりたい。事業を通して周りの人を幸せにしていきたい」そんな風に考えています。

あとは、100億円くらいの規模で景色を見ていきたいですね!100億円というと今の10倍、500名規模くらいなので、グループ会社がいくつかできている感じでしょうか。その中で色んな事業をつくることに携わっていけるとより面白味も増すと思うんです。そこは自動車業界にこだわらなくても良いと思います。

「働いているメンバーがイキイキしていて、お客さんが幸せ」そんな世界観を実現していきたいですね!



創業からこれまで、どんな風に事業をつくってきたのか。なかなか普段は聞けないお話で、こちらもワクワクしました!戸張部長、ありがとうございました!


ゼロからイチをつくりたい、事業を動かしたい。を実現できるフィールド!

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