「KOBIRAって、何をしている会社?」
そう聞かれるたび、一言で説明するのが本当に難しい会社だなあと思っています。
明治45年、鍛冶屋として創業。いまはガス屋として鹿児島県を中心にエネルギー事業を展開し、水産品を中心とした貿易・輸出入も手がける。一方で本社を置く地域のまちづくりを進めながら、社内にはAI推進室がある。
4代目の社長は息を吐くようにnoteで発信をするのが得意で、元ライフプランナーの副社長は、縁もゆかりもない鹿児島にIターンで移住。かくいう広報の私も、つい数ヶ月前に大阪から家族みんなで鹿児島に移住してきました。社員にはプロサッカー選手もいれば、AIを使い倒してゴリゴリと新規事業を仕込んでいる人もいます。
それが、KOBIRAです。読んで分かる通り、到底ひとことでは説明できないくらい複雑で、他にはない魅力を持つ会社なのです。
まずはこの記事で、そんなKOBIRAの全体像を、まるごとご案内します。
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この記事を地図のように広げながら、ぜひ思いのままに探索してみてください
目次
- 何をしている会社?
- KOBIRAの歴史って?
- 誰がやっている?
- 何を大切にしている?
- どう変わってきた?|「第四創業期プロジェクト」
- どこで働く?──街まるごとオフィスとは
- 何を目指している?──養生(ようじょう)する街
- これからの、KOBIRA──合併・そして未来へ
- 終わりに
何をしている会社?
KOBIRAは鹿児島県日置市の湯之元(ゆのもと)温泉街に本社を置く会社です。
エネルギー・IT・国際貿易・街づくりなど、暮らしに必要な領域を横断して扱っていることから、最近では「地域商社」と呼ばれることもあります。
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KOBIRAの事業は、多岐にわたります。
まずは、地域の暮らしの基盤を支えている「エネルギー事業」。わかりやすくいうと、皆さんの暮らしを支える LPガス、電気、再生可能エネルギーを通じて地域の毎日の「あたりまえ」を守っています。
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そこに重なるのが、「IT・DX事業」。保育園向け献立・栄養計算ソフト「ReciPa(レシパ)」をはじめ、福祉・保育・こども園向けパッケージソフトの開発から導入、コンサルティングまで幅広く手がけています。近年は社会福祉法人への採用サポートや生成AI活用にも挑戦しています。
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保育園向けの献立・栄養計算ソフト「ReciPa(レシパ)」
また、貿易を中心とした「グローカル事業」では、地域の食やものづくりを、海外へつなぐ国際貿易に取り組んでいます。
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グローカル事業部での展示会の様子
「ただ輸出する」のではなく、地域で磨いた価値を最適な形に翻訳して世界へ届けることで、現場で生まれた素材や商品が、海外の売り場・生活者の文脈に乗るところまでを見据えて、企画・調達・品質・物流・販売までをつなげています。近年は大型案件も増え、湯之元というローカルな拠点から、世界へ伸びる収益の柱として存在感が高まっています。
おもしろいのは、事業ごとに「届く範囲」が違うこと。エネルギーは地元、ITは全国、貿易は世界。しかも、利益の生まれ方や安定性もそれぞれ異なります。
地元に根ざして暮らしを安定的に支えるエネルギー、全国のクライアントとともに伸びるIT、世界の市場とつながって大きく育つ貿易。
届く範囲もリスクの質も異なる柱が組み合わさることで、どこかが向かい風のときも、別のどこかが前に進む。一見バラバラな多角化に見えて、実はお互いを支え合う、崩れにくいポートフォリオになっているのです。
そして、これらの事業の根っこには、一貫した姿勢があります。それは「変化を待つのではなく、地域の暮らしに必要なものを、時代の半歩先でつくり続ける」こと。
エネルギー、IT、国際貿易、街づくり。──バラバラに見える事業も、たどれば一つ。湯之元というローカルを起点に、全国へ、世界へ。KOBIRAの仕事は、そうやってつながっています。
KOBIRAの歴史って?
KOBIRAの歴史は、今から約115年前まで遡ります。始まりは一代目となる商売人、正之進の鍛冶屋(かじや)からでした。
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小平家の先代写真
鍛冶屋とは、鉄を熱して叩き、農具や刃物、金具などをつくり、暮らしに必要な「道具の修理屋」として地域を支えていた職人のことです。
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初代・小平正之進
二代目・五郎の時代に、暮らしを支えるLPガス事業が立ち上がりました。地域の暮らしに必要な火を絶やさないために、卸と小売、それぞれの役割を磨きながら事業を広げていきます。
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二代目・五郎。とてもお洒落でバーバリーのスーツをビシッと着こなしていたのだそう
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太陽ガス協業組合(のちの太陽ガス)創業披露会場での1枚
その流れの中で、家業を引き継いだのは、竜平(小平家の三代目/のちの太陽ガス社長)です。地域のエネルギーを守り、深めていく道を歩みます。
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一方、竜平の兄の亮一(小平家の三代目/のちの小平株式会社社長)は卸部門を率いて独立し、ITや貿易など新しい柱を次々に立ち上げていきます。
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こうして、「小平株式会社」と「太陽ガス」は、同じ小平家の火を受け継ぐ二つの会社として独立し、それぞれのやり方で、「地域の暮らし」を支えてきました。
太陽ガスは、暮らしのいちばん近い場所で、名もない"当たり前"を黙々と守り続けてきた会社です。夏の暑い日も冬の凍えるような朝も、嵐のような台風の夜も。LPガスと電気をあわせて、今も鹿児島県内の暮らしの基盤を支え続けています。
そんな太陽ガスには、じつは全国に知られた一面もあります。ガス会社としてはまだ珍しかった時代から、IT技術をいち早く取り入れ、その先進性が高く評価されて、当時「中小企業長官賞」を受賞しました。いわば"日本でいちばんIT化が進んだガス屋"とも言える歩みです。
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太陽ガスの「中小企業長官賞」受賞を伝える、当時の新聞と社内報
そして、小平株式会社と太陽ガスは、それぞれ次の代(第四代目)へと引き継がれます。
誰がやっている?
まず、小平株式会社の4代目社長として事業を受け継いだのは、小平勘太です。
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強面なフェイスからは想像もできないくらい、物腰の柔らかで柔和な社長。抜群のアイディア力と群を抜いたAI力で、物事をどんどん前に進めていく「KOBIRAのスーパーマン」
先代から受け取ったバトンを守りながら、街づくりやAI活用といった新しい挑戦にも踏み込み、「守るために攻める」舵取りを続けています。
そして、その舵取りを経営ボードとして支えてきたのが、副社長の池田亮平。
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自身の体験から人生の"振れ幅"を知り、過去のキャリアではライフプランナーとして何百人もの千人以上の人生を聴いた人。理念を「掲げる言葉」から「日々の判断基準」へと落とし込み、合理と情理の両輪で組織変革を牽引する「KOBIRAの推進役」。
彼は「理念」を日々の判断のよりどころ(判断基準)として使える形に整え、制度・仕組み・コミュニケーションを見直すなど、組織を変える土台づくりに取り組んできました。
そして、太陽ガスを引き継いだのは、勘太の弟でもある小平昇平。社員からも「昇平さん」と親しまれ、人望も熱く、頼り甲斐のある優しい社長です。
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「自分が人より優れているなんて思ったことがない」と語る、フラットで謙虚な人。
太陽ガスを"個人事業主の集まり"と称し、社員それぞれが主役の番組を作れる場を目指す
「プロデューサー型社長」
そんな株式会社小平と太陽ガスは、きたる2026年8月。再び合流し、新会社「株式会社KOBIRA」としての産声をあげます。
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これまで独立してそれぞれの会社を支えてきた3人が、再び合流する記念すべき瞬間
勘太・池田・昇平の経営ボードの3名が、これまでどんな道のりを歩み、なぜ挑戦を続けるのか。個性豊かなそれぞれの人生に焦点を当てた記事はまた後日。
何を大切にしている?
KOBIRAが掲げる理念は、「これからの百年も、地域から安心と希望の火を熾(おこ)す」。
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火を熾すとは、小さな種火を絶やさずに、大きく育てていくことを意味しています
安心(エネルギーや暮らしの基盤)と、希望(新しい挑戦)。その両方を、地域から灯し続ける。鍛冶屋の火から始まった会社らしい、芯のある言葉です。だから私たちは、KOBIRAを"新しい老舗"と名乗ります。
長く続けるために、変わり続ける。守るために、攻める。
一見矛盾するふたつを、同時に成り立たせようとする。その姿勢にこそ、「KOBIRAらしさ」が宿っています。そして、この理念を「掲げる言葉」ではなく、「判断の基準」として本気で扱うために。KOBIRAは約3年半の月日をかけて、組織のあり方そのものを大きく変え始めました。
どう変わってきた?|「第四創業期プロジェクト」
以前は、「飲みの場で腹を割って話し、空気を読み合いながら物事を進める」──そんな「飲んで解決するコミュニケーション」が、組織を回す前提になっていました。
ところが、2020年のコロナ禍を境にそれが機能しづらくなり、情報共有の偏りや判断の属人化など、これまで見えにくかった綻びが一気に表面化します。
そこで経営は「理念経営」へと舵を切りました。理念経営とは、理念を「飾りの言葉」にするのではなく、意思決定の基準として扱う経営のことを指します。
まず、理念(ミッション)・志(ビジョン)・流儀(バリュー)を明文化。常に目指し続ける理念を、一段階具体的な方針としたのが志であり、現場の判断と行動に落とすための約束事として整えたのが「流儀」です。
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流儀をまとめたミニブック(当時のもの)
そのうち「流儀」は経営層が一方的に手渡しで終わりではなく、社員自身が参加する「流儀ワーク」を通じて、自分たちの言葉でバリューへと編み直していきました。
さらに、半期ごとの全社集会である「ビジョンミーティング」や、KOBIRAの流儀を体現した社員を全社でたたえる「バリューアワード」を設け、掲げた価値観を、日々の行動として根づかせようとしています。
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2022年には経営ミッション発表会で、組織に理念や流儀を伝える場を設けました
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KOBIRAに入社すると配られる「KOBIRA BOOK」。そこに記されているのは、規則やマニュアルではなく、私たちが百年先も大切にし続けたい「想い」そのものです
それと同時に、組織の土台そのものもつくり直してきました。人事制度を全面的に改定し、エンゲージメントサーベイで組織の状態を見えるようにするなど、目標設定や評価のしくみも1から設計し直します。結果、2年間で組織のおよそ4分の1に相当する19名の新しい仲間を迎えるほどの、大きな変化も起きました。
もちろん、まだ道半ばで、すべてが理想どおりに回っているわけではありません。それでも、たった2年でこれだけのアクションを積み重ね、経営も現場も急速に学びながら前に進んできた。その事実自体に、KOBIRAの面白さがあると感じています。
どこで働く?──街まるごとオフィスとは
2025年、KOBIRAは本社を鹿児島市内から、日置市の湯之元(ゆのもと)温泉街へ移しました。
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鹿児島市内は、交通もお店も揃っていて利便性の良い場所。それに比べて湯之元は、鹿児島市内から車でおよそ30〜40分。昔ながらの温泉街で、都市部とは違うゆったりとした時間が流れる場所です。
では、なぜ“便利な市内”から、あえて“湯之元”を選んだのか。
いちばんの理由は、この街まるごとを舞台に、新しい働き方そのものをつくっていくためです。
その根っこには、「地域の中に根を張り、街と一緒に次の100年をつくる」という覚悟を、拠点という“形”で示したい、という想いがあります。
そんな街まるごとオフィスの「象徴」になっているのが、新本社 HARBOR(ハーバー) です。各地でそれぞれの現場を持つメンバーが一度集まり、補給し、次の航路を描き直すための「港」という意味を込めて名付けられました。
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鹿児島県産のヒノキと杉を使い、波をイメージした曲線屋根が目印の木造建築。
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そんな「港」だからでしょうか。便利さよりも、この街で新しい働き方をつくる挑戦そのものに惹かれた人たちが、HARBORには少しずつ集まり始めています。
\開所式・オープンの様子は、KOBIRA公式noteでも紹介しています。/
そして、この“港”を起点に、街の中に働く場所や滞在拠点を点在させていく考え方を、私たちは「街まるごとオフィス」と呼んでいます。
いま湯之元には、以下の拠点があります。
- HARBOR(ハーバー):湯之元に移した新本社。メンバーが集まり、次の航路を描き直すための「港」。
- ハマオカポケットパーク(ハマポケ):テイクアウト専門のカフェ。日替わり/週替わりで、いろいろなお店が出店中。
- Horoyoko meeting room(ホロヨコ):街なかのワークスペース(働く場所)。
- Horoyoiゲストハウス(ホロヨイ):空き家を改修したゲストハウス(泊まる場所)。
- 猫狐馬ノ杜(ねこまのもり):2027年1月開業予定の複合施設(旧百貨店跡地)。
点が一つ増えるたびに、湯之元という街は、少しずつ、ひとつの大きなオフィスへと姿を変えていきます。点が線になり、線が面になる。──湯之元はいま、その変化の途中にあります。
何を目指している?──養生(ようじょう)する街
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KOBIRA本社がある湯之元の街並み(一部)
KOBIRAの街づくりは、地方創生によくある「観光地」のような場所をイメージしているわけではありません。むしろその逆。「観光に頼らない、新しい地域経営モデル」を、湯之元で実現しようと動いています。
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目指しているのは、人も自然も「養生」できる街。「養生」と聞くと、体を休めて健康を整える、というイメージがあるかもしれませんが、KOBIRAが使う「養生」は、それを街全体に広げたものです。
ただその街で働き、暮らしているだけで、人も・自然も・会社も、
少しずつ元気になっていく
大事なのは、"観光客を呼んで賑わいをつくる"のではなく、"そこで働くこと自体"が街と自然を豊かにすること。それを行政まかせにするのではなく、むしろ民間企業が主役になって動くべきという考えをもっているのもまた「KOBIRAらしさ」です。
そして、その挑戦は、もうすでに事業として動き出しています。たとえば「ネイチャーポジティブ・ラボ」。自然の回復と経済活動の両立を、ボランティアではなく企業活動(ビジネス)として探る研究ラボです。
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湯之元NPLメンバー(撮影当時のもの)
2025年に大企業数社とともに始動し、環境改善と経済性が両立するビジネスモデルの開発に取り組んできました。──こうした湯之元の構想は、2026年には内閣府の「地方創生×ネイチャーポジティブの推進に向けたモデル支援事業」にも採択され、国の伴走支援を受けながら前に進んでいます。
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さらには、2025年から「FUTURE LENS(フューチャー・レンズ)」という共創プログラムにも採択。これは、日本最大の設計事務所である日建設計の共創プラットフォームであるPYNTの活動の一環として立ち上げた社会課題解決と持続的な経営を両立する「ゼブラ企業」との共創型社会環境デザインプログラムです。さまざまな企業が集まり、地域や社会の課題をテーマに対話しながら共同で研究・開発を行う場です。
KOBIRAはその第1期メンバー全国111社のうち、わずか3社という狭き門を通過して採択されました。
この対話のプロセスの中で、街づくりの軸となる「養生(人も自然も、無理せずただ過ごすだけで元気になっていく状態をつくる)」という考え方が固まりました。
その思想がいちばんはっきり形になるのが、2027年1月開業予定の「猫狐馬ノ杜(ねこまのもり)」です。木造の建物に複数の会社が入居し、オフィス、キッチン、コワーキングに加えて鍼灸院など健康を支える機能も備えた複合施設で"人・自然・企業が互いに養生し合う街"を体現する場。温泉地ならではの「養生」を、働く場所から街全体へとひろげていく。それが、KOBIRAが描いている未来です。
⚫︎猫狐馬ノ杜については当日の記者会見の様子をnoteにまとめています⚫︎
これからの、KOBIRA──合併・そして未来へ
これからのKOBIRAは、115年の歴史の中でも、ひときわ大きく変わろうとしているフェーズに突入していきます。
2026年8月には、別々の道を歩んできた兄弟会社・太陽ガスと、新しく「株式会社KOBIRA」として歩み始めます。また、社内でのカンパニー制も採用し、今後はそれぞれが独立した一つの組織として、より高みへと目指せるチームへと変革していく予定です。
それぞれの場所で育ててきた火を、ひとつに束ねて、次の100年へと向かっていく。社名が新しくなることは、ゴールではなく、むしろ新しいスタートラインです。
──そしてもうひとつ。
第4創業期に取り組んできた「理念経営」=いわば"理念への投資"がひと段落し、いま動き出しているのが「物語への投資」です。
その物語を紡ぐ担い手として設計したのが、「KOBIRA編集部」。創業115年の老舗が、自分たちの歩みや想い、そこで働く人やカルチャーを、ちゃんと言葉にして届けていく。いわば「物語に投資する」という、ちょっと変わった、でもKOBIRAらしい挑戦です。
理念経営を一層加速させていくために、物語の力を。
私たち「新しい老舗」の挑戦は、まだまだ始まったばかりです。
終わりに
この物語の続きを一緒に紡ぐ仲間になってもらえたら、これ以上うれしいことはありません。
「KOBIRAのいま」がいちばんまとまっているのは採用ピッチ資料。日々の想いは公式noteやwantedlyでも綴っています。よければ、そちらも覗いてみてください。