──学生の就活開始が、早くなりすぎている気がします。
とある大学関係者から教えてもらった。大学3年生の春は「エントリーシートを書く時期」であり、夏休みに至っては「インターンに行っておかないと、その後に続く企業の本選考にエントリーできない」と焦る学生も多いらしい。
一方、夏を就活以外に投じる学生からは毎年のように同じ相談を受ける。
「夏休みに何かしておかないと、社会に出た後の不安があります…」
両者とも、僕からすると「周囲に不安をあおられて」行動しているような気がする。
その答えを、みんな"数"で探す
真面目な子ほど、答えを"数"で探しにいく。インターンを何社受けるか。資格をいくつ取るか。ガクチカに書けるネタを、どれだけ仕込めるか。つまり「ネタが多い=選択肢が広い」だろう。
学生同士でも、ネタが多い友人は羨ましく見えると思う。でもネタの多さによる安心は、ちょっと麻薬的かもしれない。
結果の差は、数では開かないし、「何をやるか」というカードの選び方でも開かない。学歴でも、経歴でも開かない。じゃあ、何で開くのか。
「その分野で、何かひとつ、やりきったことがあるか」。僕は、そこだけやと思ってる。
内村航平が、一種目の"一発屋"にならなかった理由
体操の内村航平選手を思い出してほしい。
彼がすごいのは、鉄棒だけ、とか、ゆかだけ、みたいな一発屋じゃなかったこと。6つある種目の合計で競う「個人総合」で、オリンピック2連覇。世界選手権にいたっては、前人未到の6連覇。全部の種目を、高い水準でやりきった人だ。
体操に限らず、「得意なひとつ」に絞って勝ちにいく道もある。その方が、精神的にも楽かもしれない。多くの選手は、勝てるカードを選びにいく。でも彼は、そのラクを選ばなかった。一種目ずつ、「できない」を「できる」に変えていく工程を、一つずつ体で覚えていった。
そして、彼のいちばんの魅力は「ひとつを詰めきったところで、そのプロセスを違うものにも流用して、そこでも詰めきったところ」だと思う。
やりきるって、こういうことやと思う。逃げずに、最後まで詰めきる。そうやってひとつを詰めきる過程で身につく"詰め方"を、違う分野にあえて持っていってまた詰める。ひとつで終わらせずに、次の違う分野へ自分を”越境”させていく。
調理師から、不動産、建築、そしてホテルへ

「ご両親の影響ですか?」「大学でそういったことを学ばれてきたのですか?」とよく聞かれるが、僕自身は、絵に描いたようなエリートコースなんて歩いてない。
普通科の高校を出て、調理師の専門学校に行って、気づいたら不動産屋になってた。そこからも止まらなかった。不動産からリノベーション、建築の世界に入って、いまは商店街をまるごとホテルにする仕事までやってる。
並べてみると、バラバラ。料理と、不動産と、建築と、ホテル。それぞれに、何のつながりがあるのか。そう感じるのが普通やと思う。
でも、自分の中ではちゃんとつながってる。調理の学校で、仕込みの段取りをどう組むか、美味い・不味いの感覚を友人と擦り合わせる毎日、これでいい、で止めない執着心。それを、そのまま次の世界に持ち込んだ。
不動産の営業も「感覚の追求」「結果への執着」をひたすら継続する毎日だった。

料理をやりきったから、不動産へ行けた。不動産をやりきったから、建築へ行けた。建築をやりきったから、ホテルまで来られた。やりきるたびに、次の扉が開いた。もし料理を中途半端でやめてたら、僕はただの「料理をやめた人」で終わってた。
カードは、バラバラでよかった。効いたのは、どの分野でも一度も手を抜かず、やりきったことの方。学歴も、どんな経歴をたどってきたかも、じつはそんなに関係ない。
「やりきる」と「見切る」は、天地ほど差がある
ここで、ひとつだけ勘違いしてほしくないことがある。
「いろんな分野をつまむのが越境」と思われがちやけど、違う。何かをやりきってないのに次へ移るのは、越境じゃなくて、ただの飛び石だ。見切っただけ。そして、見切ったものからは、何も生まれない。
やりきると、見切るは、天地ほど差がある。
合わないと分かって撤退すること自体が悪いわけじゃない。もったいないのは、やりきる前に、感情で見切ってしまうこと。しんどくなって、飽きて、「自分には合ってなかった」で次へいく。これは、正直、誰でもできる。でも、そこをもうひと踏ん張りして、最後まで詰めきった人だけが、次の分野に持っていける"型"を手に入れる。勇気をもって越境する力は、やりきった人だけが手にする"極上のカード"だと思う。
この夏、やることはたったひとつ
数を増やさなくていい。インターンを10社受けるより、目の前のひとつを、最後までやりきってみてほしい。バイトでも、研究でも、部活でも、何かの制作でも、なんでもいい。「もうええでしょ」で終わらせずに、さらに向こうへ。
藤原和博さんが提唱している「100万分の1の人材」という考え方がある。
20代で、ひとつの分野で100人に1人の人材になる。
そして、30代ではさらに違う分野で100人に1人の人材を目指す。
ここで満足せずに、もうひとつ違う分野で100人に1人の人材を目指す。「100人に1人」が3つ重なるので、100万分の1の人材になるというわけだ。
これは、その人にしかない"やりきり方"が生むストーリーだと思う。そして、その1つ目の「100人に1人」は、この夏、目の前のひとつをやりきることから始まる。
カードの良し悪しじゃない。やり抜いたかどうかだけ。社会に出てから問われるのは、結局そこだけやから。
越境は、そのあとでいい
この夏、ひとつやりきろう。
越境は、そのあとでいい。まずは、目の前のひとつを、かっこよく、やりきること。
うちの会社も、そうやって、どこかで何かをやりきってきた人間が、分野を越えて集まってできてる。
秋にまた会うとき、「これだけはやりきった」って胸を張れるものが、君に一個ある。その話を、めちゃくちゃ聞きたい。それだけで、もう周りとの差は、ついている。