ラクスルが掲げる「中小企業の経営インフラになる」という方向性。その中で、中堅・大企業向けの事業として拡大を続けているのが「エンタープライズ事業」です。通常のEC事業とは異なり、顧客企業の内部に深く入り込み、複雑な経営課題に向き合っていく同事業。
現在、どのようなフェーズにあり、何を目指していくのか。事業統括の木下さんに、事業の仕組みやこれまでの試行錯誤の足跡、そしてそこで働く人・これからの組織について率直に語ってもらいました。
目次
第1章:“ラクスルエンタープライズ”とは何か
ラクスルエンタープライズは、企業単位の深い課題を解決する事業
── まず、“ラクスルエンタープライズ”とはどのような事業なのでしょうか?
木下:エンタープライズ事業は、一定の組織規模・事業規模へと成長した中堅企業などの顧客が抱える課題を解決し、経営を支援していく事業です。
ラクスルが従来提供してきた“EC事業”は、主に単一の店舗や拠点において印刷物やグッズを購入・調達するような「取引の効率化」に焦点を当てています。顧客自身が必要な商品をウェブサイト上で選び、単発で発注するというセルフサービス型のビジネスモデルです。
一方、“エンタープライズ事業”では、既存のEC事業から大きく踏み出し顧客企業の成長支援、業務プロセスの効率化といった課題解決(コトの解決)に入り込んで行きます。
“ラクスルエンタープライズ”というサービス名称ではありますが、対象となる顧客は、売上規模で1,000億円〜、組織規模では100名〜といった、広義のSMBやミッドマーケットを含んだ中堅企業層以上が対象です。
こういった規模感の企業では、全社での売上向上に向けた支援はもちろんのこと、各拠点が全社で決めた共通のルールに沿って販促活動や情報管理を行うためのガバナンス強化など、組織的な課題が顕在化してきます。単に商品を納品して終わりではなく、企業の業務プロセスや事業課題に入り込み、最終的にその企業が実現したい成果が出るところまでコミットして支援する点が、既存のEC事業との大きな違いです。
成長する企業の受け皿となり、巨大な市場の「本丸」で仕組みを変える
── ラクスルの掲げる「中小企業の経営インフラ」と、この事業はどうつながるのでしょうか?
木下:当然中小企業の中には、着実に成長を遂げ、事業・組織共に拡大期に差し掛かっていく企業が数多く存在します。そうした成長過程にある企業に対して、エンタープライズ事業が受け皿となるソリューションをしっかりと準備し、その領域で価値を提供し続けられることは、経営インフラとして不可欠だと考えています。
また日本において、売上高が数百億〜数千億円規模の中堅企業のマーケットは非常に大きく、企業数・市場規模ともに非常に巨大です。私たちが掲げる「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンを体現するうえで、この巨大なマーケットに向き合わないわけにはいきません。
数兆円もの規模がある大きな市場の本丸に触れずに、一部の小さな領域だけを変えて「仕組みを変えました」と言っても説得力がありません。ダイナミックな規模のある産業や領域でしっかりとシェアを取り、ナンバーワンになっていくことでしか変革は達成できないと思っています。印刷や販促といった巨大な市場の中堅層へ深く入り込んでいくエンタープライズ事業は、ラクスルが目指す方向性と明確につながっており、ビジョンを最も体現している事業の一つと言えると思います。
分断された販促業務を一つの「プラットフォーム」へ統合する
── 今、エンタープライズ事業は何を実現しようとしているのでしょうか?
木下:ここから3年間は、「企業の販促をテクノロジーの力で変革する」というミッションのもと、統合型販促プラットフォームの構築に徹底的にフォーカスします。
現在、BtoBの販促領域は非常に強く“分断”されています。チラシ・WEBなどの集客支援をする会社、デザインを作る制作会社、DM・ノベルティなどの制作・発送・管理を行う会社、さらに顧客管理(CRM)や施策の効果分析を行う会社などがすべてバラバラに存在しているのが今の産業構造です。顧客企業は、それらの事業者を個別に契約して使い分けざるを得ないのが実情です。
私たちは、この分断された販促業務を一つのプラットフォームにまとめ上げ、“統合”された価値として提供したいと考えています。ラクスルに来れば、デザイン制作、集客、配送、資材管理、効果分析や改善までワンストップで完了する状態を作ります。これにより、販促活動による売上への貢献を高めながら、顧客企業の調達・発注コストの削減という分かりやすいものから、運用工数といった目に見えないコストの圧縮まで一連して担うことができます。
販促やマーケティングの市場は3兆〜5兆円という巨大な規模があります。まずはここから3年ほどで販促領域のプラットフォームとして圧倒的なポジションを確立し、将来的には広義の意味での購買調達・事務総務、人事といった他のバックオフィス業務へも領域を広げ、事業規模を1,000億円クラスへと伸ばしていきたいと考えています。
第2章:顧客の複雑な課題をどう解くのか
テクノロジーありきではなく、解くべき課題から最適な手段を組み合わせる
── この事業で、テクノロジーだけでなく人が顧客に向き合う意味を教えてください。
木下:ラクスルの根本的なスタンスは、「テクノロジーの会社だからテクノロジーしか使わない」という手段先行ではなく、解決すべき目的や顧客の課題に対して最適な手段を組み合わせるという考え方にあります。すべてがシステムだけで解決できるのであればそれが一番ですが、企業に発生する課題はそれほど単純ではありません。
中堅・大企業においては組織構造が複雑であり、抱えている課題も幅広く、根深いものも多いです。事前に決められたシステムや固定のルールだけでは対応しきれない部分が必ず出てきます。ステークホルダーの数も多いですし、予算感も1社あたり年間1,000万円を超えるようなプロジェクトになることも少なくなく、そういった面でも顧客に向き合う人の存在は不可欠です。
そのため、顧客との接点には人が立ち、まだ顧客自身も言語化できていない課題やニーズを丁寧に整理・ヒアリングし、発掘していきます。そして、業務プロセス設計の支援やマーケティング企画・施策立案には”人”が介在していく一方で、業務効率化や標準化ができる部分にはSaaSや自社プラットフォームなどの”テクノロジー”を組み込んでいきます。さらに、印刷・加工の製造面においても、自社工場並びにパートナー工場における仕組みの整った”オペレーション”の力を掛け合わせます。人、テクノロジー、オペレーションの3つを統合して提供することで初めて、他社には真似できない本質的な価値提供、根本的な課題解決ができるのです。
顧客とプロジェクトを立ち上げ、コスト削減や効果改善を実現する
── 実際には、どのような企業の課題を解決しているのでしょうか?
木下:例えば、ある全国展開の大手学習塾様では、長年使われ運用費が高額化していた独自の印刷物受発注システムを、ラクスルのプラットフォームへ完全に移行していただきました。社内インフラとして定着させただけでなく、全国の直営店もフランチャイズ加盟店もスムーズに集客施策を打てるよう、本部と共同でチラシのデザインや販促物の準備を支援する“仕組み”まで踏み込んで構築しています。
また、ある大手食品メーカー様では、全国の営業担当者が個別に作成していた「チラシ品質のばらつき」や「ブランド統制の効かなさ」が課題となっていました。そこでデザイン制作のBPOとしてラクスルを全社導入していただき、営業現場で作るチラシ全体の品質を高めながら制作負荷を減らす支援を行っています。
さらにダイレクトメール(DM)の施策では、単純な発注のみを請け負うのではなく、データ分析・改善提案・クリエイティブ制作の支援も含めた企画・設計まで踏み込むことで、CVR*が数十%向上するといった具体的な成果も出ています。
(*CVR:Conversion Rate。広告施策における獲得率の指標。)
顧客側から「全社のコスト削減を行いたい」「販促費の管理・統制がしたい」という具体的な相談をいただくこともありますが、潜在的な課題まで拾い上げるために、こちらから課題の仮説を持ってヒアリング、アプローチを行います。「御社なら全社で数億円規模のコストカットができる可能性がある」といった削減シミュレーションや売上アップのロードマップを提示し、顧客と一緒に課題解決プロジェクトをゼロから立ち上げていくケースが増えています。
カオスな状況を経て見えた、注力すべき領域と事業のあるべき姿
── 過去数年、相当なスピード感で成長してきたエンタープライズ事業ですが、ここまでの事業づくりは順調に進んできたのでしょうか?
木下:決して順調ではなく、過去2〜3年間はまさにカオスな状況でした。事業の成長速度を上げるために、提供するソリューションの種類とセールス・マーケティングの組織規模を同時に急速拡大したのですが、単に人を増やすだけではスムーズに機能しませんでした。
取扱商品やソリューションを急激に増やしたことで、誰が何の業務を担当しているのかが不透明になり、チーム間でサイロ化や連携不足が発生してしまいました。現場のセールスモデルを立ち上げ、オペレーションを安定して回すための仕組みづくりには想定以上の時間がかかりました。私自身、事業の注力領域を絞りきれずに手広く手を出してしまったという大きな反省があります。
しかし、そうした失敗や試行錯誤を経験したからこそ、自分たちが本当に勝ち切るべき領域が「販促プラットフォーム」であるという確信を得ることができました。あちこちに手を広げる時期を経て、今は解くべき課題と集中的に取り組むべき領域が明確になり、事業として実行の精度を上げていくフェーズに到達したと感じています。
第3章:これから、どのような事業と組織を作るのか
権限委譲を進め、事業を背負う新しいリーダーを増やしていく
── これから事業と組織は、どのように変わっていくのでしょうか?
木下:これからは、次世代の中核となるリーダーや事業責任者が数多く生まれてくるタイミングを迎えます。現在エンタープライズ事業の組織は90名*ほどの規模ですが、事業の成長に伴って、近い将来200〜300名といった大規模な組織へと拡大していくことを見込んでいます。
(*2026年10月現在、エンタープライズ事業に所属する社員数)
組織規模が大きくなれば、必然的にチームを束ねるマネージャーや部長職などのポジションが拡張していきます。さらに、今後提供するソリューションがさらに増えていく中で、それぞれのソリューション領域を事業として背負う責任者の存在が不可欠です。
これまでは事業の“0-1”フェーズとして中央集権的に事業を進めてきた部分もありましたが、これからは拡張性が強く求められる“1-10-100”のフェーズであり、各領域へどんどん権限委譲が進んでいきます。決められた枠組みの中で決まった役割だけをこなすのではなく、事業成長とともに自らの役割を拡張し、組織やソリューションの中核として手を挙げて挑戦できる。縦にも横にも斜めにもキャリアを踏み出せる、そんな機会はより増えていくと思います。“自分”ではなく“事業”を主語にし、未完成な環境から「逃げない」人
── 木下さんは、どのような人と一緒にこの事業を作りたいですか?
木下:一言で表すなら、「逃げない」人です。未完成な環境や困難な課題に直面したときでも、言い訳や他責にせず、どうすれば事業や組織を前へ進められるかを考え抜ける姿勢を持った人です。
ビジネスは個人のプレーではなく、完全にチーム戦です。サッカーに例えると分かりやすいです。“チーム”の勝利のための行動・思考ではなく、「ドリブルがしたいからドリブルしかしない」「味方はピンチなのに、自分の持ち場のことしか考えない」では、選手としては信頼されません。仕事でも同様に、「自分のキャリアのためにこれしかやらない」と役割を限定するのではなく、「事業の目標を達成するために自分は何をすべきか」と考え動ける人の方が信頼残高も積み上がり、組織における価値は大きくなり、結果的にその方のキャリアはより拓けていくものだと考えています。
思考の主語を「私(I)」ではなく、「顧客・事業・組織(We)」に置けること。そして自分の領域だけに閉じず、事業に必要なことであれば泥臭い課題にも自ら向き合っていけるスタンスが重要です。まだ完璧に整っていない仕組みや環境を自らの手で作り上げ、顧客や事業のために行動できる人と一緒に、これからのラクスルエンタープライズを大きく育てていきたいと考えています。
編集後記
取材の中で強く印象に残ったのは、木下さんが語る事業の「未完成さ」に対する率直さ。急拡大の中で生まれたカオスや試行錯誤を隠すことなく、むしろそれらを経て見えた「注力すべき解」を力強く語る姿から、リアルな事業づくりならではの手触り感と熱量を感じました。
綺麗に整えられた環境で決められた役割をこなすのではなく、不確実な状況すらも楽しみながら、顧客と事業のために泥臭く前に進めていく。ラクスルエンタープライズが今迎えているのは、まさにそうした「本当の意味での事業づくり」に挑める絶好のフェーズです。巨大な市場の仕組みを変えるこの挑戦の渦中で、自らの手で事業と組織を動かしていく面白さを、ぜひ現場で体感してほしいと感じる取材でした。
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