企業のDXや新規事業がうまく進まない理由は、技術や人材不足だけではない。その背景には、「構想」と「実装」が分断されている構造的な課題がある。
この課題に対し、「構造デザイン」というアプローチで挑み続けてきたのが、フライング・ペンギンズ代表の土屋晃胤氏だ。
ソニーでPlayStation®️4のUXデザイン/PMとしてプロダクト開発を牽引した経験を持つ土屋氏は、なぜ独立し、そして今スパイスファクトリーと手を組むに至ったのか。その思考の原点と、これからの挑戦について話を聞いた。
「言葉では説明できない」から始まった構造デザイン思考
土屋氏のキャリアの原点は、ソニー時代のPlayStation®️4開発にある。プロジェクトの中でエンジニアから投げかけられたのは、「ログインとは何か」「アプリはなぜ存在するのか」といった本質的な問いだった。
「当時の私は、それを言葉で説明することができなかったんです」議論は平行線をたどり、半年ほど成果が出ない状態が続いたという。その状況を打開したのは、意外にも“言葉ではない方法”だった。
「ホワイトボードに、ログイン状態や変化を丸と矢印で書いたんです。
そうしたら、一気に共通認識ができました」
この体験をきっかけに、土屋氏は「構造で捉える」という思考に可能性を見出す。言語や職種に依存せず、誰もが同じ理解に到達できる。その後のキャリアにおいても、このアプローチは大規模プロジェクトや多国籍チームの中で大きな力を発揮していくことになる。
「できるけど、再現できない」からの脱却
ソニーを退職後、コンサルティング会社に転職し、その後フライング・ペンギンズを立ち上げた土屋氏。現場での経験を重ねる中で、次第にある課題に気づくようになる。
「自分はできる。でも、それを他の人が再現できない」フライング・ペンギンズの立ち上げ当初、提供していた価値は“職人芸”に近いものだった。クライアントからは高い評価を得る一方で、組織としてスケールする難しさを感じていたという。
「このままだと、会社としては広がらないと思いました」その課題意識から、自身の思考を言語化・体系化する取り組みが始まる。
試行錯誤を経て生まれたのが、「構造デザイン思考(Recursive Innovation Method)」だ。
構造デザイン思考とは何か
構造デザイン思考は、フライング・ペンギンズの事業の根底にある考え方だ。
特定の手法やフレームワークではなく、同社のデザイン、コンサルティング、開発支援すべてに通底する“思考の土台”である。土屋氏は、そのポイントを「好循環を定義すること」にあると語る。
「どんなプロジェクトでも、うまくいく構造には必ず循環があります。
その循環を“因果関係として捉え、計測し再現できる形にすること”が重要だと考えています」
ここでいう循環とは、単なる業務フローではない。関係する要素同士がどのようにつながり、どのように価値が生まれ続けるのか。その構造そのものを指している。
構造デザイン思考は、この循環を可視化し、プロジェクトの中心に据えることで、関係者全員が同じ方向を向ける状態をつくるアプローチだ。
共通認識を生み、潜在課題に踏み込む力
構造デザイン思考の特徴は、ビジネス・デザイン・開発といった複数の視点を横断しながら、構造として整理する点にある。
プロジェクトでは、同じ言葉を使っていても認識が揃わないことが多い。こうした状況が続くと、「同じプロジェクトを進めているのに、見ている方向が違う」というズレが生まれやすい。構造デザイン思考は、これらを分断したまま扱うのではなく、「一つの構造」として統合する。
言葉ではなく図や関係性で整理することで、職種や業種、さらには言語の違いを越えて、共通認識をつくることができる。このアプローチによって、議論が進むだけでなく各分野の人が同じベクトルで力を発揮できるようになる。それは自らでゴールを再定義する形のイノベーションにもつながる。
・部門間の認識のズレが解消される
・試行錯誤の無駄が減り、本質的な課題にたどり着ける
・構造を理解しているからこそ、ゴールの変更になるような方向転換時でも足並みが揃う
さらに重要なのは、扱う課題の“深さ”が変わる点だ。フライング・ペンギンズは、依頼された内容にそのまま答えるのではなく、「本当の課題はどこにあるのか」「何を変えれば継続的に企業が成長していけるのか」といった問いからプロジェクトを捉えていく。
つまり、その場かぎりの改善ではなく、長期的に機能する構造そのものに向き合う。その中で、顧客自身も気づいていなかった潜在的な課題に踏み込み、依頼された以上の価値を生み出す。こうした点が、同社が他社と単純比較されにくく、選ばれる理由でもある。
構造を定義することで、継続的な変化を生み出す基盤が整い、支援後もプロジェクトや組織が自走しやすくなる。それもまた、構造デザイン思考の価値の一つだ。
万能ではないからこそ信頼できる
一方で、土屋氏はこの思考法の限界についても明確に語る。
「構造は事業やプロダクトの方向性を明確にするのに強く、
一方で、価値観や文化のように解釈の余白が必要な領域、
例えばMVV(企業のミッション・ビジョン・バリュー)は言葉の方が適しています」
構造デザイン思考は、要素同士の関係性やつながりを整理することで、プロジェクトの全体像を捉えやすくなる点に強みがある。しかし、組織の価値観や文化のように、多義性や余白が重要なテーマでは、あえて言語による表現が適している場合もある。
メリットと限界を理解し、適切に使い分けること。こうした使い分けができるところにも、この思考法らしさが出ている。
なぜスパイスファクトリーと組んだのか
スパイスファクトリーとフライング・ペンギンズが資本業務提携 「構造デザイン×DX実装」で構想から実装を一体化
今回の資本業務提携のきっかけは、スパイスファクトリー代表・高木広之介氏からの声がけだった。当時、フライング・ペンギンズは事業として順調に成長していたものの、一方で、自分たちだけではこの構造を大きく展開していくには限界も感じていたという。
そうした中での今回の提携は、単なる成長ではなく、新しい産業のかたちを一緒につくれるかという視点でパートナーを考える機会になった。
一方で、大きな会社に吸収されて埋もれてしまうような形は避けたいという思いもあった。
対等な関係で向き合いながら、ともに未来をつくっていけるかどうか。
単なる取引にとどまらない関係性を築けるかどうかが、重要な判断軸になっていたという。
その中でスパイスファクトリーを選んだ理由は、単なる実装力ではなかった。
「社会課題に対して本気で向き合い、実際に行動している会社だと感じました。
理想を語るだけでなく、それを実装までやり切る力を持っている点に強く共感し、
ぜひ一緒に取り組んでいきたいと思いました」
構想から実装までを一体でやり切るチームとして、ともに未来をつくっていけるかどうか。こうした点が、スパイスファクトリーとの連携につながった。
構想と構造が交わるとき
今回の提携で目指しているのは、単なる事業の補い合いではない。
スパイスファクトリーが描く未来は、実現の難易度が高く、大きな挑戦を伴うものだ。だからこそ、その構想に向き合う中で、構造デザインもさらに磨かれていく。一方で、その構造デザインによって、スパイスファクトリーが取り組む社会課題へのアプローチも、より広く、より深く広がっていく。
構想と実装が分断されがちな今の状況の中で、この組み合わせは一つの新しい形になる。どちらかがどちらかを支えるという関係ではなく、互いの強みが引き出されることで、次の挑戦が生まれていくだろう。
「構造デザインを通じて蓄積してきた知見により、
新たな分野でもイノベーションの確率を高めていきます」
そう語る土屋氏の言葉は、机上の理論ではなく、これまでの実践に裏打ちされたものだ。構想と実装をつなぐ新しいアプローチが、ここからどのように広がっていくのか。
その挑戦は、まだ始まったばかりだ。