話し手:中村京香
聞き手・構成:Wednesday Tokyo編集部
ここからは、中村京香本人の一人称でお届けします。
「学生起業家」という肩書きに、ずっと違和感があった
私は、いわゆる学生起業家です。
でも、自分からそう名乗って売り出したいと思ったことは、ほとんどありません。
学生なのに売上をつくった。若いのに会社を経営している。そう言ってもらえるのは、ありがたいです。
ただ、年齢が先に出ると、同じ仕事でも評価の基準が変わります。
「学生なのに、ここまでできてすごい」ではなくて、サービスとして本当にいいのか。顧客に価値を返せているのか。会社として続けられるのか。
そこを見てほしかった。
若さは事実ですが、品質の免罪符にはしたくありませんでした。
高校生で働き始めたけれど、きれいな話ではない
高校生の頃から、いくつかのベンチャーで働いていました。
Web制作会社では、経理や登記後の書類など、かなり裏側の仕事をしていました。ほぼ無給でした。今なら「それは大丈夫だったのか」と思いますが、当時は、働くとはそういうものだと思っていました。
その会社は、気づいたらなくなっていました。
別の会社では、Webマーケティングの記事づくりや外注管理をしました。小さなコンサル会社では、プロジェクト管理や研修設計にも関わりました。
高校生から大学入学直後にかけて、複数の仕事を同時に抱えて、普通に心身を壊しました。
全部辞めました。
今振り返れば、当然です。若いうちに働けば働くほど成長する、なんて単純な話ではありません。
最初の事業は、普通に売れなかった
大学に入る前後で、最初の法人設立に関わりました。
DEI領域のコンサルティングをやろうとしていました。
社会的に大切なテーマだし、正しいことを提案すれば企業は買ってくれると思っていました。
買ってくれませんでした。
今なら分かります。正しい意見と、顧客がお金を払うサービスは別です。
誰が困っているのか。何が変われば価値になるのか。なぜ私たちが解決できるのか。
そこが、何も詰められていませんでした。
学生が思いつく正論を、そのまま商品にした感じです。売れなくて当然でした。
赤字の塾を立て直した後、もっと大きな問題が残った
その後、赤字が続いていた学習塾の立て直しに関わりました。
営業をして、顧客対応をして、サービスを直して、現場も回しました。短期間で、月商500万円ほどの規模まで戻しました。
当時は、とにかく必死でした。
ところが、事業が戻った直後に、経営や会計に関する重大な問題が発覚しました。
顧客への説明、取引先への対応、未処理になっていた業務。責任者がいなくなっても、顧客は残っています。サービスを途中で止めるわけにはいきません。
私は、残った仕事を引き受けました。
最初から「起業したい」と思って、きれいな事業計画をつくったわけではありません。
逃げられない後始末をしていたら、会社を経営する側になっていました。
売上をつくるだけでは、会社にならないと知った
塾の売上を戻した経験は、自信になりました。
一方で、それだけでは会社にならないことも知りました。
授業がよくても、契約が曖昧なら続きません。営業が強くても、会計や情報管理が崩れていれば危険です。代表だけが全部知っている状態では、その人が倒れた瞬間に止まります。
「いいサービスをつくる」と「会社をつくる」は、別の仕事でした。
私は、その二つをかなり長い間、同じものだと思っていました。
過去の塾を直すだけではなく、最初からつくり直したかった
事業を引き継いだ後も、課題は残りました。
代表の判断に依存する。担当者によって品質が変わる。教育への思いはあっても、仕組みが追いつかない。
部分的に直すだけでは、また同じ問題が起きると思いました。
そこで、教育サービスそのものをつくり直して始めたのが、碧推薦学院です。
志望理由書を添削して終わるのではなく、その人の経験を見つけ、足りない経験を設計し、実際の行動へつなげる。
授業だけでなく、問い合わせ、面談、保護者対応、進行管理まで含めて、サービスとして設計する。
過去の塾を見栄えよく直したかったのではありません。
自分たちは、何を提供する会社なのか。そこから決め直したかったんです。
会社の名前も、考え方も、つくり直した
事業だけでなく、会社のあり方も整理し直しました。
何のために存在するのか。毎日、何を仕事にするのか。必ず守る約束は何か。ルールに書かれていない場面で、どう振る舞うのか。
それを「目的・営み・約束・嗜み」に分けて、株式会社水曜日をつくりました。
英名は、Wednesday Tokyoです。
過去を消すための変更ではありません。
過去に起きたことを、個人の反省だけで終わらせず、同じことが起きにくい会社へ変えるための再設計でした。
失敗を、成功物語に加工したくない
短期間で塾を立て直した。若くして会社を経営している。
そこだけを切り取れば、分かりやすい学生起業家の話になります。
でも、その前には売れなかった事業があり、働きすぎて全部辞めた時期があり、経営上の問題を引き受けた経験があります。
当時から、「この経験は後で役に立つ」と思えていたわけではありません。
分からないまま判断して、失敗して、後から言葉にしてきました。
だから、成功だけをきれいに並べる記事にはしたくありません。
いまも、会社は完成していない
株式会社水曜日も、碧推薦学院も、まだ完成していません。
仕組みが足りないこともあります。私の判断が遅いこともあります。言っていることと、現場でできていることが一致していないと指摘されることもあります。
そのたびに、直します。
年齢や肩書きではなく、提供した価値で評価される会社にしたい。
顧客へ約束した品質を届ける。問題が起きたら、説明して直す。誰か一人の頑張りを、再現できる仕組みに変える。
それが、私が株式会社水曜日をつくった理由です。