広島大学総合科学部・卒業論文「ウルトラセブンの真価」
昭和42年(1967)に生まれた「ウルトラセブン」とは“同い年”であり、子どもの頃から再放送で何度も繰り返し見て、その度にわくわくした作品である。 私は60年代生まれのご多聞に漏れず、子供の頃からアニメ・特撮の大ファンであったが、広島大学在学時期(1980年代後半)に宮崎勤死刑囚による幼女連続殺人事件が発生、それをきっかけとしたアニメファンなどへの差別的な報道の在り方などから、アニメや特撮が好きな大人に対する社会の偏見が強まっているのを実感していた(アニメが日本のトップビジネスとなった今では考えられないことである)。 当時においては、元々「アニメや特撮は大人になったら“卒業”するもの」という認識が一般的であったが、それに対して私は常々、アニメや特撮が大人になっても好きなのは、「卒業できないから」ではなく、大人になっても見るに値する面白い作品があるから、という単純な事実に過ぎないと考えていた。 そこで、そうした価値のある作品の一例として幼少期から愛してきた作品であり、一般にも知られた作品である「ウルトラセブン」を取り上げ、その価値を論じる事を卒業論文のテーマとした。 当時所属していた広島大学の総合科学部日本文化研究コースには、映像作品の研究を専門にする教官はおらず、文学研究を専門とする教官に指導をお願いして、研究テーマとして認めて貰うこととなった。 私は自分の論文を満足できる完成度へと高める為に、既に卒業に十分な単位が取得済みであったのにも関わらず、自ら意図して一年間の留年を決断した。そうして完成した論文は、論文ではあるが、一般にも読み物としても読んでもらえるように敬語表記「です・ます」を選択し、指導教官達からは「内容の評価はおいても、まず面白かった」との評価をいただき、無事卒業することができた。 その後話題となったベストセラー「ウルトラマン研究序説」が出版されたのが、同じ年の秋冬の時期であり、少なくとも「ウルトラマンを真面目に研究」という意味では、その先を行っていたと自負している。 しかも、架空世界としての「ウルトラマン」を考察する「遊び」ではなく、あくまでも「映像作品」としての「ウルトラセブン」の存在価値に考察を加え、国立大学においてその軌跡を残せたという意味では、価値のある経験であったと思っている。