400万人が利用するビジネスSNS

日本大学5年間

危機管理学部

-
  • TOEIC
  • 文化祭実行委員

    文化祭実行委員会で広報局長を務めました。 1年生の頃、局長との対話が少なく、業務のスケジュールも意見が採用される基準も分からず苦労した経験がありました。だから自分が局長になった時、後輩に同じ思いをさせないと決めて2つのことを変えました。 1つは共有カレンダーで業務の時期を可視化したこと。もう1つは、局長・副局長も1、2年生と一緒に意見を出し合い、その場で優先順位と理由を伝えるようにしたことです。 その結果、局員全員が主体的に意見を出せる空気ができ、1年生発の企画が実現するなど広報の幅が広がりました。自分の「困った経験」をチームの仕組みに変えられた経験です。

    -
  • 宴会場 部屋責任者(ホールスタッフ)

    宴会場で2年間勤務し、部屋責任者を任されていました。お客様・社員(黒服)・アルバイトをつなぐ立場です。 現場全体を見る中で気になったのが、業務の属人化と情報共有不足。それが原因でフードロスや時間のロスが起きていました。 そこでまず、お客様との会話から宴会の進行や参加者の年齢層を事前に掴み、それまで一律だった乾杯用飲料の構成を宴会ごとに調整する運用を考案。黒服にも共有して現場全体で実践し、飲料や料理を出すタイミングの最適化につなげました。さらに、口頭で引き継がれていたバー設営やテーブルセッティングをマニュアル化し、新人でも同じ水準で動ける体制をつくりました。 結果、ロスは減り、現場全体のサービス品質も向上。「課題を見つけて、周りを巻き込みながら改善し続ける」ことの面白さを知った経験です。

    -
  • 簿記2級

    大学では「行かなきゃ」ではなく、初めて「自分で勉強してみたい」と思って机に向かうようになりました。最初に選んだのは簿記。まったく未知の分野だったので勉強の仕方から手探りでしたが、浪人と違って競争相手がいない分、冷静に「どう勉強すれば伸びるか」を試行錯誤できました。PDCAのサイクルを自分で回したのはこれが初めてで、簿記2級に合格できた時は最高に嬉しかったです。自分で決めて自分でやり切った、初めての成功体験でした。

    -

河合塾(浪人・1年間)1年間

-

高校時代はサッカーに打ち込みすぎて、勉強はからっきしでした。得意なはずの英語も、日本の受験では文法や長文読解が中心で、会話やリスニングで培った力がほとんど通用せず挫折。高校受験レベルの知識も抜けていて、be動詞からやり直すという屈辱からのスタートでした。

私立桐蔭学園高等学校3年間

-

サッカー部に3年間所属していました。中体連上がりで入部した当初は周りとのレベル差がかなりあって、正直ついていくだけで精一杯でしたが、コツコツ続けて最後の年にはメンバーに入ることができました。家から学校が遠く、部活もあったので放課後に遊ぶ時間はほぼゼロでした。だったら学校にいる時間を全力で楽しもうと切り替えて、休み時間も行事も友達との時間も

International School of Dusseldorf1年間

-

現地のサッカーチームに所属していました。言葉の壁があるとチーム内で孤立し、ポジションを失いかねない環境だったため、自ら積極的にコミュニケーションを取ることを徹底しました。その結果、英語力はもちろん、教科書や英会話スクールでは学べない「間の取り方」や海外特有のノリ・距離感の掴み方を肌感覚で習得。多国籍な環境でも臆せず関係を築けるコミュニケーション力が身につきました。



言語

  • 英語 - 日常会話レベル

企業からスカウトをもらいましょう