「〇〇さんが辞めてから、会社が回らなくなった。」
そんな話を聞くことがあります。
長年会社を支えていた人が退職する。
すると突然、
「この支払い、誰がやるんだっけ?」
「この取引先への連絡は?」
「このアカウントは誰が管理しているの?」
「この場合、誰が判断するの?」
「そもそも、この仕事は誰の担当?」
と、次々に問題が出てきます。
そして、
「〇〇さんが辞めたから大変になった。」
と言われます。
しかし私は、少し違う見方をしています。
その人が辞めたから問題が生まれたのではありません。
その人がいたから、問題が見えていなかったのです。
一人で何役も担っていた人
組織の中には、いつの間にかたくさんの役割を担っている人がいます。
役職上は、
「事務担当」
「総務」
「経理」
「秘書」
など、一つの肩書きかもしれません。
しかし実際の仕事を見てみると、
問い合わせに答える。
社長へ確認する。
担当者へリマインドする。
部署間の日程を調整する。
取引先との過去の経緯を覚えている。
書類の場所を知っている。
困っている人がいれば相談に乗る。
誰も判断しなければ、必要な人へ確認を取りに行く。
そんな仕事まで担っていることがあります。
しかも、これらは業務一覧に書かれていないことも少なくありません。
本人が、
「自分の仕事だから。」
「誰もやらないから。」
と自然に対応しているからです。
問題が起きていないように見える
こういう人は、仕事が滞りそうになると先回りして動きます。
返信がなければリマインドする。
情報が足りなければ確認する。
担当者が分からなければ探す。
トラブルになりそうなら、早めに関係者へ共有する。
その結果、会社では大きな問題が起きません。
だから管理者からすると、
「特に問題なく回っている。」
ように見えます。
でも、本当に問題がないのでしょうか。
実際には、
問題が起きるたびに、その人が表に出る前に処理しているだけ
かもしれません。
仕組みで解決されているのではなく、一人の経験や気遣いによって問題が吸収され続けているのです。
退職して初めて「仕事」が見える
その人が退職すると、今まで吸収されていた問題が一気に表へ出てきます。
誰も日程を調整しない。
誰もリマインドしない。
問い合わせの回答が分からない。
書類が見つからない。
判断する人も分からない。
そこで初めて、
「あの人、こんなことまでやっていたんだ。」
と気付きます。
これは、以前書いた「見えない仕事が評価されない」という問題にもつながります。
仕事として認識されていなかったから、役割にもなっていない。
役割になっていないから、後任者にも渡されない。
そして退職して初めて、その仕事の存在が分かるのです。
「後任者を一人採用すればいい」では解決しない
では、新しい人を一人採用すれば元に戻るのでしょうか。
私は、そうとは限らないと思っています。
前任者が担っていた仕事が、
事務作業だけなら引き継げるかもしれません。
しかし実際には、
作業。
判断。
調整。
情報管理。
問い合わせ対応。
部署間の連携。
社長のサポート。
いくつもの役割が一人に集まっていた可能性があります。
それを、
「前任者が一人だったから、後任者も一人。」
と考えると、新しい担当者にも同じ負担が集中します。
そして数年後、
またその人がいなければ回らない会社が出来上がります。
引き継ぎそのものを、前任者に丸投げしていませんか
もう一つ、優秀な人が退職するときに起こりやすいことがあります。
それは、
「後任者への引き継ぎをお願いします。」
と、引き継ぎそのものを前任者へ任せてしまうことです。
「引き継ぎをお願いします」と前任者へ伝えることと、会社として引き継ぎを設計することは違います。
もちろん、実際の業務を一番よく知っているのは前任者です。
どのシステムを使うのか。
どの書類を作るのか。
いつ、どの作業を行うのか。
こうした作業手順については、前任者から後任者へ直接伝えた方が分かりやすいでしょう。
しかし、優秀な人が担っている仕事は、それだけではありません。
誰に確認すれば仕事が進むのか。
どの段階で社長へ判断を上げるのか。
返信がなければ、いつリマインドするのか。
複数の仕事が重なったとき、何を優先するのか。
トラブルになりそうなとき、誰へ先に共有するのか。
こうした判断、調整、推進まで担っていることがあります。
そして厄介なのは、本人にとってそれらが「特別な仕事」ではないことです。
長年の経験から自然に判断し、自然に人を動かし、自然に仕事を前へ進めています。
そのため、
「引き継ぎをお願いします。」
と言われると、
システムの使い方。
書類の作り方。
毎月の作業。
保存場所。
といった、目に見える作業を中心に引き継ぎます。
引き継ぎ自体は完了したように見えます。
ところが前任者が退職すると、
「この場合は誰が判断するの?」
「返事が来ないけど、次はどうするの?」
「これは誰に確認すればいいの?」
と、後任者が止まり始めます。
作業手順は引き継がれています。
それでも、仕事が前と同じようには進みません。
引き継げなかったのは作業ではなく、仕事を動かしていた判断基準や調整、推進の部分だったからです。
だから私は、重要なポジションの引き継ぎを、前任者と後任者だけの仕事にしてはいけないと考えています。
管理者も、
「この人は実際に何を担っていたのか。」
「どんな判断をしていたのか。」
「誰と誰の間を調整していたのか。」
「仕事を止めないために何をしていたのか。」
を一緒に棚卸しする必要があります。
前任者は、自分が知っている作業を伝える。
管理者は、組織として残すべき役割を確認する。
その両方があって初めて、引き継ぎになります。
「〇〇さんみたいな人」を探さない
優秀な人が辞めると、
「〇〇さんみたいな人を採用したい。」
という話になることがあります。
気が利く人。
何でもできる人。
自分で考えて動ける人。
もちろん、そういう人が来てくれれば会社は助かるでしょう。
でも、それだけでは構造は変わりません。
また一人の優秀な人へ仕事が集まり、
「この人に聞けば分かる。」
「この人に任せれば大丈夫。」
という状態になるだけです。
必要なのは、前任者と同じ人を探すことではありません。
前任者が何を担っていたのかを分解することです。
人が抜けたときこそ、仕事を分解する
例えば、前任者が行っていた仕事を並べてみます。
これは単純な作業なのか。
判断が必要な仕事なのか。
誰かとの調整なのか。
情報を管理する仕事なのか。
権限が必要なのか。
そして、
誰が担当するのか。
どこまで担当者が判断するのか。
どこから管理者へ上げるのか。
必要な情報はどこへ残すのか。
一つずつ整理していきます。
すると、それまで「〇〇さんの仕事」と一括りにされていたものが、いくつもの役割で構成されていたことが見えてきます。
その仕事を、適切な人へ分ける。
判断基準を残す。
情報を共有する。
必要なら仕組みそのものを変える。
ここまで行って初めて、属人化から抜け出すことができます。
優秀な人がいるうちに、仕組みに変える
本当は、退職してから始めるのでは遅いのだと思います。
「あの人に聞けば分かる。」
「〇〇さんがいるから大丈夫。」
そんな言葉が社内で増えてきたら、それはその人への評価であると同時に、属人化のサインかもしれません。
その人が持っている知識。
経験。
判断基準。
仕事の進め方。
それを、本人がいるうちに少しずつ組織へ戻していく。
私は、それが優秀な人を大切にすることにもつながると思っています。
何でもできるからといって、何でも背負わせない。
頼りになるからといって、頼り続けない。
その人が休んでも仕事が進む状態をつくる。
そして、その人自身も次の仕事へ進める状態をつくる。
そして、もう一つ考えておきたいことがあります。
なぜ、その人は辞めることになったのでしょうか。
何でもできる人に仕事を集める。
分からないことがあれば、その人に聞く。
トラブルが起きれば、その人に頼る。
誰も判断できなければ、その人が動く。
そんな状態が長く続けば、優秀な人ほど負担が大きくなります。
「頼りにしている」という言葉は評価にもなります。
しかし、頼ることと、仕事を集中させることは違います。
その人がいなければ回らない状態を放置した結果、本人が限界を迎えてしまうこともあります。
退職後に、
「〇〇さんがいなくなって困った。」
と言う前に、
「〇〇さんがいなければ困る状態を、なぜそのままにしていたのか。」
そこにも目を向ける必要があります。
優秀な人が辞めても困らない会社をつくることと、
優秀な人が辞めたくならない会社をつくることは、実はつながっています。
人が辞めても、仕事が残る組織へ
誰かが退職すること自体を、完全に防ぐことはできません。
家庭の事情。
キャリアの変化。
引っ越し。
新しい挑戦。
人が組織を離れる理由はさまざまです。
だからこそ、
「辞めない人」を前提に会社をつくるのではなく、「人が変わっても続く仕事」をつくる。
私は、その考え方が大切だと思っています。
前任者が辞めたから会社が崩壊したのではありません。
その人一人が支えていた構造が、退職によって見えるようになっただけなのかもしれません。
優秀な人が辞めても、会社は続く。
その人が積み重ねてきた経験や判断も、会社に残る。
人が辞めても、仕事は残る。
私は、そこまで考えて組織をつくることも、人に依存しすぎない構造設計の一つだと考えています。