事業計画が揺らぐ時代の「1人目人事」——ビジョンをコンパスに組織を編むということ
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私は現在、人事コンサルタントとして、あるスタートアップの組織づくりを支援のための面談をさせていただきました。 先日、その企業のCTOと、これからの組織について深く議論しました。そこで見えてきた、スタートアップにおける「人事」の本質について綴ります。
「何から手をつければいいのかわからない」という、経営者の真実
どんなに画期的なプロダクトも、それを創る「人」がいなければ形になりません。多くのスタートアップがそうであるように、支援先の企業でもこれまでは経営陣が本業の傍らで採用実務を担ってきました 。
しかし、組織が20名を超えてくると、これまでの「阿吽の呼吸」だけでは通用しなくなります。人間関係の質が維持できる限界を示す「ダンバー数」の観点からも、20名〜25名という規模は、経営者が全員のコンディションを把握し、直接マネジメントできる限界の境界線です。
- 「人事のことを、正直何から手をつければいいのかわからない」
- 「現在は業務委託メインで回しているが、一体何人を正社員として迎え入れるのが正解なのか?」
こうした切実な悩みは、経営者が「事業」と「組織」の板挟みになり、採用基準やフローが属人化しているからこそ起こるものです 。
事業計画ではなく「ビジョン」が、必要な人間を教えてくれる
CTOとの対話の中で、非常に印象的だった話題があります。
「売上成長という目標はあるけれど、市場の変化が速すぎて、精緻な事業計画に基づいた採用戦略を組むのは正直難しい」
これは、変化の激しい業界に身を置く企業の共通の悩みでしょう。5年先の予測が困難な世界で、それでも採用を止めないためにはどうすればいいのか。
その答えは、「ビジョンに基づく採用」にあります。
事業計画がどれだけ書き換わったとしても、変わることのない「ミッション」や「ビジョン」があれば、それが北極星となります 。ビジョンは単なるスローガンではなく、その時々の状況において「どんな資質を持った人間が今この組織に必要なのか」を教えてくれるコンパスなのです。
不確実な状況そのものを楽しみ、共にインフラを創っていける仲間を定義すること。それこそが、1人目人事に託された真にクリエイティブな仕事だと言えます 。
コンサルが「地図」を描き、1人目人事が「魂」を吹き込む
ここで、「コンサルがいれば十分ではないか?」という問いが生まれるかもしれません。しかし、コンサルとこれから加わる「1人目人事」の役割は明確に異なります。
- コンサルの役割: 客観的な視点から「型」や「仕組み」を提供することです。採用戦略の設計、ペルソナ定義、評価制度のフレームワーク作りなど、最短距離で「0→1」の基盤を構築します。いわば、「最短ルートの地図を描き、武器を揃える軍師」です。
- 1人目人事の役割: その仕組みに「魂」を吹き込み、日々変化する現場の最前線で走り続けることです。候補者一人ひとりと向き合い、メンバーのエンゲージメントを感じ取り、文化を血肉化させていく 。いわば、「地図を手に、仲間と泥にまみれて進む開拓者」です。
コンサルが設計した戦略を、自らの情熱で実行し、組織の血を入れ替えていく。この「当事者」としてのアプローチこそが、社内の人事にしか出せない価値なのです。
AI時代の人事は、事務作業に時間を使わない
「人事=調整業務に忙殺される」というイメージは、もう捨ててください。この企業では、AIによる徹底的な業務効率化を前提としています。
- 生成AIを活用した、候補者の心に刺さる求人票(JD)の作成・改善。
- データに基づいた、効率的な採用チャネルの選定と分析。
- AIを活用したオンボーディング資料の自動整備とナレッジ共有 。
ルーティンはテクノロジーに任せ、人事にしかできない「カルチャーの言語化」や「候補者との深い対話」に100%の熱量を注ぐ。そんなスマートで熱い動き方が、今の時代には求められています。
最後に:組織の「OS」をインストール
スタートアップにおける「1人目人事」の役割とは、単なる採用担当の枠を超え、組織というプロダクトに「OS」をインストールしていく作業に他なりません。
20名という、人間関係の質が変容し始める「ダンバー数」の境界線において、経営陣が「何から手をつければいいかわからない」と立ち止まるのは、ごく自然なことです。現在のように業務委託中心で回っている組織が、どのタイミングで、どのような基準で正社員を迎え入れるべきか。 その問いへの答えを導き出すのは、決して不確実な事業計画ではありません。
たとえ事業の数字や計画が書き換わったとしても、変わることのない「ビジョン」こそが、その時々に必要な人間の資質を教えてくれるコンパスとなります。1人目人事は、そのコンパスを手に、AIを駆使して事務作業を最小化し、候補者やメンバーとの「対話」という最もクリエイティブな領域に心血を注ぐことになります。
コンサルが描くのは、最短距離で組織の土台を築くための「地図」です。 しかし、その地図を手に取り、現場の熱狂や葛藤の中に飛び込み、組織に血を通わせていくのは、当事者である1人目人事にしかできない仕事です。
4月に新たな仲間を迎えるこの転換期は、まさに組織のOSを刷新する絶好のタイミングと言えるでしょう。 カオスの中から、ビジョンを形にするための「仕組み」と「文化」を編み上げていく。そのプロセスそのものが、スタートアップにおける人事業務の醍醐味ではないでしょうか。