今回も、現在クラファンプロデューサーである”峯山政宏(みねやままさひろ)”さんの著書『なぜ? シンガポールは 成功し続けることができるのか』についてご紹介します。
この本は峯山さんが執筆された本で、約50年前、東南アジアの国の一つであるシンガポールが、どうやって建国したのかや資源や産業、土地も乏しいシンガポールが国としていかに機能することができたのか、マレーシアから分離独立した経緯などが書かれた本です。
事業や会社経営においても、この本に書かれている成功の秘訣は、とても役に立つ考え方として書かれています。
シンガポールは中華系の方々も多い
アヘン戦争以降、中国の港が多く開港され、中国から海外への道が開かれた際、「新自由移民」と呼ばれる単純労働者や、戦争、内戦、革命で生活ができなくなった方々が災難を逃れるためにシンガポールへ移住したことが知られています。
1949年にはシンガポールの華人人口は77.8%にまで増大しました。
シンガポールは自由貿易港であり、関税収入がないため国庫収入のほとんどはアヘンの請負収入に依存していたとされています。
イギリス人の発言権を持つ人も多くいましたが、次いで中華系の方々も上記の理由から発言権を持つようになりました。
リー・クアンユー初代首相の実績
シンガポールを語る上で外せないのはリー・クアンユー初代首相です。
バラバラだったシンガポールを一つにまとめあげました。
クアンユー首相は、その人生をかけて国民の生活水準や生活環境を飛躍的に向上させることで、シンガポールを世界最高峰の富裕国家に押し上げられた方です。
リー・クアンユーの公約
クアンユー首相は「建国以来、常に成長し、成功し続ける明るいシンガポールの未来」という公約に掲げました。
「成長し続けなければならない」というクアンユー首相の想いがこもった公約です。
「国家として成長し続けるというのはとても無茶なのではないか」と当時の方々は考えたそうです。
そんな中、先述の公約を掲げ、その実現に向けて努力する姿で国民に希望と勇気を与えてきました。
そのおかげで2014年には国内総生産(GDP)を5万6284ドル( 約670万円)まで上昇させることに成功しました。
まとめ
シンガポール発展の礎となったクアンユー首相の公約を何としてでも守るという想いからとても多くのことが学べます。
日本には武士道というものがありますが、シンガポールではそのような決まったアイデンティティ、つまり「行動規範」と呼ばれるものがありませんでした。
成功し続ける国として束ねるためには、相当な覚悟と行動が必要だったことが容易に想像できますね。
”約束を守る”
自分との約束も他人との約束も常に守り続ける人は何事においても魅力的ですね。
それでは今日はこの辺で。
住谷知厚(すみたにともひろ)
<参考>
◆なぜ? シンガポールは成功し続けることができるのか
